まらしぃ
代表曲「cat's dance」など
黒うさP「千本桜」
大好きな曲で、ピアノの演奏動画もたくさん再生してもらえて、何よりTOYOTAさんのAQUAのCMでピアノを演奏させていただいた本当に思い入れのある楽曲です。
ピアノがめちゃめちゃカッコよくて弾いていて最高に楽しいです。
この曲がきっかけで僕を知ってくださった方もたくさんいらっしゃるみたいで、いろいろ素敵な縁をつれてきてくれた大切な曲です!
kemu「六兆年と一夜物語」
この曲もとても大好きな曲です。
めちゃめちゃかっこよくて切ないメロディや歌詞、音色、どれをとっても最高です。
イントロや間奏がピアノで演奏していてめちゃめちゃみなぎります!
kemuさんは十年来の友人で、この間「六兆年マスター」の称号をもらいました。やったぜ。
まらしぃ「アマツキツネ」
自分の作った楽曲なのですが、とてもお気に入り&思い出がたくさんなので選曲させてもらいました。
もともとはリンちゃんにキツネ耳を付けたかっただけでできた楽曲だったのですが、Project DIVAやProject miraiに収録してもらったり、高橋洋子さんに歌ってもらえたり、小説を書かせてもらったりと素敵な経験をたくさんさせてくれた思い入れのある楽曲です。
40mP
代表曲「恋愛裁判」など
kz「ファインダー」
2008年の夏頃、まだボカロのことをよく知らなかったとき、ニコニコ動画でこの曲を見つけて視聴し、美しいメロディと生き生きと歌う初音ミクの歌声に感動したのを覚えています。
自分がボカロシーンに足を踏み入れるきっかけであり、今でも大好きな曲の1つです。
OneRoom(ジミーサムP)「from Y to Y」
ボカロ曲といえば激しいロックやノリのいいダンスチューンが流行りの中、この曲がバラードで一世を風靡したのは純粋に詞とメロディがリスナーの琴線に触れたからだと思います。
ジミーサムPさんのミクの歌声は、冬の朝の吐息のような透明感があって個人的にとても好きですが、この曲ではとくにその声が映えているように感じました。
bazzG「しわ」
曲がリリースされた当時結婚したばかりということもあって、自分に重ねて共感するフレーズが多く何度も聴いていました。
自分で“歌ってみた”を投稿させていただいたこともありますが、サビの開放感が心地よくつい口ずさみたくなるキャッチーなメロディです。
ryo(supercell)
代表曲「メルト」など
cosMo@暴走P「初音ミクの消失」
打ち込み感を全面に押し出したピアノリフがとにかく衝撃的。この曲以降こういうピアノリフが入った曲がボカロシーンや現代の流行の曲に至るまで多く出てくることになります。こういうピアノリフがいろんなところで聴こえてくるたびにcosMoさんの楽曲が持つ影響力はすごいなと感じます。もっと日本全体で評価されるべき。あと地味にエレキギターを打ち込みで再現してるのも当時の音源事情を考えるとすごい。今でこそエレキギターの音源って複数ありますが、自分が記憶してる限り当時ギター系の音源はMusicLab社のRealGuitarしかなかった。これはちなみにアコギの音源なのですが、これにアンシミュ系プラグインを刺してエレキギターっぽくさせる手法は同じく以降のボカロシーンを席捲することになります。
うたたP「ストラトスフィア(Long ver.)」
この曲が当時とにかく好きすぎて毎日聴いてました。今ひさしぶりに聴いて当時を思い出してなんだか泣きそうになります。コメント欄も相変わらずで、楽曲もさることながら、このコメントたちと一緒にこの楽曲を視聴することが何より感動的だった当時。その楽曲ですが、昔のトランスはもっと下品なリフがガンガン入って盛り上がるような曲が多かったのですが、この曲はバッキングに徹したシンセリフとループするメロディが美しく、またTB-303っぽいベースサウンドはアシッドハウスに通じるものがあり、単純なトランスではなくこの曲にしかないよさがたくさんあります。これ以降トランスはEDMにほぼそのすべてを吸収され音楽シーン全体を通しても当時いたトランスDJは全員EDMに移行してしまいました。そして多くのDJがEDMのシーンでも成功していきます。それくらいトランスを作る人は打ち込みの技術力が高かったとも言えます。また自分が覚えている限り初音ミクが歌ったものをCD化したのはこの曲が初めてだったような気がします。秋葉原のPCパーツ屋さんか何かで限定販売してるっていうので買いに行ったけど買えなかった記憶。
