可能性を探り続けたTHE SPELLBOUND、初アルバムで到達した美しい世界

BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之とTHE NOVEMBERSの小林祐介によるバンド、THE SPELLBOUNDが1stフルアルバム「THE SPELLBOUND」を2月23日にリリースした。

昨年のTHE SPELLBOUNDは1月から5カ月連続で新曲を配信し、7月には東京・LIQUIDROOMで初のワンマンライブ「THE SECOND CHAPTER」を開催。さらに8月には「FUJI ROCK FESTIVAL '21」に出演し、12月には東京・USEN STUDIO COASTでワンマンライブ「A DEDICATED CHAPTER TO STUDIO COAST AND YOU」を開催するなど、精力的に活動を行ってきた。

彼らにとって初のアルバムとなる「THE SPELLBOUND」には、配信リリースされた5曲を含む全11曲を収録。ラップの手法を取り入れた楽曲、広大なサウンドスケープが広がる楽曲など音楽性の幅は広いが、全体を通して高揚感あふれるメロディと日本語の歌詞の響きが印象に残る1枚だ。今回のインタビューでは、中野と小林にアルバムがどのように作られていったのか、その背景には2人のどんな考えがあったのか、たっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 柴那典撮影 / YURIE PEPE

自分たちが生み出す音楽には誠実でいたい

──2021年はTHE SPELLBOUNDにとって始まりの1年になったわけですが、アルバム「THE SPELLBOUND」が完成に至るまでを振り返って、どんな感慨がありますか?

小林祐介(Vo, G) 制作をしたりライブに向けて準備をしたり、ずっとTHE SPELLBOUNDのことを一生懸命やってきて、たった1年とは思えないくらい濃密で充実した時間でした。バンドとしての絆が強くなったと同時に、ファンの皆さんとの絆を育む物語も作っているようで。大変だったけど、温かいものを手に入れられた気がします。

中野雅之(Programming, B) THE SPELLBOUNDはコロナ禍で活動を開始したので、それを切り離して考えるのは難しいんです。それこそ結成時から、一歩外に出ると社会的な圧迫感、自由に音楽をやることが許されないようなムードがあって。生きることだけでなく、ありとあらゆる人間の営みを「自粛しろ」と言われているような圧力を感じていました。スタジオに集まって曲を作ることや、ライブでたくさんの人と音楽を共有することは、その圧力に抗うような行為なので、アゲインストの風がずっと吹いているようで。四苦八苦して、いろんな自己矛盾と戦う1年だったと思います。でも、そんな状況だったからこそ、音楽に何を求めるのか強く意識したし、今バンドをやりたい理由も考えざるを得なかった。コロナ禍以前は当たり前にできたことも、信念を強く持たないと歩めない時間でしたが、僕らにとってはそれがうまく作用したんじゃないかなと思います。

THE SPELLBOUND

THE SPELLBOUND

──前回インタビューした頃はまだライブをやっていませんでしたが、ステージに立つという経験を経て、バンドはどう変わっていきましたか?

中野 個人的にはステージに立てたということ自体、何重もの意味があったし、達成感がありましたね。僕にとってはそもそもアーティスト活動を再開するのかどうかという節目だったし、コロナ禍でのライブは許されるのかどうか、という高い壁もあった。LIQUIDROOMでの初ライブを終えたあとは、いくつものゴールが一度に来たような、なんとも言えない気持ちになりました。喜びは大きかったですが、THE SPELLBOUNDのスタートでもあるし、茨の道への船出みたいな感覚もあったので、複雑な気持ちでした。あとは隣に立っている小林くんの姿を見ることで生存確認しているような感覚もあったし、小林くんが振り落とされないよう必死にもがいている姿が感動的でしたし。そういった体験を経て「もしかしたらいいバンドになるかも」と確信しました。その後のライブもすべて重要な意味があったし、小林くんがどんどんアーティストとして輝いていく、自由に羽ばたいていく姿を見れたのも本当にうれしい出来事でした。

