Netflix映画「パレード」野田洋次郎インタビュー|喪失感や死と向き合い、世界中を“パレード”しながら紡いだ音楽

2月29日よりNetflixで世界独占配信されている映画「パレード」。3月13日時点で日本における週間映画TOP10で2週連続1位、Netflix週間グローバルトップ10(非英語映画)で10位を記録するなど人気を博している。「余命10年」「ヤクザと家族 The Family」「新聞記者」などで知られる藤井道人がメガホンを取った本作は、旅立ってしまった人の目線で遺された人への思いを描いたヒューマンドラマだ。

喪失や死をテーマにしたこの映画の主人公は、災害に見舞われ未練を残してこの世を去った報道記者の美奈子。長澤まさみ演じる美奈子は、月に一度死者たちが集い、それぞれの会いたかった人を探す“パレード”に参加する中で、少しずつ悲しみと向き合っていく。そんな物語に並走する劇伴と主題歌「なみしぐさ」を手がけたのが、藤井監督とは映画「余命10年」でもタッグを組んだ野田洋次郎(RADWIMPS)だ。

ナタリーでは「パレード」の魅力や世界観を掘り下げる横断企画を展開中。第1弾の藤井監督、第2弾のリリー・フランキーと長澤まさみに続き、最終回となる第3弾では野田のインタビューを掲載する。RADWIMPSとして国内外でライブを行いながら、その合間を縫って「パレード」という作品に向き合っていたという野田。「生と死」をテーマに楽曲を紡ぎ続けていた彼は、どのような思いと願いを抱きながら劇伴と主題歌を生み出したのだろうか。

取材・文 / 小松香里撮影 / YOSHIHITO KOBA
ヘアメイク / 根本亜沙美スタイリング / 髙田勇人(1729agency)

Netflix映画「パレード」予告編公開中

どんどん姿を変えていった「なみしぐさ」

──「パレード」の劇伴は、藤井道人監督が映画の企画段階から野田さんにラブコールを送っていたそうですが、具体的にどんな相談が来たんですか?

2022年に藤井監督と食事をしているときに、「映画人のこんな話を映画にしたい」というざっくりとした構想を伝えられて。映画の企画に携わっていたスターサンズ代表の河村光庸さん(「ヤクザと家族 The Family」「ヴィレッジ」「宮本から君へ」「新聞記者」などを手がけてきた映画プロデューサー)が亡くなる前に、「野田さんに音楽を担当してほしい」と言っていたという話を聞きました。藤井さんの思いも聞いて、すぐにやりたいと思いました。その年の夏頃に脚本の準備稿みたいなものを受け取ったんですが、ファンタジーの要素が強かったので「余命10年」(2022年公開の藤井監督作品)とはだいぶ毛色が違うなと。あと文字だけだと、話の中で描かれている今生きている人と、この世から旅立った人がどうやって共存するのかがいまいち理解できなくて。なので、劇伴制作にあたってはそのへんのすり合わせを藤井さんとみっちりやっていきました。

野田洋次郎

──撮影中にデモ音源のやりとりが行われたそうですが、その中で作品の輪郭がはっきりしていったんですか?

そうですね。藤井さん自身、撮影に入るまでは不確定な部分がけっこうあったみたいです。「余命10年」も点描のシーン(音楽とシーンだけで月日の経過や関係性の変化を描くシーン)とかは先に劇伴をお渡ししたのですが、今回も登場人物たちがパレードするシーンをはじめ、いくつかのシーンは「撮影前に劇伴のデモ音源が欲しい」と言われました。音楽をとっかかりにして撮りたいんだろうなと思ったので、2022年の秋ぐらいに何曲かお渡しした記憶があります。

──主題歌の「なみしぐさ」は最初から今のようなサウンドだったんでしょうか?

藤井監督と組んだ「余命10年」の主題歌「うるうびと」はデモがほぼそのまま完成版になったんですが、「なみしぐさ」は最初に渡した音源からけっこう変わりました。2023年の夏ぐらいから本格的に劇伴を作っていったんですが、実際の映像を観る中で印象が変わったところがすごく多かったこともあり、主題歌もどんどん姿を変えていきました。

世界中をパレードしながらの劇伴制作

──完成した映画を観て、まずどう思いましたか?

