「今日起こる事件を撮ってください」
──では、菅谷さんが監督を務めたライブDVD「ザ・クロマニヨンズ ツアー HEY! WONDER 2024」について聞かせてください。アルバム「HEY! WONDER」を携えて行われた全国ツアーから3月25日のCLUB CITTA'公演を完全収録した作品ですが、制作にあたって意識したことは?
やっぱり、自分がライブを観たときの感動をそのままパッケージしたいじゃないですか。でも、それってすごく難しいんですよ。自分が感動したところにほかの人が感動するとは限らないので。今回は4人のムービーカメラマンの方に撮影してもらいましたけど、ずっと「どうディレクションしたらいいんだろう?」と考えていて。これから本番というときに「監督、ひと言お願いします」と言われて、「今日起こる事件を撮ってください」と答えたんです。
──事件を撮る、というのは?
僕が10代のときに「カッコいいな」と思って観ていたRamonesやThe Rolling StonesのVTRって、映像作品にしようと思って撮ったものじゃないんですよ。Ramonesだったら「ニューヨークでパンクというものが出てきて、すごいことが起きてるらしい」という感じで撮ってるし、The Rolling Stonesのビデオにはライブだけじゃなくて、会場で起きた暴動も映っていて。そういう生々しさがカッコよかったんですよね。なのでクロマニヨンズのライブを撮影するときも、エンタテインメントではなくて、事件を撮りたいと思って。ボーカルにカメラを向けてるときに「ギター、カッコいい」という衝動が起きればそっちに振っちゃっていい。ギターソロも最初から撮る必要はなくて、始まってから「いいな」と思ったら撮ればいいよって。そのほうがリアルだし、カメラマンがそこで感動したってことだから。僕が感動した部分とは違うかもしれないけど、DVDを買って観てくださる方にはハマるかもしれないし。つまり「カメラ割りを決めず、自由に撮ってください」という意味で、「今日起きる事件を撮ってください」って言ったんですけど、カメラマンの皆さんがしっかり応えてくれて。僕はステージ裏でインカムを付けてモニターを観てたんですけど、指示するというより「最高!」「最高!!」「最高!!!」の連続でした(笑)。めちゃくちゃいいじゃん!って。
──その撮り方だと、どんな映像が撮れるか予測できないですよね。
そうそう。しかも撮影は16mmのアナログフィルムだしね。
なぜ16mmフィルムで撮影したのか
──アナログで撮ることは最初から決めていたんですか?
決めてました。これまでに何本かミュージックビデオの監督も担当してるんですよ。最初に撮った「タリホー」は35mmのフィルムだったんだけど、映画と同じフィルムなので、ちょっとキレイすぎちゃって。デジタルムービービデオカメラは35mmから上を目指して作られているから、デジタルとアナログの差がわからないんですよね。もっと生々しいフィルムっぽさが欲しかった。クロマニヨンズにはそれが似合うと思ってるから。アルバム「MOUNTAIN BANANA」のツアードキュメントのときは8mmのモノクロで撮って、それもよかったんだけど、今度は「もうちょっと繊細に撮るのもいいかな」と思って、だったら16mmだなって。アルバムのリード曲「あいのロックンロール」のMVをテスト的に撮ってみたら、狙った通りの映像になったんです。メンバーもスタッフの皆さんも「これはカッコいいね」と言ってくれたので、じゃあ「HEY! WONDER」のライブも16mmだねということになりました。
──MVからの流れもあったわけですね。
そうなんです。あとはさっきも言ったけど、カメラマンの皆さんがすごくて。松浦弘二さん、宮津将さん、勝田正志さん、川口潤さんという4人の名だたるカメラマンや映像監督が集まってくれて、しかもフィルムを扱える人ばかりで。制作会社の方が「アベンジャーズですね」って言ってました。でも、やっぱり緊張はしてたみたいですけどね。「現像しないと撮れているかわからない」って。
──アナログならではの大変さがある、と。
フィルムも換えなくちゃいけないしね。1本で撮れるのは15、6分くらいだから、3曲ごとに換えるんですよ。なので4人のスタートが違うんです。少しずつ時間をズラして撮り始めて、順番にフィルムを換えて、撮りこぼしがないようにして。そこは僕じゃなくて撮影監督がフォーメーションをやってくださったんですけど、そういうスリルも楽しいじゃないですか(笑)。
──ライブ撮影はすべてそうですけど、アナログフィルムを使うと“一発勝負”感がより強まりそうです。デジタルに比べると、暗い部分がハッキリと写ってなかったりしますよね。
実際に会場にいても、暗いところはよく見えないじゃないですか(笑)。そこまで写ってる必要もないし、そこは気にしなくてもいいのかなと。あとはカメラマン1人に露出をチェックする人が付いて。カメラもけっこう重いし、そこもチャレンジですね(笑)。
「必ずここで泣いちゃう」という場面がある
──編集作業はどうでした?
