The fin.が3月に2ndフルアルバム「There」を発表した。このアルバムはイギリス・ロンドンのDean Street Studioで制作された作品で、プロデュースをJamiroquaiやPassengerらの作品を手がけたブラッドリー・スペンス、マスタリングをジョー・ランバートが担当した。
音楽ナタリーでは2ndフルアルバムの完成を記念して、かねてより親交のあるYuto Uchino(Vo, G, Syn)とASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文(Vo, G)による対談を実施した。アジカンがきっかけでバンドを始めたと公言しているYutoと、The fin.の楽曲や活動の姿勢に関心を示す後藤。そんな2人に、それぞれが受けた影響について語り合ってもらったほか、日本のアーティストの海外進出、これからの日本の音楽シーンに対する思いなどについても話を聞いた。
取材・文 / 天野史彬 撮影 / 渡邉一生
音楽を始めたきっかけはアジカン
──後藤さんとYutoさんは、プライベートでも交流があると伺いました。
後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION) ツルんでいるわけではないですけどね(笑)。でも、先日も僕のスタジオに遊びに来てくれたり。The fin.のことは最初、DAWAさん(大阪のレコードショップ「FLAKE RECORDS」店長)に教えてもらったんですよ。それでミュージックビデオを観たら、「これ、本当に日本人なのか!?」って(笑)。本当にカッコいいなって思った。それから、音源を買って聴きはじめたんです。
Yuto Uchino(The fin.) ありがとうございます。最初に直接会ったのは、3、4年前ですよね。WWWでライブが一緒になって。そのとき、後藤さんはソロの弾き語りで出演していて、その日の打ち上げで初めてお話をさせてもらって。
後藤 そうだったね。Yutoくんは「アジカン好きです」と言っていて、「嘘でしょ?」なんて思っていたけど(笑)。
Yuto いやいやいや!(笑) 最初に組んだバンドは、アジカンのコピーバンドでしたから。今と同じメンバーなんですけど、1年間くらいずっと、アジカンの曲しかやらなかったです。そこから、徐々にオリジナル曲を作るようになって、ちょっとずつアジカンの曲の合間に入れていくようになって。
後藤 で、アジカンの曲を追い出していったわけだ(笑)。それでいいんだよ。
──Yutoさんにとって、アジカンとはどのような存在だったのでしょう?
Yuto 中学生の頃、初めてライブを観に行ったのがアジカンだったんです。大阪城ホールで、「ファンクラブ」(2006年発表の3rdアルバム)を出した頃のツアーだったと思います。うちのギター(Ryosuke Odagaki)と一緒に観に行って。当時僕はまだ、ギターを弾いていただけだったんですけど、アジカンのライブを観て、「バンドをやりたいな」って思ったんです。なので、アジカンはバンドを始めたきっかけです。「映像作品集 3巻」(2007年発表の「映像作品集3巻 Tour 酔杯 2006-2007 "The start of a new season"」)は、DVDがめちゃくちゃになって再生できなくなるぐらい観たし、筆箱にはずっと、物販で買ったギターのキーホルダーを付けていましたから。
──なぜほかの音楽ではなく、アジカンだったんでしょうね?
