ザ・クロマニヨンズのライブDVD「ザ・クロマニヨンズ ツアー HEY! WONDER 2024」が9月25日に発売された。
本作にはクロマニヨンズが最新アルバム「HEY! WONDER」を引っさげて今年2月から6月にかけて行った全43公演のツアーの中から、3月25日の神奈川・CLUB CITTA'公演の模様を収録。全編16mmフィルムで収録した映像作品となっており、DVDの監督はクロマニヨンズのアートワークを手がける菅谷晋一が務めた。
音楽ナタリーでは菅谷監督にインタビューし、クロマニヨンズの作品に携わるようになった経緯や彼が手がけたマスコットキャラクター・高橋ヨシオの誕生エピソードについて改めて聞きつつ、16mmフィルムで撮影されたライブDVDの制作エピソードを詳しく話してもらった。
また映像制作に馴染みのない読者に向け、16mmフィルムに関するコラムも同時掲載。映画ライターの村山章にその魅力を解説してもらった。
取材・文 / 森朋之撮影 / 小財美香子
文 / 村山章
デジタル全盛の現代だが、映画やミュージックビデオなどでフィルム撮影が行われることは多い。ザ・クロマニヨンズの最新ライブDVD「ザ・クロマニヨンズ ツアー HEY! WONDER 2024」も能動的に16mmフィルムを選択した作品だ。では「16mmフィルムって何?」と聞かれたら、どう答えるのが正解だろう? もちろん知識として説明することはできる。
それは映像や写真を記録する幅16mmのフィルムで、専用カメラに装填すれば1秒24コマ(無声映画は1秒16コマ)の動画を撮影できる。ビデオ撮影が主流になる以前のテレビドラマやアニメ、古いニュース映像やドキュメンタリー映画の多くが16mmフィルムで撮られていた。
一方で劇場公開映画は、基本的に35mmフィルムで撮影されている。もうおわかりと思うが「35mm」はフィルム幅のことで、16mmの約2倍。その分、映像の情報量が大きく、16mmフィルムよりも画質がいい。逆に言えば、35mmよりも撮影機材が手軽に持ち運べるように開発されたのが16mmフィルムなのだ。ちなみに喜劇王チャップリンは1931年から翌年にかけて世界一周旅行に出たが、旅の記録用に持参したのは16mmフィルム用カメラだった。
と、ここまでは難しい話じゃない。本当に難しいのは、今の時代に「なんのために16mmフィルムを使うのか?」だ。もっと平たく言えば「16mmフィルムの魅力って何?」である。
デジタル映像の画質は“解像度”で表されるが、16mmフィルムはデジタルの2K画質以上だと言われている。しかし最近はスマホでも4Kの動画が撮れるわけで、フィルム代もかかれば現像費も必要な16mmフィルムをわざわざ使うメリットはあるのだろうか? いや、ある、あるんです、絶対に。
どうして16mmフィルムを選ぶのか。理由はケースバイケースだろうが、乱暴にくくると「そっちのほうが味があるから」、もしくは「画質が劣っていてもなんだかカッコいいから」。感覚的な話でごめんなさい。でも感覚的な基準なのだから仕方ないじゃないですか。
デジタルとアナログの話に置き換えると想像しやすいかもしれない。ハイレゾ高音質の音楽データと、最近また人気が再燃しているレコードやカセットテープの違いに似ている。レコードが35mmフィルムなら、さしずめ画質で劣る16mmフィルムはカセットテープか。そこにはレトロな魅力と、若い世代には新鮮な驚きがあるとわかっていただけるだろうか。
さらに言えば、16mmフィルムには独自の歴史の蓄積がある。例えば音楽フェスの元祖的存在、1969年開催の「ウッドストック・フェスティバル」では記録映画「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間」も製作されており、撮影に16mmフィルムが使われた。今改めて観てみると、ピントがちょっと合っていないような、粒子のザラつきが見えるような粗さのある映像から1960年代特有の熱気が伝わってくる。
最近の映画でも、フィルムならではの質感を求めて16mmを選ぶケースは少なくない。例えば三宅唱監督の「ケイコ 耳を澄ませて」や「夜明けのすべて」、ショーン・ベイカー監督の「レッド・ロケット」などは16mmフィルムで撮影されている。デジタルのバッキバキの高解像度とは趣きが異なる、アナログな空気感が伝わってはこないだろうか? 性能的には16mmフィルムよりお手元のスマホのほうが暗いところまで鮮明に映してくれるが、画家が絵の具の色数を絞るように、ハイスペックではない16mmフィルムにしか出せない芸術性があるのだ。
「ザ・クロマニヨンズ ツアー HEY! WONDER 2024」のDVDを観てみると、16mmフィルムの色調や不鮮明さが(今ではYouTubeなどで誰もが観られるようになった)伝説的ミュージシャンの古いライブ映像を彷彿とさせる。つまり16mmフィルムとは、歴史の証人であり、人の記憶と深く結び付いた唯一無二のアートフォームなのである。今後も映像表現の可能性を拓く強力な武器として大いに活躍してほしい。
高橋ヨシオの生みの親
──菅谷さんがザ・クロマニヨンズのアートワークを手がけるようになった経緯を教えていただけますか?