小林 LIQUIDROOMでの初ライブは、個人的に大変なことがいろいろあって。このバンドのフロントマンとして人前に立つためには、これまでの自分では越えられない壁がたくさんあったんです。それを乗り越えるのに無我夢中だったけれど、今まででもっとも一生懸命になれた時間だった。そこから「自分たちの音楽には誠実でいたい」と心の底から思えるようになり、それがLIQUIDROOMのライブの出来につながった気がします。きちんとスタートできたからこそ胸を張れるし、2022年はもっと羽ばたいていけそうですね。

中野と小林、2人の可能性を探り続けて生まれた曲たち

──アルバムに収録する曲がそろって、ある程度の全体像が見えてきたのは初ライブ後だったんでしょうか?

中野 そうですね。すでにざっくりとしたデモはたくさんあったけど、この11曲に決めたのが去年の11月くらいかな。

小林 11月の半ばぐらいには決まっていた気がします。

小林祐介(Vo, G)

小林祐介(Vo, G)

──アルバムの曲はどんなふうに作っていったんでしょうか。

中野 例えばTHE SPELLBOUNDをバンドではなく、プロジェクトとして捉えていたら、「ポストパンクをやろう」「ポジティブパンクをやろう」というふうに、音楽のジャンルを絞ってコンセプチュアルに楽曲を作っていくこともできたかもしれません。でもそうではなく、バンドとして未知数なものを探り当てていくように1曲ずつ作っていきました。音楽的なバリエーションは、とにかく決めごとを作らないで、僕と小林くんで何ができるのか、手探りし続けたことで広がったんです。だからビートのスタイルもさまざまだし、陶酔感に満ちたものから緊張感あふれるものまで、幅広く用意されている。その一方で、どれくらい突き詰めたらデビューアルバムにふさわしい作品になるのかは、正直客観的にはわからなくて。時間切れになるまで作り続けて、最後に並べて聴いてみたら、バラエティ豊かだけど筋が通っていて、ちゃんと意味のあるアルバムになりました。

──1つひとつの曲を作る中で、新しい扉を開けるような感覚があった、ということですね。

中野 ええ。それから小林くんが書いた歌詞は、僕の知らなかった側面が出てくることがあれば、逆に物足りなさを感じることもあった。想定外のものが生まれ、自分の中のパレットに用意されている色合いでは足りなかったときは、その部分をどうやって埋め合わせるか考えました。あとは音楽を作るための哲学、「なぜ音楽をやるのか」という理由をお互いに問いただしたり、向き合うこともあったり。「こうしたら売れる」「面白がってもらえる」みたいなあざとい発想を持たず、手探りで探し続けたからこそ、「一生懸命音楽を作る」という根底を守ることができた。嘘偽りなく誠実に取り組んでいくことで、ほかの楽曲との整合性が取れたし、とても純度の高い、美しい作品ができあがりました。

──小林さんもアルバム制作を振り返って、今までにない発想や考え方を得たこともあったと思うのですが、いかがですか?

小林 発見や気付きの連続で、冒険のような時間でした。「この先どんなことが起こるんだろう」という胸騒ぎがずっとあった。歌詞を書いたり、メロディを歌っていく中で、自分の知らなかった領域が見えたり、「もっとここを突き詰めたらどうなるんだろう」と興味が湧いたり。どの曲も思い浮かぶ景色のすべてが新しくて、これはTHE NOVEMBERSの活動だけでは絶対味わえなかったと思います。それこそ「どこに導かれていくんだろう?」といった神秘的なものすら感じることが多かった。「間違いなく僕の人生の歌だ」「これから巡る人生の歌かもしれない」と思える瞬間もあれば、僕と中野さんの絆を示していたり、川島(道行 / BOOM BOOM SATELLITES)さんの思いも込められているように感じたり。いろんなことがフィードバックされましたね。