藤井さんの世界だなと思ったし、河村さんの世界だなと思ったし、登場人物たちが本当に愛おしくなって、僕が大好きな世界でした。僕、悪者がいなきゃ存在しないような物語がどんどん苦手になっているんです。そういうものは今生きてる世界で十分だなという気持ちがどんどん増しているから。と言っても本当の悪者なんてどこにもいないのかもしれないけど……。とにかく悪者がいなくても切実に生きる人の物語は描けるし、困難に必死で立ち向かう物語は作れるんだなと改めて感じながら劇伴を作りました。制作期間がRADWIMPSのワールドツアー中でもあったので、アメリカから帰ってきて劇伴を作って、ヨーロッパから帰ってきて劇伴を作って、国内ツアーを回りながら空いている日にスタジオに行って、アジアツアーの合間に帰国してまた作るような日々でしたね。世界を飛び回りながらずっと「パレード」のことを考えて、世界各地のホテルで何度も映像を観て。僕は僕で世界中をパレードしながら劇伴を作っていった感覚があります。

Netflix映画「パレード」キーアート

Netflix映画「パレード」キーアート

──時代も場所も交錯していくような「パレード」のストーリーとリンクするところがあったんでしょうか?

無国籍で不思議な雰囲気の作品なので、あったかもしれません。

──「なみしぐさ」をはじめ、劇伴の一部にアイリッシュテイストが入ってますね。

そうですね。「なみしぐさ」にはバグパイプや波の音も入れました。登場人物たちの言葉や表情が素晴らしかったので、その思いに引っ張られて作った曲です。それぞれの物語が描かれたシーンに対して曲を作っていく中で、1人ひとりの主題歌を作っていくような感覚がありました。そうなると、音が自然と登場人物に引っ張られていって。それぞれの物語のハイライトに音楽を付けていったらいつの間にか35曲も作っていて驚きましたね。中でも、長澤まさみさんが演じる美奈子と一人息子の良のシーンの表情が軸になって「なみしぐさ」が生まれていきました。

──「なみしぐさ」は浮遊感のあるサウンドプロダクションやゴスペルを思わせるパートが印象的ですが、このアレンジはすぐに浮かんだんですか?

けっこう迷いました。あまり予定調和な展開にしたくなくて、1番は現代的な楽器を排除しようと思って、ピアノやギターを使わないようにしたんです。それと音を“肉体的なもの”にしたくて、ゴスペルを入れました。最初、劇中の行進のシーンに僕も出演してほしいという話があったんです。そのうえで楽器隊も行進に加わるシーンを作りたいという構想を聞きました。僕が出演するのは違和感があったんですが、楽器隊が登場するのはありなんじゃないかと思って、バグパイプや多国籍な楽器を演奏する曲というイメージが湧いたんです。結果的にその演出はなくなったんですが、僕の中ではずっとそのイメージが残っていて主題歌のサウンドにつながっていきました。

野田洋次郎

「絶対」に試されている

──「パレード」は主人公の美奈子は自然災害に巻き込まれ一人息子とはぐれてしまうことから物語が始まり、生きていればつきまとう残酷な別れが描かれています。そこで見出された希望のようなものが「なみしぐさ」の歌詞には落とし込まれている印象がありました。

美奈子と同じように、僕は自分なりに災害と向き合ってきたとは思っているんですが、その中で現実をただ現実として受け止めることは到底できないと思うんです。人ってそんなに丈夫にはできてないし。でも「パレード」の劇伴に関わる中で、人の死をただの物理的な現象で終わらせない人間の豊かさみたいなところを信じたいなと思ったし、そこに希望を見出せるのが人間の所業だと思ったから、じゃあそれをとことんやるべきなんじゃないかなと。そういうことを藤井さんは「パレード」を撮ることで追求したわけだし、僕も僕なりにやったつもりです。そういう思いが「なみしぐさ」になった気がしています。

Netflix映画「パレード」より、美奈子役の長澤まさみ。

Netflix映画「パレード」より、美奈子役の長澤まさみ。

──野田さんは東日本大震災以降、10年以上もの間、3月11日に新曲を発表し続け、震災に向き合ってきました。その時間が「なみしぐさ」に生きているんだろうなと思いました。

うん、そうですね。

──「なみしぐさ」の歌詞では「絶対」という、揺るぎないものを表現する言葉がキーになっていますよね。

僕は「絶対」という言葉を目の前に提示されたときに、自分の気持ちを表現することに適している気がしています。「絶対」という言葉を使って、どんな文章を書けるかということを試されているというか。今回はそれがサビの歌詞としてしっくりきました。それだけ揺るぎない思いが「パレード」には存在すると思ったので、それに釣り合うだけの言葉、文章が必要だとも思ったんです。僕は自分の死に対しても、近しい人の死に対しても、ずっと恐怖がありますし、その恐怖に立ち向かっていかなきゃいけない。そういう気持ちを歌うとなると、生半可な言葉では太刀打ちできないと思っています。