僕1人でやりました。1日3曲ずつくらいやったのかな。あまりテンションが下がらないうちに作業をやめて、「明日はあの曲で始まるから……」とか考えながら寝て、次の日にまた3曲くらいやって。最後に通して観て、「ここはこっちのシーンのほうがいいいかな」と手直しして、わりと早めに仕上げました。あんまり考えすぎてもよくないし、勢いが大事じゃないですか、ライブだから。あとは色調整ですね。この日のライブでは4人ともピンクのTシャツを着てたんだけど、最初に現像されてきた映像はもうちょっと薄かったんです。それを少し濃くしたり。その作業をやってるときに、ステージの暗い部分がちょっと青くなったんですよ。その色が、僕が大好きなRamonesの「It's Alive」のジャケットの色と同じだった。当時はステージの照明がLEDではないし、条件はぜんぜん違うんだけど「この青が出るってことは、コダックのフィルム特有の色なのかな」と。それもすごく面白かったし、感動しましたね。DVDの色味に関しても、それが自分の中の基準になっていきました。
──完成したライブ映像にはもちろん、菅谷さんの“感動ポイント”も反映されているんですよね……?
通して観てると、「必ずここで泣いちゃう」という場面があるんですよ。そのシーンが来ると涙が止まらなくなって、ティッシュで拭きながら観てたんだけど……それがどこかは言いません(笑)。そのポイントは1人ひとり違うはずだし、僕のオススメというより、個々で見つけてもらったほうがいいと思うので。
──ザ・クロマニヨンズのライブDVDを監督したことで、改めて気付いたことはありますか?
僕はどちらかというと昔の洋楽が好きだったんですよ。でも、Ramonesやストーンズの全盛期のライブはもう観られないじゃないですか。ときどき思うんですよね。もしライブの楽しさから音楽を好きになってたら、ライブに関わる仕事がしたいと思ったかもしれないなって。そうじゃなくてレコードから入ったから、ジャケットデザイナーになったのかもしれない。でもクロマニヨンズはそうじゃなくて。「1stシングルから全部持ってるし、最初のライブから全部観てるんだぜ」って自慢できるし、毎年毎年、全盛期のクロマニヨンズのライブを体験できるんですよ。4人ともすごく楽しそうだし、「音楽が本当に好きなんだな」って伝わってくるじゃないですか。あの姿を見ていると「ストーンズも若い頃は、こんな感じでやってたのかな」って思ったり(笑)。だから「クロマニヨンズのライブのDVDを作ってみない?」と言われたときも、すぐに「やるやる」って言えたんじゃないかな。
──大好きなバンドのライブを何年も見続けるって、考えてみると奇跡ですよね。当たり前だけど、同じ時代に生きていないと観られないし。
そう、ラッキーなんですよ。ライブ会場って特別ですからね。僕もお客さんの1人として皆さんと一緒の時間を過ごして、僕がジャケットを作ったアルバムの曲を楽しんで。このDVDはそのときの感動を形にしたところがあるし、そういう意味では僕なりの視点が入っているかもしれないです。
ザ・クロマニヨンズから受け取ったパワー
──では、菅谷さんが思うザ・クロマニヨンズの魅力とは?