彼らの事務所(ハッピーソング)のロゴマークのコンペがあって、僕が描いた絵を採用してもらったんです。ニワトリのくちばしが蓄音機の針になってて、おしりから音が出てるという絵だったんですけど、その絵を気に入っていただいたのが最初。ヒロトさん、マーシーさんがTHE HIGH-LOWSをやっていたときですね。
──バンドのマスコットキャラクター・高橋ヨシオも菅谷さんの絵が元になっているそうですね。
そうなんです。ザ・クロマニヨンズの初代レーベル担当の方から、「今日、高橋ヨシオのアイデアスケッチをもらう日ですけど、覚えてますか?」という電話があり、「え、今初めて聞きました」というやりとりがあって(笑)。たぶんその方が忙しかったんだと思うけど、僕に伝えるのを忘れてたんですよ。締め切りが1時間後だったから、数分で描いて持っていったら、そのスケッチがそのまま使われました。映画(菅谷の制作に密着したドキュメンタリー映画「エポックのアトリエ」)でヒロトさんが「デッサンがちょっとおかしい」みたいなことを言っていたけど、それは急いで描いたからなんです(笑)。
──謎のUMAを目撃した子供が描いた図みたいな。
それがよかったんでしょうね(笑)。もう20年近くになるけど、ずっと愛されていてありがたいです。
──The Rolling Stonesのベロのマークと同じように、ザ・クロマニヨンズと言えば高橋ヨシオですからね。菅谷さんはシングルとアルバムのジャケットデザインもすべて手がけていますが、制作のときは1回しか音源を聴かないそうで。
そうなんです。すごく集中して聴いて、気になった歌詞をメモして。あんまり何回も聴いちゃうと、どうしても曲に寄り添ったジャケットになりすぎちゃうのでイヤなんですよ。そうじゃなくて、想像を掻き立てるようなジャケットのほうが面白いと思っていて。歌詞とかを噛み砕いて寄り添ったジャケットよりも、ちょっとズレてるんだけどズレてない、絶妙な線。そこから音楽を想像させるようなジャケットが好きなので、そういうものを作るようにしています。
──事前の打ち合わせなどもなく?
それはアーティストによって違いますけど、クロマニヨンズの場合は一切ないですね。すべてお任せというか、音源と歌詞をいただいて、僕が自由に作るというスタイルでやらせてもらってます。
──菅谷さんは画家としての側面もあると思いますが、デザインと絵のバランスについてはどう捉えているんですか?
デザインを始めたときから自分で絵を描いてたんです。アートディレクターの方の多くはイラストレーターに絵を描いてもらうと思うんですけど、僕はどこかで修行した経験もないし、そういうツテがなくて。「だったら自分で描いたほうが早いよね」と思っちゃって。僕の絵を見て「いいね」って言ってくれる人もいたし、そのまま自分で描くスタイルができちゃったんですよね。
──その結果、制作のすべてを1人で完結するやり方になったと。しかも手作りの部分が多いので、めちゃくちゃ手間がかかりそうな……。
そうですね(笑)。でも、決断は早いですよ。会議とかにかけなくてもいいし、僕が「こうやろう」と決めたら、実現するまでの道筋は短いので。誰かと打ち合わせを重ねることもそんなにないし、素直に作りたいものが作れるのかなと。
──イラストやデザインの制作は、「こういう感じで進めたいのですが」と途中経過を見せることも多いと思いますが、菅谷さんは完成したものをドーンと提示するとか。
昔はラフを見せたりすることもあったけど、今は僕のスタイルをわかってくれている人が発注してくれるので。「できあがり、楽しみにしてます」みたいな(笑)。今、オーストリアのアーティストのジャケットを作ってるんですけど、それも同じで「音源を送るから、好きなように描いてよ」という依頼なんです。僕から「こういうスタイルでやってるから」って言ったわけじゃないんだけど、いつの間にかこうなってました。以前はカメラマンの写真をディレクションすることもあったけど、最近は絵が多くなってますね。
──学生時代には建築を勉強されていたそうですが、そこで学んだことも生かされてますか?
建築を学んだことで全体をシステマティックに見れている気もしますけどね。あとね、よく「何かを専門的に勉強してこなくてよかったね」って言われるんですよ。全然縛りがなくて、いろんなものを作ってますからね。シングル「生きる」のジャケットのために、自分で木彫りをしたし(笑)。好きなものを自由に作っています。
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