THE BACK HORN結成25周年記念特集|ファン歴20年!「ダイヤのA」寺嶋裕二が山田将司&菅波栄純を質問攻め (2/3)

なんて気持ちにさせるんだ、このバンドは

──寺嶋先生がTHE BACK HORNの楽曲を聴き始めたのはいつ頃ですか?

寺嶋 「涙がこぼれたら」(2002年8月リリースの4thシングル)のミュージックビデオを観てカッコいいと思って、黒沢清監督の映画「アカルイミライ」の主題歌になった「未来」(2003年1月リリースの5thシングル)を聴いて衝撃を受けました。なので20年以上前ですね。「未来」はオファーがあって作ったんですか?

菅波 そうですね。

寺嶋 それ、すごすぎないですか? シナリオを見てから書いた曲?

菅波 高校生たちが商店街を歩くラストのシーンだけ見せてもらって、「このシーンで流れます」って言われた記憶がありますね。

寺嶋 それであの名曲が……。「涙がこぼれたら」と「未来」でTHE BACK HORNが気になって、その後アルバムをさかのぼって聴くようになりました。僕が一番刺さったというかTHE BACK HORNを強烈に好きになったのは、今でもよく覚えてるんですけど、写真を撮りに「人間プログラム」(2001年10月リリースのメジャー1stアルバム)を聴きながら河原を歩いていたんですよ。そしたら、すごく天気のいい日だったのに気分がどんどん沈んでいきまして。「なんて気持ちにさせるんだ、このバンドは」と思ったんですけど、同時にその感じが嫌いじゃなかった。今振り返ると、「あしたのジョー」を全巻読んだあとにズーンと来た感じに近かったのかな。こんな気持ちにさせるバンドはほかにいないと思って、それ以来ずっと聴いてます。

左から菅波栄純、山田将司、寺嶋裕二。

左から菅波栄純、山田将司、寺嶋裕二。

──「人間プログラム」に収録されている「幾千光年の孤独」は確か夏の海辺で作ったんですよね? 河原ではないですけど、シチュエーションとしてはちょっと似ているのかなと。

菅波 あーそうでした。歌詞ができなくて。

山田 それって「光の結晶」(2003年6月リリースの6thシングル)じゃなかったっけ?

菅波 「光の結晶」もそうだね。「幾千光年の孤独」は次の日の昼が将司の歌録りというタイミングで、自分を追い詰めるために最終列車に乗って湘南に行って、夜の海を見ながら歌詞を書いてたんですけど、寝ちゃったんですよ。それで、朝起きたらビーチにたくさん水着のお姉さんとか楽しそうなカップルがいて、めちゃくちゃ腹立ってきて。俺は1人でこんなに苦しんでいるのに、こいつら楽しそうにしやがってって思ったら歌詞が降りてきました。

寺嶋 「THE BACK HORNの世界」のインタビューに書いてありましたけど、将司さんは最初「こんな明るい曲歌えない」って言っていたんですよね?

山田 「光の結晶」はそうですね。

寺嶋 今回のリアレンジアルバムで「こんな曲だったんだ」って再発見したというか。将司さんが歌えないと言ったのは、もともとこんなイメージがあったからなんだと気付きました。

──「光の結晶」の原曲は脇目も振らず全力で突っ走るような疾走感のある曲でしたが、リアレンジ版は足取りが軽やかで周囲の美しい風景を楽しみながら進んでいるような印象を受けました。「光の結晶」の話が出てきたので「REARRANGE THE BACK HORN」の話も伺えればと。

寺嶋 THE BACK HORNの曲って1回で咀嚼できないんですよ。ずっと聴いていると「こんなことやってたんだ」と気付くことが多くて、実はけっこうテクニカルなバンドだと思ってます。リアレンジアルバムを聴いたときに、すごくシンプルで各楽曲の音がすんなり入ってきて心地よかったんですね。それってもしかしたら今バンドの状態が絶好調なのかなって。

山田 それはあるかもしれない。

菅波 そうだね。

──「光の結晶」に限らず今作の原曲は8ビート主体でギターも歪んでいるものが多いですが、リアレンジ版では緻密なリズムパターンかつギターもストロークよりもアルペジオが多用されています。もともとの曲たちが濃厚な二郎系ラーメンだとしたら、今作は出汁にこだわった透明なスープが売りの塩ラーメンのような、同じラーメンでもまったく違うものに生まれ変わった印象を受けました。

寺嶋 素材のよさがちゃんと出てるんですよね。シンプルになっていても「今はこの感じでも表現できるぜ」という大人の余裕を感じるというか。曲はどうやって選んだんですか?

山田 昔の曲で固めようってことで叩き台を作って、そこからみんなで選んだよね。

菅波 自分たちのファンクラブイベントで、アコースティックっぽいアレンジで演奏していた楽曲がけっこうあって。その時点でアレンジが完成していたわけではないんですけど、そういう曲を膨らませて、原曲と印象を変えられた自負がある曲を優先的に選んでいきました。

寺嶋 音楽を聴くとその当時を思い出すことってよくあると思うんですけど、歌っている人や演奏している人たちはどんな気持ちなんですか? 同じようにレコーディングしていた当時を思い出しました?