いろんな力をもらえるところですね。4人の演奏や歌、ハーモニーをライブ会場で聴いてると、創作意欲というか、イメージが膨らんできて「こんなことやったら面白いだろうな」と思ったり。例えば頭の中で高橋ヨシオが飛び跳ねてたり、逆立ちしたり。それがTシャツのデザインにつながったりする。現在、販売中のTシャツがそうなんですけど(笑)。そうやってストーリーがつながって、次のレコードのジャケットになるかもしれないし。パワーをもらえるという意味では、会場に来ているお客さんも同じだと思います。
──ライブの中で感じたことが創造性につながっているんですか? もちろんメンバーはそんなこと考えてないでしょうけど。
そうでしょうね(笑)。あとは「音楽が好き」っていうパワーがすごい。最高ですよね。
──菅谷さんも映画「エポックのアトリエ」の中で、「興味がある」「好きだ」という方向に進んできたと発言してましたよね。
そうしようと決めているわけではなくて、そうなっちゃうんですよ。だって、時間があったら好きなことをやってたいじゃないですか。好きな音楽を聴いて、好きなものを食べて。それと一緒ですね。
──「好きなことを仕事にするとつらい」ということもなく?
苦悩があったとしても、楽しんでるのかもしれないですね。僕、そういうときは寝ちゃうんですよ。映画にも映ってますけど、何も出てこないときはメモ帳を横に置いて寝て、起きたときに思い浮かんだことをメモして。冷静になってみると「これ、本当にやれる?」というアイデアも多いんだけど(笑)、せっかく思いついたんだからやってみようと。そういうことばっかりですね。
──ライブDVD「ザ・クロマニヨンズ ツアー HEY! WONDER 2024」の制作中も「これ、本当にやれる?」みたいなことはありました?
オープニングがストップモーションアニメなんですよ。それもアナログフィルムからヒントを得ていて。フィルムの映像って、フィルム1枚1枚がパラパラ漫画みたいになってるわけじゃないですか。だったらオープニングもストップモーションアニメがいいかなと。アルバムのジャケットの世界観をもとにして、クレイ(粘土)も使ったり。コマ数を計算したときに「これは大変だぞ」って一瞬冷静になったんですけど(笑)、やり始めたら楽しくて、あっという間でした。
──1人でストップモーションアニメを作るのもめちゃくちゃ大変そうです。それをやり切るのも、ザ・クロマニヨンズから受け取ったパワーなのかもしれないですね。
クロマニヨンズもそうだし、やっぱり音楽ですね。アルバムのジャケットはもちろん、自分の個人的な作品も音楽とは切り離せないので。音楽からは本当にたくさんのものをもらってます。
プロフィール
菅谷晋一(スガヤシンイチ)
ザ・クロマニヨンズやOKAMOTO'Sなどのレコードジャケットを手がけるほか、8mmや16mmフィルムの映像製作も行う。ビジュアルに用いる絵画、彫刻などを自ら制作し、撮影、レイアウトまで1人で担うストイックで仕掛けに富んだ創作は、ミュージシャンからの信頼も厚い。2021年にはドキュメンタリー映画「エポックのアトリエ 菅谷晋一がつくるレコードジャケット」が公開された。
菅谷晋一 (@sugaya_shinichi) | Instagram
ザ・クロマニヨンズ
1980年代からTHE BLUE HEARTSとTHE HIGH-LOWSで活動をともにしてきた甲本ヒロト(Vo)と真島昌利(G)に、小林勝(B)と桐田勝治(Dr)を加えた4人組ロックバンド。2006年7月の“出現”以来、毎年コンスタントにリリースを重ねており、2024年2月に17枚目のアルバム「HEY! WONDER」をリリースした。ライブ活動も精力的に続けており、2月から6月にかけて全43公演のライブツアー「ザ・クロマニヨンズ ツアー HEY! WONDER 2024」を開催。本ツアーより神奈川・CLUB CITTA'公演の映像を収めたライブDVDを9月にリリースする。
ザ・クロマニヨンズ (@TheCro_Magnons) | X