ika_mo「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」
当時ikaさんがこの曲をJASRACに登録したということでこの動画は史上最大級に炎上しました。というのも、もともとJASRACへのヘイトが高かったというのもありましたし、JASRACに登録するということは金銭が発生する、つまりプロになるということであり、ニコニコ動画自体が実は商業の動画を投稿することはNGという規約があったというのも原因となりました。この超人気曲はその騒動のせいで失速することになります。当時ボカロPが商業ベースに移行する例は、とはいえそんなに多くなく2008年、2009年は多分片手で数えられる程度だったような気がしますが、商業ベースで活動しようとするボカロPは全員この炎上騒動を念頭に置いて活動していました。
かくいう自分もメジャーデビュー、つまり商業ベースになってしまうためまず最初にニコニコ動画本社に挨拶をしに行き、現在投稿している動画が同人ベースだったものが商業ベースになってしまうこと、そして動画を自主削除するべきかの確認をしに行かせていただいた記憶があります。答えはニコニコ動画側としては規約変更をせず黙認するということで、削除まではしなくていいということ。またJASRAC問題に関しては、結果として部分信託という形で商業ベースでなければユーザーが二次創作を無許可でしてもJASRACから何も言われない従来通りの形での楽しみ方ができるやり方も発案され、以降ほとんどの商業ベースでの活動をするボカロPがこのやり方を実施することになります。ただ、この登録の仕方には弊害があって、カラオケなどでどれだけ歌われてもボカロPには1円も入ってこないということ。当時のカラオケではボカロ曲が上位に多くランクインしていたため、これが全信託であればおそらくすごい額のお金が手に入ったことでしょう。
2011年くらいになるともはやそんな騒動があったことすらすっかり忘れられたかのように、ボカロPはJASRACに全信託したりメジャーデビューするのも普通になり、同時にボカロ界に期待されていたCGM文化はほぼ消失することとなり、最新型であったリスナーとボカロPという並列の関係性はアーティストとファンという昔からある音楽業界への形へと収束していくことになります。今となってはむしろJASRACに確認しにいったら登録がなかったので、直接使用許諾取りにきましたって言われる方、多いです。今となってはおそらくJASRACに全信託している方が便利な時代なんだろうなと感じます。そんな自分はでも、今でも思うのです。商業で活動するすべてのボカロPは全員ikaさんに最大限の感謝をしなければならない、と。ikaさんが先陣を切り、あの炎上を1人で負ってくれたおかげで、後に続くボカロPと当時のリスナーは向き合い、そして結果現在ではボカロP達はこの日本の社会の中で大きく活躍できるようになったのです。ikaさんに直接感謝を述べる場が今まで持てずこのような形で大変恐縮ですが、ikaさん、本当にありがとうございます。
ピノキオピー
代表曲「すろぉもぉしょん」
アゴアニキ「ダブルラリアット」
ボカロを好きになるきっかけになった曲です。人間臭い歌詞をボカロに歌わせることの面白さに気付きました。
wowaka「アンノウン・マザーグース」
wowakaさんが真正面から誠実にボーカロイドに向き合って作り出した名曲です。「残されたあなたが~如何して如何して」の歌詞は自分のことを歌ってくれていると勝手に思ってます。
Aibon(完コピP)「励ましの歌」
ボカロカルチャーの懐の深さを象徴するカス曲。マジカルミライで演奏してほしい。