Yuto そもそも、こんなにうるさい音楽を聴いたのが初めてだったんですよ。14、15歳くらいの、エネルギーはあるんだけど行き場のない、あのどうしようもなく逃げ場のない感じに響いたと言うか……夢があったんですよね。
後藤 恐縮だよ、本当に。今、The fin.がやっている音楽からはアジカンの影響ってあんまり想像付かないと思うんだよね。でも、アジカンがきっかけになってバンドを始めて、そこからオリジナリティに目覚めていったというのは、本当にうれしいことだなと思う。好きなものは好きなものとしてあるんだけど、自分がやっていることが全然違うなんて、当たり前だと思うから。前に、D.A.N.のメンバーにも「『NANO-MUGEN FES.』行きました」って言われて「嘘だろ?」って思ったんだけどさ(笑)。でも、自分たちは洋楽とかも紹介したりしていたから、そういうところから、いろんな興味を広げていってくれたんだと思うしね。
Yuto 「NANO-MUGEN」のコンピレーションアルバム(2005年発表)から洋楽を掘っていく人たちは周りにも多かったです。アジカンが紹介する洋楽のアーティストって、例えばWeezerみたいに音楽的にアジカンとつながっているバンドもいれば、音楽性がまったく違うタイプのものもあって。でもそういうのが全部、刺激的だったんですよね。
──アジカンは、多くのきっかけを聴き手に与えてきたバンドですよね。
後藤 「産まれて初めて目にしたものを親だと思ってしまう」みたいなところもあると思うから、「あんまりアジカンが好きとか言わないほうがいいんじゃない?」と思うこともあるけどね(笑)。今はみんな、それぞれの独自性を確立しているわけだからさ。でも、みんなちゃんと個性を見つけることができているということは、ある意味では、僕らがやってきたことが伝わっている証だと思う。アジカンが好きで、アジカンみたいになっちゃう子たちよりも、伝わっているんじゃないかな。
Yuto そうだと思います。アジカンが好きで、アジカンみたいな音楽をやっている人たちは、アジカンの音楽にしか耳を向けていないんだと思うんです。でも僕らは「アジカンがどうやってバンドをやってきたか?」とか、「後藤さんがどうやって生きてきたか?」とか、そういう“姿勢”の部分も見ようとしてきたから。だからこそ、自分たちの考えを見つけてやっていこうって思えているんですよね。僕もバンドを始めた頃はずっと「アジカンになりたい」って思っていたし、オリジナル曲を作りはじめてからも、最初はアジカンみたいな曲しかできなかったんですよ。でもだんだんと「それじゃダメだ」って気付きはじめて、自分の音楽、自分の表現っていうものを探し出した感覚があるんです。
中国では1000人規模、日本では……
──The fin.は今、イギリスに活動の拠点を移していて、この対談も、日本ツアーの合間を縫って行われているんですけど、アジカンから受け継いだ「自分の姿勢を貫く」ということを、見事に体現していますよね。
後藤 The fin.はカッコいいよ。いきなり海外に移り住むとか、すごくいいと思う。僕も若くて時間とお金があったら、そっくりそのまま同じことをしたいくらい。若い頃、「俺も英語圏に産まれていたら、アメリカでヒットしてやるよ!」って思っていたもん。それを本当にやる決断力と行動力がThe fin.にはあるよね。Facebookで、中国でライブをやっているときの写真を見て、カッコいいなって思った。「若いバンドはみんな、こうやってやればいいのに」と思うんだけど、みんながやれないことなんだよね。ロンドンに移住したり、中国のライブハウスを満員にしたりするなんて、大変なことだと思うから。
──The fin.がその決断力と行動力を持ち得たのは、なぜだったのでしょう?