山田 原曲をレコーディングした頃の景色とは違いますね。曲の思い出がライブの思い出になっている部分もあるし。

左から菅波栄純、山田将司、寺嶋裕二。

左から菅波栄純、山田将司、寺嶋裕二。

寺嶋 ライブで更新されていってるということ?

山田 そうですね。あとは自分の場合、演奏に対してどういう表情の歌を乗せるのか、自分自身がどういう表情の歌を聴きたいのかを客観視していて。

菅波 ある意味で新曲みたいに録ったよね。

寺嶋 今回はどうやってレコーディングしたんですか? すごく生々しくて一発録りっぽい感じがしたんですけど。

山田 レコーディング自体はリモートですね。

菅波 ドラムとボーカルはスタジオで録りましたけどそれ以外は自宅で。最初にドラムを録って次に光舟がベースを乗せて、俺がギターを付けてバランスを整えたもので将司が歌入れするという流れで1つひとつの音を重ねていきました。

山田 栄純がギターを入れたあとにアコースティックギターも録って。栄純がこのフレーズ弾いているならアコギはこうしようかなとか考えながら。

菅波 今回初めて将司が全曲でアコギを弾いているんですよね。

寺嶋 すごいですね。音でコミュニケーションしている感じだ。

演奏をグルーヴさせる難しさ

──寺嶋先生は「REARRANGE THE BACK HORN」で特に印象に残った曲はなんですか?

寺嶋 僕は「罠」のアレンジが好きですね。ドラムがすごく好き。「ファイティングマンブルース」もめっちゃいいし、ラストの新曲「Days」もいいですね。

──ではそのあたりの話を個別に聞ければと思います。もともと各楽器が渾然一体となって爆発力を生み出していた「罠」ですが、タムをビートの主体にしたことで民族音楽的になり、そこにストリングスも絡んでくるところが今のTHE BACK HORNらしいですね。

菅波 「罠」は先ほど言ったファンクラブイベントでアコースティックアレンジを披露したことがなくて。でも楽曲的にはやりたいという話になって急遽入れることにしたんです。みんなでスタジオに入って考えている時間を取れず、そしたら将司が「俺考えてくるわ」と言ってみんなにデモを送ってくれました。

山田 曲調は違いますけど、「サーカス」(2000年4月リリースのインディーズ2ndアルバム「甦る陽」収録)に漂ってるような、THE BACK HORNの持つ怪しい雰囲気を出したいなと思ってアレンジしました。

寺嶋 楽器の音が跳ねてますよね。栄純さんの上モノも「サーカス」みたいな感じだったので合ってて。

菅波 さっきラーメンの話がありましたけど、今までの二郎系と違って今回のアルバムでは出汁の味を追求しなきゃいけなくて。要は演奏をグルーヴさせる難しさもあったんですよね。「罠」は今言ってくれた通りリズムが跳ねてるんですけど、その跳ね具合について将司と夜中に電話で延々と話し合いました。ビデオ通話にしてお互いのパソコンの画面を見せながら、あーでもないこーでもないって(笑)。今まではロックの勢いだけでやれていたからあまり意識しなくてもよかったけど、楽曲が丸裸になっちゃったから。

山田 もともとが濃い味付けの曲なので、それをどういう形で変形させるかを考えたときに、リズムを跳ねさせてドラムとクラップだけで始まったらどうだろうと思って。この曲には何かの儀式が始まるイメージがあったんですけど、それがうまくハマりましたね。

寺嶋 怪しい集団が火を囲んで騒いでいる感じがしました(笑)。「幻日」もそういう雰囲気がありますけど、同じように古代の儀式みたいなものを意識したんですか?

菅波 それはたぶんシタールっていうインドの民族楽器の影響ですね。「幻日」のギター録りの直前にTHE BACK HORNのライブがあり、光舟とマツがこの曲のサウンドについて話してて、その中でシタールを入れたらどうかという話になったんですよ。光舟が「こういうイメージなんだけど」ってリッチー・ブラックモアのアコースティックアルバムを聴かせてくれて。それでシタールを入れました。

菅波栄純

菅波栄純

──「ファイティングマンブルース」は、原曲はもっとロック色が強いですがよりオーセンティックなブルースに振り切っています。とはいえ古びた感じはなく、ちゃんと今のサウンドに仕上がっていて。

寺嶋 後半にベースソロ、ギターソロと出てきますがどうやって合わせたんですか?

