THE SPELLBOUNDが11月2日にニューシングル「すべてがそこにありますように。」をリリースした。
表題曲はテレビアニメ「『ゴールデンカムイ』第四期」のエンディングテーマ。CDには同曲とカップリング曲「約束の場所」の2曲が収録される。THE SPELLBOUNDがアニメタイアップ用に楽曲を書き下ろしたのはこれが初めて。音楽ナタリーのインタビューではシングル制作の裏側とともに、バンドの今のモード、さらには川島道行の七回忌を受けて初のアニバーサリーブックをリリースしたBOOM BOOM SATELLITESやデビュー15周年に突入したTHE NOVEMBERSについても語ってもらった。
取材・文 / 柴那典撮影 / 森好弘
THE SPELLBOUND=中野雅之と小林祐介の新たな人生の始まり
──今年2月に1stフルアルバム「THE SPELLBOUND」をリリースし、初のライブツアーもありましたが、振り返ってみて、バンドの今にはどんな手応えがありますか?
中野雅之(Programming, B) 最初の配信リリースから初のライブ、アルバム、ツアーと、僕たち2人で作っていくさまざまなことは、全部初めてのことだったんですね。1つひとつ形にするのは、自分たちがどういうことができるか確認する作業でもありました。それを一通りやり切ってみて、なんというか……存在意義があるアーティスト、音楽だなと実感できるようになってきたところです。
小林祐介(Vo, G) 僕たちはTHE SPELLBOUNDとして、ずっと純度の高い活動をしていると思うんですね。そしてライブでは自分たちが作ったものが、純度に見合う深い熱量とともに、目の前にいる人たちの心に届いている感触があった。そういうしっかりとした手応えを経験できたと思います。THE SPELLBOUNDのコア、奥底にあるものがちゃんとモニュメントとして残せたという。
──そもそもお二人はミュージシャンとしてのキャリアも長いわけで、経験を重ねて知っていることも多いと思うんです。でも、THE SPELLBOUNDではゼロから手探りで新しいことを始めた。そのこと自体が糧になっている感触もきっとあるんじゃないかなと思うんですが、いかがですか?
中野 まず、ここまで手探りになるとは予想していなかったんです。もっと気軽な心持ちでボーカリストを募集して活動をスタートさせたんだけど、やってみたら、新しい生物を創造するような感じがあった。この生き物がどんな成長をたどっていくのか、どんな人格を持つのか、思慮深く考えながら丁寧に進めていくと、今まで培ってきた経験だけでは簡単に済まないようなことが連続して起きるわけで。僕は川島道行という人間とともにBOOM BOOM SATELLITESで長い期間過ごしてきたわけですけど、新しく小林祐介を迎え入れて何かを始めることになったとき、最初に小林祐介という人間に対しての理解を深めなければいけなかったし、「簡単に済むことは実は1つもないんだな」ということも学んだ。だからこそ産み落とされていく1つひとつの曲や出来事に唯一の価値がある。今まで自分が作ってきたものの焼き直しでは決してないような、新たな感覚や命を手に入れる毎日が始まって、それが作品やライブへのモチベーションにつながっている。僕はこの数年で新しい人生を歩み始めた感覚があるし、やりがいや重みもとてもありました。
──小林さんとしてはどうですか? 今はTHE SPELLBOUNDとTHE NOVEMBERSの活動が並行して進んでいますが、新しいことが始まったここ数年はどういう感覚でいますか?
