This is LASTはなぜ分析するのか?2ndフルアルバムで向き合った、スマホ時代の音作り

This is LASTの2ndフルアルバム「HOME」がリリースされた。

本作はABEMAの恋愛リアリティ番組「花束とオオカミちゃんには騙されない」の挿入歌として使用された「#情とは」などの既発曲と、新曲3曲に加え、「恋愛凡人は踊らない」「バランス」「殺文句」といった既発曲のリテイクバージョンを収録。全16曲入りの、聴き応えのある作品となっている。

音楽ナタリーではThis is LASTの菊池陽報(Vo, G)と鹿又輝直(Dr)にインタビュー。アルバムと同タイトルを冠し、Zepp含む全公演でチケットが完売した5都市ツアー「HOME」を実施しながら、フェスやライブ出演もこなす多忙な彼らに、リテイクで向き合った音作りや、新曲に込めた思いについて聞いた。

取材・文 / 高橋智樹

This is LASTが帰ってくる場所

──5大都市ワンマンツアー「This is LAST one man live tour "HOME"」を回りつつ、その間にイベントやフェスにも出演する、ハードなスケジュールをこなされている最中だと思うのですが、現時点で北海道、福岡の2公演を終えて、ツアーの手応えはいかがですか?(※取材は3月中旬に実施)

菊池陽報(Vo, G) 今回のツアーは、北海道と福岡では比較的小バコでのライブ、残る東京、大阪、名古屋の3公演はZeppが舞台という構成で。僕らは会場の規模に応じたライブのやり方を考えていたのですが、今のところの2本はちゃんと、今まで経験してきたものを表現しながら精一杯のライブができたので、ここまでは予定通りですね。Zeppでライブをしていくという切り替えを、ちょうど今しているところです。会場が大きくなると、本当に“鳴らせる”プレイヤーじゃないと人を魅了できない、ということを身に沁みて経験してきているので、会場がもっと大きくなっても、後ろのほうまで音がしっかり飛んでいくバンドにならないといけない。そう意識しながら、1本1本挑んでますね。

鹿又輝直(Dr) 去年の1月から、全国23カ所を回るワンマンツアーをやって、そこでものすごくフィジカルとメンタルが鍛えられたんですね。その状態で夏フェスとか、9月には東名阪ホールツアーをやったりとかで、さらに度胸も自信も付いた。その状態を引き継いだまま、今のツアーに挑めているのを感じています。長尺のワンマンライブでも、終盤になっても疲れないし。練習やリハーサルでうまくいったとしても、フィジカルとかメンタルが鍛えられてないと、本番では100%の実力は出せないと思うんですけど……今回のツアーでは100%、120%の実力を出せている気がします。

──ニューアルバム「HOME」は、現時点での「This is LAST“最強”のプレイリスト」のようでもあるし、過去曲のリテイク6曲を収録している点でベストアルバム的な意味合いも持っている作品だと感じました。改めて、この作品をそれぞれどんなふうに位置付けていますか?

菊池 初期の楽曲から最新の楽曲まで入っていて……このアルバム自体、「This is LASTが戻ってくる場所」みたいな意味合いを込めて「HOME」というタイトルを付けているので、「帰ってくる場所」としても「名刺代わり」としても、一番わかりやすいアルバムになったんじゃないかなと思います。

鹿又 あき(菊池)が言ってくれた通り、名刺代わりのアルバムになったなあと思っていて。バンドの注目度が上がっていくタイミングで、「This is LASTってどういうバンドなんだろう?」と思ってくれる新しいリスナーの方々も増えてきているので、このアルバムを出したことによって「いらっしゃい! まずはこのアルバムを聴いてみて!」と言える作品になったと思いますね。

「これ、なんの時間?」をあえて詰め込む

──初期のミニアルバムにのみ収録されていた「恋愛凡人は踊らない」や「結び」をリテイクして新作に収録、というのは珍しいことではないですが、例えば「殺文句」「拝啓、最低な君へ」のような、1stアルバム「別に、どうでもいい、知らない」(2020年リリース)に収録されている曲を2ndアルバムでリテイク収録というのは珍しいですよね?

菊池 1stアルバムを出してからしばらく、音響というか音像に対して悩み続けていたところがあって。2022年になってようやく少し方向性が見えたんです。そこからどんどん、This is LASTの音はよくなっていって、「This is LASTが自信を持って今届けられる音はこれだ」というものができたので、今のサウンドで録り直したかった、というのはありますね。今でもレコーディングでは音作りだけでものすごく時間がかかるんですよ。音作りが一番、消費カロリーが高い。

菊池陽報(Vo, G)

菊池陽報(Vo, G)

──確かに「殺文句」のリテイクバージョンはアレンジがガラッと変わったわけではないですが、ギターのサウンドにしても、音像のスケール感にしても、格段に磨きがかかった印象がありますし、音作りへのこだわりがよく出ていると思いました。