Yuto そもそも、英語で歌っているんだから、日本だけでやっていくのは違うなって思っていたんです。英語で詞を書くことになったのも、英語で歌う音楽がずっと好きだったからっていうシンプルな理由だし。あと後にも先にも、日本語の音楽でハマったバンドって、アジカンだけなんですよね。
後藤 そうなんだ。不思議だなあ。
Yuto なので、アジカンになりたかった頃は日本語で歌っていたんですけど、その頃は曲に言葉がうまくハマらなかったし、人に伝わっている手応えもなくて。でも、自分の表現を探しはじめて、英語で歌うようになってからは、アメリカやイギリスの人たちからいっぱいメッセージが来るようになったんです。そこで自分にとって伝わる表現は英語なんだなって気付いたんですよね。だからワールドワイドで通用する音楽をあえて目指そうと思ったというよりは、自分にとって嘘のない音楽が、今の形だったんです。そこからロンドンに移住するのも、自然な流れではあったんですよね。
後藤 Yutoくんはユニバーサルな感覚をすごく自然に持っているよね。その感覚は本当に素敵だと思う。Yutoくんのように、日本と海外を分け隔てなく考えているミュージシャンたちが、言語の選択肢として英語を選んでいくことは、この先、増えていく可能性もあるだろうし。やっぱりThe fin.は新しい日本のロックバンドの在り方を提示していると思うよ。“日本の”と言うか、“アジアの”か。
Yuto ただ、日本人としては「日本でも聴いてもらいたい」という気持ちがもちろんあるので、寂しさを感じる部分もあるんです。例えば中国でライブをすれば、1000人くらいのキャパシティの会場でも埋まるんです。でも昨日は福岡でライブをやったんですけど、100人ちょっとくらいのお客さんで。「ここ、日本なんだけどなあ」っていう……。
後藤 わかるよ。でも今のThe fin.の在り方は、ビジョンとして間違っていないと思うんだ。例えば北欧の国のアーティストたちは自分たちの国だけで音楽をやっても、人口が少ないし、たかが知れている規模感だから、英語で歌ってほかのヨーロッパ諸国や北米に出てくでしょう? 日本は人口が多い国だから、今まで自分たちの国だけでやれていたけど、もし日本が人口600万人くらいの国だったら、もうとっくに、みんな英語で外国に出て行っていると思うんだよ。
──とは言え、昨今、経済的に成長している中国やインドのようなアジアの国々に比べたら、日本は圧倒的に人口が少ないですよね。
後藤 今、日本でどれだけ「大ヒット」と言っても、たかだが数万枚でしょう? そんな状況、どこに夢があるんだろう?なんて思っちゃうよね。だけどThe fin.は中国のいろんな場所で1000人規模のライブハウスを満員にできる。もちろん中国はヒップホップが禁止されていたり、政治体制には向き合うべき問題があったりするけど、そもそも西側のエンタテインメントがガッツリと入ってきた歴史が浅いと思うんです。でも今はインターネットがあるし、国外からの文化の流入は食い止めることができないよね。これからもっともっと中国の人たちはポップミュージックを聴くだろうし、中国の企業も、カッコいいバンドにはお金を出すようになるかもしれない。
Yuto 実際、今の中国は“これからの国”という感じがします。若い人たちがすごく元気で、しかもものすごく音楽に詳しいんですよ。日本より音楽好きが多い印象があります。中国の音楽業界ではトップに立つ人でも三十代くらいが多くて、若い人たちがベンチャー的に業界を盛り上げ始めていて。行動力もあるし、体力もあるし、柔軟だし……そういう人たちが業界を動かし始めているので、これからどんどん大きくなって、面白くなっていくのかなと感じています。今の中国では若い人たちがみんな夢を見ているんですよ。そこが、日本の僕らの世代とは違うなって。僕はバブルが弾けた年に産まれて、ずっと不況、みたいな感じだったから。
後藤 そう考えると、今の日本の若い子たちにとっても、The fin.のようなやり方を見せてあげるほうが夢がある気がするんです。ちゃんと音楽が響く場所があって、若い観客がたくさんいて、踊って帰ってくれる。それだけで最高なことなんだから。それにこの先、The fin.がほかのアジアの国のフェスでメインステージに立つようになったら、おのずと「FUJI ROCK FESTIVAL」でもメインステージになるよ。
Yuto そうなったらいいなあ。
後藤 「Glastonbury Festival」にも「Coachella」にも出てほしい。この間の「FUJI ROCK」で、Corneliusがトリ前に出ていたけど、やっぱり、「FUJI ROCK」は日本の誇りとして、Corneliusをあの位置に入れたんだと思う。The fin.にはそういうバンドになってほしいなって、イチ音楽ファンとして思うんですよね。
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長い年月を経て実現したこと、思い直したこと
- The fin.「There」
- 2018年3月14日発売 / HIP LAND MUSIC
-
初回限定盤
[CD+スペシャルZINE]
3300円 / RDCA-1055
- 収録曲
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- Chains