小林 人生の中でものすごく激動な数年に感じています。THE SPELLBOUNDを始めるきっかけとなった、ボーカリストの募集に「やらせてほしい」と言った頃、実はTHE NOVEMBERSというか、音楽をやること自体への限界を感じていて。「この先どういうものを作りたいんだろう。どう表現したいんだろう」っていう漠然としたモヤモヤがあったんです。で、最初はもっとライトな感じで、「中野さんと一緒にいたら学べることがあるんじゃないか」「カッコいいことができるんじゃないか」という無邪気な好奇心を持っていました。けれど、そこからどんどん、「世の中は自分が想像していたよりずっと広いぞ。音楽はこんなにも奥深くて、芸術は果てしなくて、人を感動させることはこんなに素晴らしいんだ」と思うようになって。忘れてしまった、取りこぼしてしまったいろんな感情が激流のように自分の体に入ってくるような、本当に濃厚な2、3年だったんですよね。だから僕にとっても新しい人生が始まったし、ギアが変わった瞬間も明らかにありました。正直なところTHE SPELLBOUNDがなかったら、今もTHE NOVEMBERSの活動を続けられていただろうか……という気持ちもあります。だからこそ、今は両方の活動に対して僕なりのプライドと愛情がすごくある。中野さんが言ってくれた、「普通の人が100%でしか生きられないところを、君は100%を持ち寄らなくちゃいけない宝物が2つある。200%で生きるのはめちゃくちゃ大変だけど、君はそういうものを選んだし、そういうことが可能だからこそ、授かった運命なのかもしれない」という言葉を大事にして、すごく充実した毎日を送っています。
──アルバムが完成して、いい作品ができた手応えと同時に、まだやっていないこと、バンドの進んでいく先が見えてきた感覚もあったんじゃないかと思います。
中野 そうですね。これから何ができるか楽しみになりましたし、「これができたんだから、まだまだやれることがありそうだな」という感触はありました。逆に言うと、その実感を手に入れるためにアルバムを作った気もします。
これはラブソングであり、レクイエム
──新曲「すべてがそこにありますように。」は「ゴールデンカムイ」のエンディングテーマですが、タイアップの話をもらってから制作に取り組んだんでしょうか。
中野 はい。なのでテレビアニメに使用される楽曲になることと、原作やアニメの内容を意識したうえで作っています。いわゆるタイアップ案件という縛りをミッションに据えて作り始めたわけなんですけど、その中で、僕と小林くんという音楽家のクリエイティブな面をいかに最大化するかと同時に、「ゴールデンカムイ」の新シリーズを楽しみにしている人たちと、僕らの音楽的なモチベーションをいかに共有して合致させることができるか考えて。アニメやそのファンのためだけではなく、「ゴールデンカムイ」のエンディングテーマという枠を超え、たくさんの人がラブソングとして共有できる曲を作ることを目標にしました。
──小林さんとしては、最初に話が来たときの印象はどうでしたか?
小林 単純にうれしかったですね。こういったタイアップ曲を作るのは初めてだったということもあるんですけど、「これをきっかけにどんな曲が作れるんだろう」というワクワクもありました。
──楽曲を制作するうえで、「ゴールデンカムイ」からどんなインスピレーションを受けましたか?
小林 まずTHE SPELLBOUNDが持っているものと、「ゴールデンカムイ」で表現されているメッセージを組み合わせたときに生まれてくる、テーマみたいなものが必要だと中野さんと話したんです。THE SPELLBOUNDの楽曲の中には、ラブソングであること、誰かと誰かが出会うこと、輪廻や生命を飛び越えて異次元や異世界でも巡り合うこと……みたいなロマンチックな世界があって。それから原作を読んでいる人ならわかると思うんですけれど、「『ゴールデンカムイ』第四期」はいろんな重要人物がどんどん離脱したり亡くなったりしていくんです。なのでラブソングでありつつ、「愛情を持たれながら亡くなっていったキャラクターへのレクイエムとして両立させられないか」という話をしました。そういったところが一番のインスピレーションになり、テーマに掲げて取り組めました。
中野 死生観とか、人生を形作っていく中で起きるさまざまな出会いと別れというのは、リアルな社会ではいつも重要なことであり、それを切り取って描いていくことは、僕にとっては1つのライフワークなので。そういう意味では「ゴールデンカムイ」というアニメ用に何かを作ることと、自分の作品を作ることには大きな乖離はなくて。どちらも誠実な創作活動でした。
──Twitterなどの反響を見ていても、「アニメの世界観にすごくぴったりだ」という声はとても多いですね。
中野 この楽曲で描かれているテーマはどのキャラクターにも当てはまることで、たくさんの「ゴールデンカムイ」ファンが感情移入できるものになったと思います。
89秒の縛りで、いかに力を発揮できるかという挑戦
──アニメのオープニングおよびエンディングテーマは89秒で切り取られて映像とともに使われるという制約があります。そこについてはどうでしょうか?