菅波 そこがソロになるっていう情報だけをもらって。

山田 ふた回しずつソロやるよって。

寺嶋 マジですか。

──みんなで音を鳴らしているようなセッション感がありますけど、そこもリモートだったんですね。

菅波 気持ち的にはブルースセッションのつもりで演奏しましたね。

寺嶋 ますます次のライブが楽しみです。

菅波 そのときは本当にアドリブでやることになると思います。

音を鳴らさなくてもイメージを共有できる

──ミディアムナンバーの「夢の花」「夕暮れ」はシンセフレーズが加わり、ガラッと雰囲気が変わっていますね。

寺嶋 シティポップ感がありますよね。

菅波 ありますよね。「夢の花」も「罠」と同様にアレンジの原型があったわけではなく、みんなでリハスタ入ったあとにサブルームで「このままじゃ制作が間に合わなくない?」という話になり、急遽その場でアレンジしたんですよ。将司がアコギを弾き出して。

山田 イントロのデレレッ、デレレッの部分。

菅波 「おっ、カッコいいじゃん」って(笑)。それで俺が口ドラムを歌い、マツが「跳ねたほうがいいかな」とか指示を出して。アコギと口ドラムとマツの指示を将司が全部ボイスメモで録音したんだよね。

山田 ダダダッ、「ここベースソロ」、ダダダッ、トゥクトゥク、ダダダッ、ダーンダカダカ……みたいに全部口で言ったボイスメモを家に戻って聴いて打ち込みました。

菅波 あの作り方は自分たちでもびっくりしたよね(笑)。こんな感じでできちゃうんだって。バンドを長くやってきたから、実際に音を鳴らさなくてもイメージを共有できるようになりました。

寺嶋 たぶん今の話は骨組みの話だと思うんですけど、マンガもコマ割りってリズムなので、けっこうパターンが決まってるんですよ。大きいコマが来たら次は小さいコマとか、作家それぞれにある程度パターンがあって。下手するとセリフが入ってなくてもコマ割りだけ先に決められるんですよね。そこから詰めていったりとか。

菅波 確かに俺たちがリハスタでやったのも骨組みかも。

昔はできて今はできないこと

寺嶋 それにしてもリモートで別々にレコーディングしたんですね。すごい生々しいから一発録りしたのかと思ったけど。

菅波 ドラムとベースが入った音源が自分のところに届きますよね。それで、例えば「冬のミルク」とか、試し弾きせずにある意味一発録りの状態でギターを弾いたんです。マツと光舟のノリに合わせてその場でアドリブで。そのフレーズをけっこう残したりもしているので、結果的に一発録りになってるところはあるのかなと思いますね。

寺嶋 そうやってリモートでレコーディングできるようになったのは、コロナ禍で自宅に機材をそろえたからですか?

菅波 そうですね。

山田 「アントロギア」(2022年4月リリースの13thアルバム)もそういう録り方だったよね。

寺嶋 へえ。僕はアナログ人間なのでいまだに紙に描いているんですけど、リモート作業になったスタッフはみんなデジタルを取り入れたんですね。でも僕にはちょっと合わなくて。

菅波 どう合わないんですか?

寺嶋 手描きのよさがどうしても消えちゃうので、デジタルを使って手描きに寄せようとするほうが大変というか。あとはデジタルだとモニタをずっと見ることになりますよね。僕は疲れたらすぐ寝てパッと起きられるのが特技だったんですけど、長時間モニタを見てるからなのか、まったく寝られなくなっちゃって。

菅波 脳が覚醒しているんですかね。

寺嶋 そうかもしれないです。それでリズムがだいぶ崩れたので、やっぱりアナログがいいなって。

菅波 眠れないとメンタルにも影響がありますよね。

寺嶋 実際ちょっと病んでいたんです。今は外に出られるようになってライブも観に行ってるんですけど、音によってはまだちょっとしんどいと感じるときもあって。でも1月に中野サンプラザホールでやった「マニアックヘブン」は波長が合ったのか、本当に心地よかったです(参照:THE BACK HORN、25周年イヤーの口火を切った新春開催「マニアックヘブン」)。

山田 うれしいですね。

山田将司

山田将司

寺嶋 「マニアックヘブン」ではひさしぶりに演奏する曲が多いと思うんですけど、今の演奏で変わったりするんですか?

山田 アレンジは変わってないですね。

菅波 でも演奏はだいぶ変わってるよね。やってる自分たちのほうが違いを感じやすいのかな。

山田 昔はなんとかギリギリやれていたことが、今は余裕でできるようになったりとか。

菅波 逆にできないこともあって。テンポが急に変わる曲があって、そういうのってたぶん毎日スタジオに入ってそのあと一緒に酒を飲む生活を繰り返していたからできたタイム感みたいなもので。そういうリズムチェンジをなめらかにやるのが今は難しい(笑)。

寺嶋 へえ。

山田 昔は何も考えず自然にやれていたんだよね。

菅波 「マニアックヘブン」って演奏の難易度が高い曲をやることも多いですけど、その中でもインディーズ時代の曲は本当に難しいですね。テクニック的なことよりも、どうやって合わせていたんだろうって(笑)。傍からは気にならないレベルだと思うんですけど。

山田 訛りというか、うねりというか……独特のグルーヴがあるからね。

2023年6月19日更新