- Pale Blue
- Outskirts
- Shedding
- Afterglow
- Missing
- Height
- Heat (It Covers Everything)
- Vacant Sea
- Through the Deep
- Snow (again)
- Late at Night
- Alone in the Evening (1994)
- The fin.(フィン)
- Yuto Uchino、Ryosuke Odagaki、Kaoru Nakazawaからなる兵庫・神戸出身のバンド。1980~90年代のシンセポップや、シューゲイザー、USインディーポップ、チルウェイブなどの要素をあわせ持つサウンドが特徴で、自主でSoundCloudやYouTubeに音源をアップして多くのリスナーを獲得した。2013年12月にライブ会場と一部店舗限定で「Glowing Red On The Shore EP」をリリース。2014年3月19日には同作にボーナストラック2曲を追加した全国流通盤を発表した。2016年3月に6曲入りCD「Through The Deep」をリリースし、同年9月に音楽活動の拠点をイギリス・ロンドンに移す。2017年5月にTakayasu Taguchiが脱退するも、日本、モンゴル、韓国の音楽フェスに出演するなど国内外で精力的に活動を続け、2018年3月からはアジアツアーを行った。中国、香港、タイ、台湾、フィリピンに加え日本の各地でライブを開催。同年3月に2ndフルアルバム「There」をリリースした。
- ASIAN KUNG-FU GENERATION
(アジアンカンフージェネレーション) - 1996年に同じ大学に在籍していた後藤正文(Vo, G)、喜多建介(G, Vo)、山田貴洋(B, Vo)、伊地知潔(Dr)の4人で結成。渋谷、下北沢を中心にライブ活動を行い、エモーショナルでポップな旋律と重厚なギターサウンドで知名度を獲得する。2003年にはインディーズで発表したミニアルバム「崩壊アンプリファー」をKi/oon Musicから再リリースし、メジャーデビューを果たす。2004年には2ndアルバム「ソルファ」でオリコン週間ランキング初登場1位を獲得し、初の東京・日本武道館ワンマンライブを行った。2010年には映画「ソラニン」の主題歌として書き下ろし曲「ソラニン」を提供し、大きな話題を呼んだ。2003年から自主企画によるイベント「NANO-MUGEN FES.」を開催。海外アーティストや若手の注目アーティストを招いたり、コンピレーションアルバムを企画したりと、幅広いジャンルの音楽をファンに紹介する試みも積極的に行っている。2012年1月には初のベストアルバム「BEST HIT AKG」をリリースし、2013年9月にはメジャーデビュー10周年を記念して、神奈川・横浜スタジアムで2DAYSライブを開催。2015年にヨーロッパツアー、南米ツアーを実施した。2018年3月にベストアルバム「BEST HIT AKG 2 (2012-2018)」「BEST HIT AKG Official Bootleg "HONE"」「BEST HIT AKG Official Bootleg "IMO"」を3作同時リリース。6月から全国ツアー「Tour 2018『BONES & YAMS』」を開催する。
- ASIAN KUNG-FU GENERATION
- ASIAN KUNG-FU GENERATION | ソニーミュージック オフィシャルサイト
- Gotch | only in dreams
- Gotch / 後藤正文 / ASIAN KUNG-FU GENERATION / ゴッチ
- ASIAN KUNG-FU GENERATIONの記事まとめ
- ASIAN KUNG-FU GENERATION
「BEST HIT AKG 2 (2012-2018)」 - 2018年3月28日発売 / Ki/oon Music
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初回限定盤 [CD+DVD]
3996円 / KSCL-3050~1 -
通常盤 [CD]
3024円 / KSCL-3052
- ASIAN KUNG-FU GENERATION
「BEST HIT AKG Official Bootleg "HONE"」 - 2018年3月28日発売 / Ki/oon Music
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[CD]
2700円 / KSCL-3054
- ASIAN KUNG-FU GENERATION
「BEST HIT AKG Official Bootleg "IMO"」 - 2018年3月28日発売 / Ki/oon Music
-
[CD]
2700円 / KSCL-3053
- Gotch「Good New Times」
- 2016年7月13日発売 / only in dreams
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[CD]
2500円 / ODCP-014