菊池 曲によっては、朝4時半ぐらいまで悩んでたりしますからね(笑)。

鹿又 今どきなかなかないよね、そういうの(笑)。

菊池 音作りだけでみんなヘトヘトってことも多いぐらい、音にはすごくこだわっています。それにこのアルバムでは、楽曲のサウンド面や構成でけっこう勝負していて。僕らは本来、Oasisなどのギターサウンドも好きで、そういうものを踏襲しているんですけど、今のティーンはそういう音を習慣的に聴くわけではないですし、SNSを経由してスマートフォンの小さなスピーカーで聴くのがリスニング環境の主流になってきていますよね。それに対して、例えば「拝啓、最低な君へ」はOasisっぽいサウンドにしたり、最近あまりやらないであろうギターソロを入れたり……今のティーンからしたら「これ、なんの時間?」みたいな部分も多かったりすると思うんですけど(笑)、自分たちの趣味をあえて詰め込んでいます。あと「Any」「ヨーソロー」「アウトフォーカス」あたりに関しては、生のバンドサウンドを、いかに打ち込みっぽく聴かせるかを意識していて。これまで「打ち込みの音楽をいかに生っぽく聴かせるか」みたいな戦いが音楽業界でずっと続けられてきた中で、僕らは逆のアプローチをしているんです。そういう意味でもたくさん実験できたアルバムですね。

菊池のプロデューサー的な分析視点

──面白いですよね。ラウドロックに心奪われていたバンド結成当初の菊池さん、報われないラブソングをつづり続ける菊池さん、さらにティーンの動向も含めて「今、音楽がどう聴かれていて、そこに自分たちがどうアプローチしていくか」をリサーチして研究するプロデューサー的な菊池さん。いろんな側面が、このアルバムの中に見え隠れしている気がします。

菊池 そうですね。本当に試行錯誤を繰り返してできた作品です。「殺文句」とか「病んでるくらいがちょうどいいね」はストレートに、ロックバンドであることを大事にした曲だし、今のライブに近いサウンドが聴けるんじゃないかと思います。

──それに対して、「Any」はハイブリッドな質感のサウンドですよね。

菊池 今までの僕の考え方は、「ライブあっての楽曲」というものだったんですけど、「Any」に関してはライブと音源を切り離して考えてます。音源は音源で、それを俺らがライブでカッコよく演奏できるようになればいい、ということだけを意識しているんです。だから生でドラムを叩いてもらったあとで「これ……ドラムの音なのか?」っていうぐらい、僕がイメージする音に寄せていったり。

鹿又 レコーディングのときも、あきのイメージに近付けるためにドラムテックの方といろいろ試行錯誤して。ドラムにティッシュを添えたり、タオルを被せたりして、できるだけデッドな音を作ったりしてましたね。

菊池 そもそも、今流行ってる音楽、街で流れてる音楽も全部そうですけど、ドラムの音色って基本的にデッドなんですよね。

鹿又 金物も溶け込むような感じの音、っていうことでシンバル選びをしました。

鹿又輝直(Dr)

鹿又輝直(Dr)

菊池 今、僕が作ってる曲の中でオープンハイハットは使ってないですね。今流行ってるほとんどの曲は、バンド系以外の曲ではオープンハイハットはなくて、その部分はアコースティックギターが担っていたりするんですよ。僕としては、もはやアコギがなくても、ハイハットがなくても、別にいけると思ってる。あとスマホのスピーカーで音楽を聴くのが主流になってるとさっき言いましたけど、スマホのスピーカーでは音のレンジがかなり狭いので、ベースなんてほぼ聞こえないじゃないですか。でもリズムにおいてベースはかなり大事なので、ベースって今はラインよりもリズムが大事なんだなと時代を見ると思うし。そういう部分を反映している楽曲は多いと思います。

──そういうプロデューサー的な菊池さんの分析目線は、バンド結成当初からあったものですか? それとも、ある時点で芽生えていったもの?

菊池 もともとありましたね。バンドに対しても、僕は経営者的な気持ちから始まっていたし、当時バンドにいた弟の竜静(B / 2023年11月に脱退)も同じような思考を持っていたので。そういう流れでバンドを続けていきながら、ようやく今の事務所にお世話になるようになって、みんなで相談できるような環境にようやくなったことで、ほかに割いていた力を楽曲に割けるようになったんです。だから、楽曲に対してより濃く考えるようになりました。

──ABEMA「花束とオオカミちゃんには騙されない」の挿入歌「#情とは」(2023年3月リリース)きっかけでThis is LASTを聴き始めたようなリスナーは、こういうプロデューサー的な分析目線を持ったバンドだということは想像がつかないかもしれないですね。

菊池 僕がこんなこと考えてるなんて、誰もわからないんじゃないですかね(笑)。それに、これまで作品をリリースしてきた中で、未練や悲しみについて歌う歌詞が多かったので、This is LASTに対して「知ってる! 悲しい系のバンドだよね?」と言われたりすることもあって。で、実際にライブを観て「あんなに笑う人たちなんだね」「あんなに楽しいライブするんだね」ということをよく言われるんですよ(笑)。「殺文句」の歌詞はいろんな方にSNSなどで話題にしていただくんですけど、そういう部分をピックアップされることによって、すごく暗いバンドだと勘違いされていることもある。そういう話題もあったからフォーカスしていただいてもいるんですけど、イメージを少しずつ変えていきたいなとは思っています。