Netflix映画「パレード」野田洋次郎インタビュー|喪失感や死と向き合い、世界中を“パレード”しながら紡いだ音楽 (2/2)

「この人とは将来一緒に作品を作っていくのかな」

──藤井監督とは野田さんにとっての初めてのドラマ出演作である「100万円の女たち」から約8年間の付き合いになります。野田さんが感じる藤井作品、藤井監督の魅力とは?

「100万円の女たち」は藤井さんが商業作品を手がけ始めたばかりの作品でしたが、会議室で一緒に脚本を推敲する中で、「これを伝えるためにはどんな言葉を用いるべきか」といった考えがすごく明確でしたし、圧倒的なセンスも感じました。撮影段階でも視点がとてもクリアで、「この人はすごいな。こんなに若くて信頼できる監督がいるんだ」と思っていたら、あれよあれよという間にヒットメイカーになっていきました。監督の根幹には何かに対する苛立ちや反骨心があるけど、優しさもある。言葉にしなくともそういうところが波動でわかるんですよね。だから親近感を覚えるし、初めて会った8年前から「この人とは将来一緒に作品を作っていくのかな」という予感がありました。

──そののち、藤井監督が手がけた「余命10年」で野田さんは初の実写映画の劇伴を担うわけですが、お芝居が素晴らしいシーンに対して、「このシーンに音楽はいらないんじゃないですか?」と監督に伝えたそうですね。ただ今回の「パレード」では劇伴が引っ張っていってるなと感じるシーンがいくつかありました。

いや、今回の劇伴をやってみても「まだまだだな」と思いましたし、悔しさはいっぱいあります。実写映画の劇伴は本当に難しいです。「余命10年」も「パレード」もお芝居だけの映像がすでに素晴らしいので、「余計なことをしたくない」という思いと「さらにいいシーンにするためにはどうしたらいいんだろう」という思いが込み上げてくるんです。「パレード」も「このシーンに音はいらないんじゃないか」と思ったことがたくさんありましたが、以前と変わらず心がけていることは、「作品を観ている人に音があるかどうか気付かせないぐらいの曲が必要なんだ」ということです。それぐらい演者や景色と一体になるというか。外から音を付けるというより、中に入ってしまっているような感覚になることを目指しています。今回は「ミニマムな音数でもこういうふうにシーンの温度を少し高めたり、色に変化を加えることができるんだ」という発見がたくさんありました。

野田洋次郎
野田洋次郎

──アニメーション作品の劇伴とは難しさが違うんですね。

そうですね。両方とも映画音楽ではありますが、まったく違うものだと思います。アニメーションはすべてを作画チームの方たちが意図を持ったうえで作業をするので、アドリブもアクシデントもありません。実写はアドリブもありますし、予期せぬマジックが起きたりします。何より映像を見ながら音を当てられるのでアプローチの仕方が違いますね。

愛を捧げられる作品なり監督相手でないと劇伴は書けない

──現在、野田さんが出演するドラマ「舟を編む ~私、辞書つくります~」が放送されていますが、役者としての経験は映画音楽に向き合う姿勢に影響はあるのでしょうか?

役者も劇伴も映画の1つのピースなので、そのピースとしての役割を最大限果たせるかということをすごく考えるようになりました。エゴがよりなくなっていくというか。作品への貢献度をいかに100%にするかということと冷静に向き合えるようになったのはすごくよかったです。何が無駄で何が必要かということを考える能力が培われたと思います。

──そうなると、映画音楽とRADWIMPSのタイアップではない曲との違いがより際立っていくものなのでしょうか?

そうですね。より差は激しくなっていると思います。最近RADWIMPSはタイアップの楽曲が多くなっているので、そろそろまったく違うベクトルの楽曲が放出される予感をひしひしと感じていますね。

──「パレード」も「余命10年」も避けて通れない喪失感が通底する人と人との結び付きの物語だと思いますが、そういった作品とご自身の表現の親和性をどう捉えていますか?

確かに喪失感のある作品が多いですね。どちゃくそコメディみたいな作品からオファーが来てもいいなと思ってるんですけど、今のところ来ないです(笑)。さっきも言ったように僕は10代の頃からずっと死ぬことが怖いし、死について歌ってきたし、それを引き合いに出して生きることを考えてきました。自分の死期は確実に近付いてるし、周りの人の死を体験することも増えていて、そのことを考えない人生はもうあり得ない。自分がそういう生き方をしているので、死や喪失感をテーマにした作品と出会うのは必然なんだと思います。でも、こうして自分が出会いたかった作品にちゃんと出会えているので、自分の音楽活動は間違いではなかったし、すごく幸せなことだと思っています。

野田洋次郎

──作品との出会い次第だとは思いますが、劇伴は作り続けたいと思いますか?

