可能性を探り続けたTHE SPELLBOUND、初アルバムで到達した美しい世界 (2/3)

大事にしたのはテクニックではなく、どんな気持ちになるか

──アルバムには「MUSIC」や「Nowhere」、「君と僕のメロディ」のように、これまでの楽曲にはなかった日本語のフロウに取り組んだ曲がいくつも入っています。単なるラップミュージックとも違う、リズムと言葉の新しい関係性を探っていく試みがなされているように感じました。

中野 最初は「ラップをやろう」という単純なディレクションがあって、小林くんがいろんなスタイルのラップを試してくれたんです。曲作りの初期段階は完成している歌詞がまばらだけど、すでに音楽的な驚きや楽しみが多く含まれていました。でも、そこから曲に仕上げていく間はビートミュージックのトレンド、新しい日本語のポップスのトレンドは重視しなかったですね。いかにして言葉をきれいに伝えるか、言葉を発する楽しさがあるか、その言葉が発せられたときにどんな気持ちになるかを意識しました。音楽を作ることは文学やミュージカルを作る感覚に近くて、小林くんがストーリーテラーや舞台役者のような役割を演じているように聞こえるかもしれません。舞台から観客に対し、優しくコミュニケーションを取るというか。大事にしていたのは、音楽的にテクニカルなことではないんです。

中野雅之(Programming, B)

中野雅之(Programming, B)

小林 今回の制作では誰かに言葉を伝えることを真剣に考え直した結果、ああいうボーカルスタイルになったんです。「言葉にたまたまメロディが付いていた」と思えるくらい、自然なものができあがって驚きました。人との会話にメロディが付いていて、それが心地いい、うれしい、切ないと感じられるようで。メロディに間借りしている言葉ではなく、すごく純粋で、人にそっと手渡すような手触りがあるんですよね。すっと自分の体に入ってくるようで、すごくうれしかったです。

“小林くんらしさ”が詰まった美しい言葉

──歌詞には物語的な情景を描写する言葉もありつつ、基本的に平易な日本語が選ばれているように思います。このあたりはどういう意図だったんでしょうか。

中野 小林くんの中から自然発生的に出てくる言葉には「この小林くんらしさが好きだな」というところがあって、その都度それをピックアップするんです。僕が小林くんの言葉のファーストリスナーになるので、「感動したな」「いい気持ちになったな」というものを、あまり難しいことを考えずに拾っていく。その中で童謡や唱歌のような、簡単で美しい言葉が選ばれていく傾向があった。小林くんは四字熟語のような硬い日本語のボキャブラリーもたくさんあるんですけれど、頭で考えて咀嚼するより、感覚的に理解できるもの、世界観が浮かぶものをセレクトした感じです。

──ストレートでシンプルな表現が多くなったことについて、小林さんはどのように捉えていますか?

小林 THE SPELLBOUNDでの言葉選びは、僕からするとすごく変則的で、今までやったことがなかったんですよ。もともと僕は歌って気持ちいいか、相手にどう伝えるかよりも、文字に起こしたときのフォルム、文章で表現されている世界観にこだわるタイプなんです。でも、聴いてくれる人に無理強いをしたいわけじゃなくて。美しいものや素敵なものを題材にして、それが伝わったらうれしい。そういう考えを持っていることを、中野さんとの制作を通じて気付けたのはすごく大きかった。「ここはもっとこうしたほうがいい」というアドバイスをもらったり、試行錯誤や取捨選択をしたりしていくうち、どんどん簡単な言葉やわかりやすい言葉が残っていき、結果ストレートで、リスナーがすっとイメージをキャッチできる歌詞になったと思います。

小林祐介(Vo, G)

小林祐介(Vo, G)

──逆に音の重ね方や曲の構成に関しては、シンプルではないですよね。例えば「君と僕のメロディ」だと、一筆書きやスケッチというよりは、油絵のようにたくさんの音を重ねるような曲作りになっている。このあたりはどうでしょう?

中野 作っているときの意識は基本的に“無”でしたね。ある意味一筆書きやフリーハンドに近いかもしれない。「こう作りたい」という意図を設けなかったので、自分でも次の展開は読めなくて。一方で「君と僕のメロディ」は「次にこんなことが起きたらいいな」というイメージはあったけど、それはポップスのフォーマットとは全然違っていて、普通だったら2番のAメロに戻るところで全然違う展開になったり。あえてポップスのフォーマットにまったく与しないで、フリーハンドで作り続けました。その結果、ラップかと思いきや、ビートが変化してプログレッシブになったり、いろいろなことが起きる曲になったんです。この曲のミュージカルを彷彿とさせる世界観、ショートフィルムのような構成は、ルールを作らなかったからこそ生まれたもので。もっと具体的に言えば、小林くんが描いた世界観に僕が乗っかり、その中で歌詞や、それとセットになるメロディ、言葉のリズムを大事にすることができれば、あとは何をしてもいいという考えで制作を進めていきました。そのおかげで「次に何が起きてもいい」という自由な発想ができ、トラックや楽曲のバリエーションにつながりました。