中野 その89秒の縛りっていうのは、日本のサブカルチャーが作り上げた特徴でもあるので。世界には、どうがんばっても1分半の中で表現することが不可能な音楽体系もある。なのでアニメーションのタイアップを引き受けるということは、1分半という制限でさまざまな感情表現を成立させることが最初のミッションであり、その中でいかに自分たちがやりたいことを盛り込めるか、という知的なゲームだと思うんですよね。「1分半じゃこれしかできないよ」といった不平不満よりも、「この日本特有の文化の中でいかに力が発揮できるか」というやりがいのほうが大きかったです。
──その結果として、THE SPELLBOUNDの曲、中野さんが作ってきた曲の中でどういう要素が「すべてがそこにありますように。」の前面に出てきたと思いますか?
中野 僕の長いキャリアの中でも、音楽のトレンドの変遷は激しくて。特に性急な曲展開は、日本のポップスのマーケットではどんどん顕著になっている。それが落ち着くことなく、よりハイパーなものになってきていると感じています。自分もその1分半の中で、いくつもの展開といくつもの景色をどんどん見せていくことに成功したかな、と思っています。ちゃんと89秒使い切れましたね。
──アーティストによっては最初に89秒の尺を作って、あとからフル尺に膨らませるというパターンの方もいらっしゃいますが、「すべてがそこにありますように。」はどのように制作されたんでしょうか。
中野 曲を作るときは、いつも主要となるワンコーラスから着手していて。そのコーラスを制作する段階で、曲がどのように展開していくべきか、もう1回コーラスを聴かせるか、そうではないかを見極めるんです。特に僕たちの場合、完全に一方通行で2番がない曲、ショートムービーを1本描くように作る曲もあるので。シングルのカップリング曲「約束の場所」がまさにその構成になっていますね。で、アニメソングということを意識したときに「ワンコーラスをなるべく89秒の中に収めよう。必要なものが89秒の中にあることにしよう」「だけどフル尺を聴いたときに、89秒だけでは味わい切れなかったものも用意しておこう」という順番で全体像を捉えていった。フル尺を先に作って89秒に編集したとか、89秒作ってからそれをフル尺にコピー / ペーストしながら展開していったというよりは、1つの塊を彫刻のように作っていった感じです。
──小林さんとしては、この曲の制作過程でどんなことを意識していましたか?
小林 メロディや歌詞の持つ熱量をすごく意識しました。制作過程で「これを歌うことで何かを起こすんだ」とか「この言葉を誰かに語りかけることで何かを変えたい」といった判断が必要になったときには、そういった熱量を大事にしてきたと思います。メロディを作る段階でも中野さんと何回もディスカッションして、何かが起きそうな予感がするか、どんなものが想像できるかを考えて、大事なものだけを残して1つひとつ積み上げていきました。たった1曲なんですけど、とても濃い制作でした。
──歌詞の「君が一番欲しかったもの すべてがそこにありますように」はとても強いフレーズだと思うんですが、ここにはどんなイメージがあったんでしょうか。
小林 この言葉がパッと出てきたとき「これだ」と直感しました。「こんなことを表現したいから言葉を探すぞ」というより、メロディや音に導かれるように思い浮かんだんです。誰にでも願いや欲しいものはあるし、それを強く求めたり、力ずくでも手に入れようとする人もいるかもしれない。そういう意味では誰にでも語りかけられる、普遍的な2行が書けたんじゃないかと思います。
──後半の歌詞は「叫ぶ 割れる 光る 溶ける 歪む 終わる」と畳みかけるような言葉になっていて、曲もどんどん気持ちを駆り立てるような展開になっています。
中野 その部分の歌詞が完成したのは、この曲が最終的にどこに向かっていくのか、だいぶビジュアライズされた時期だったんですね。最後は走馬灯のように、人生のさまざまな記憶が現れては消えていくような感覚が宿っていて。フィニッシュに向けてどういう絵を見せていくかを言葉に落とし込んでいきました。
──それが、まさに89秒では見せ切れない先にあるもの、ということですね。
中野 はい。断片みたいなものはあったんですけど、曲を完結させるためのシーンとして、短い音節の言葉をたくさん置いていく手法で表現してもらいました。僕の中でリクエストしたい内容は明確だったし、小林くんは見事に応えてくれました。