劇伴をやることはラブレターを書くみたいなことだと思っています。僕はこれまで新海誠監督と藤井道人監督の作品しか劇伴を手がけていません。2人と出会って衝撃を受けて、ほれ込んで劇伴をやることにしたんです。新海さんのアニメーション作品の劇伴は1つの作品につき2年以上かかりますし、藤井監督の「パレード」の劇伴も1年半くらいかけて作りました。長い時間をかけて、いろいろなものを削りながらやる作業なので、単なる仕事としてはとてもじゃないけどできない。愛を捧げられる作品なり監督相手じゃないと僕は無理ですね。

──そうですよね。先ほどもワールドツアー中もずっと「パレード」のことを考えていたとおっしゃっていましたし。

そうですね。1日空いている日があればスタジオに行って作業をしていたので、メンバーやスタッフが「いつ休んでるの?」と心配してました。でも、いつの間にかそれが幸せな儀式のようなものになっていったんです。いつものスタジオのいつもの場所に座って「パレード」の映像を観て音を当てるという作業がだんだん心地よくなっていく。海外でいろんな国を回りながら、ものすごい熱狂の前でライブをやって、自分に対してどこか神がかったようなものを感じているところから一転して、エゴがすべてそぎ落とされた神聖な儀式をやっているような、すごく不思議な感覚で音を付けていました。

──登場人物や物語と一体化していくような感覚があったんでしょうか?

ありましたね。リリー(・フランキー)さんをはじめ、知り合いの出演者が多かったこともあり、撮影中のエピソードも頻繁に聞いていたから他人事とは思えなくて、どんどんのめり込んでいきました。今求められている映画やドラマのメジャー作品というのは、次から次へとハプニングが起きたりして、飛び道具が飛び交う内容の作品だと思うんです。そういう作品ばかりを観ていると、だんだんサプライズに麻痺してきて、感動中毒みたいになってしまうところがある。でも僕らの生活は8割方平凡で、残りのほんの5~10%くらいに少しの希望やきらめき、ちょっとしたサプライズがあると思っています。「パレード」は設定自体は非現実的なところがありますが、地に足をつけて物語を紡いでいる感覚がすごく素敵だなと思いました。

先人たちの死を経験し「自分はどれだけのものを残せるんだろう」

──「パレード」は未練を残して旅立った人たちの物語ですが、ご自身の未練について何か考えましたか?

後悔先に立たずという言葉がありますが、人間は後悔を先に立たせられる生き物なのが素晴らしいなと思います。「ありがとうってひと言言っておけばよかったな」とか「仲直りしておけばよかったな」という後悔をしないために、先回りして考えることができる。僕は「パレード」という作品に出会ったことで少し優しくなれたと思いますし、例えば「これは相手に言わなくてもいいか」と考えていたことをちゃんと言おうと思えました。観た人にとってもそういう作品になるといいなとささやかながら思っています。

──「パレード」の未練を残した人たちは“その先”にいけない理由があるわけですが、「自分にとってそれってなんだろう」と考えるきっかけにもなるのではないかと思いました。

そうなんです。どれだけ先回りして考えたとしても、未練や後悔は絶対に生まれると思うんです。「やり切った」と思って死ねる人間は少ないでしょうし、何かの途中で終わるのが人間なんだろうなと思っています。でも、未練や後悔を減らす努力をする価値はあると心から思う。それに未練が多いほど、世の中や人に対して何かを残せていたり、人と強く結び付くことができた証でもあると思うので、未練があるというのは悪いことだけでもないですよね。

──野田さんは震災以降、「まだまだやりたいことがあるのに時間が足りない」ということをよく口にするようになった印象があるのですが、そういう部分でも「パレード」とリンクしたところがあったのかなと思いました。

年齢を重ねるごとに時間の速さは感じますね。約2年前に「パレード」の曲を作り始めたとき、「あと何作品作れるんだろう」と思いました。そして、坂本龍一さんだったり、小澤征爾さんだったり、偉大な方たちの死を経験すると「自分はどれだけのものを残せるんだろうか」という焦りが増します。

野田洋次郎

プロフィール

野田洋次郎(ノダヨウジロウ)

1985年生まれ、東京都出身。2001年に結成したRADWIMPSでボーカル、ギター、ピアノを担当し、全作品の作詞・作曲も手がける。2005年にシングル「25コ目の染色体」でメジャーデビュー。2012年にはソロプロジェクトillionを始動する。2015年には映画「トイレのピエタ」で俳優デビュー。初主演にして「第39回日本アカデミー賞」新人俳優賞、「第70回毎日映画コンクール」スポニチグランプリ新人賞を獲得した。2016年には音楽全般を担当した新海誠監督の長編アニメ「君の名は。」が大ヒットを記録。2019年に「天気の子」、2022年に「すずめの戸締まり」でも新海監督とタッグを組み、両作の音楽全般を手がけた。2022年公開の映画「余命10年」、2024年公開のNetflix映画「パレード」の劇伴および主題歌を担当した。