ナタリー PowerPush - 多和田えみ × 村上てつや(ゴスペラーズ)
2人が目指す“ソウル”とは? 魂のコラボ「Lovely Day」の秘密を探る
大事な次の一歩だからこそ“ド直球ソウル”
──多和田さんが「SOUL POWER」に出演すると聞いたとき、確かにすごく腑に落ちるものがあったんですよ。多和田さんって他の同世代のアーティストと比べると、かなり異質な存在だと思うんですね。この音楽が一番届くリスナーが集まっているのはどこだろうと常々思っていたんですけど「SOUL POWERがあった!」と。
村上 「武哲」のステージでもやっぱり評判よかったですからね。女性のお客さんが多い中で、えみちゃんのパフォーマンスと声とその存在感が、同性にもものすごく受け入れられてた。
──それだけに「SOUL POWER」本番直前に多和田さんが入院されたと聞いたときは、非常に残念でした。
多和田 本当にもう悔やんでも悔やみきれないですね……。
村上 なっちゃったことはしょうがないからね。それを糧にするしかない。
──結果的にこのシングル「Lovely Day」も生まれましたし。「Lovely Day」でのコラボは、これまでの話の流れから自然に生まれたもの?
多和田 前回のシングル「涙ノ音」をリリースしたとき、「music.jp」でリスナーの方から“愛のことば”を募って、それをもとにラブソングを作ろうという企画をいただいたんです。それがちょうど退院してすぐぐらいの頃だったんですよ。「SOUL POWER」にも出られなくて、どん底ぐらいに落ち込んでるときで。だけどその企画を聞いて「あ、すごくあったかい、いい企画だな」と。この曲を、できたら村上さんとか「SOUL POWER」でご一緒するはずだった本間将人さんのバンド「JAM company」の皆さんと一緒に作れないかな、ソウルのラブソングを作れないかな、と思って。それで上の偉い人を通じて、村上さんにご相談させていただいたんです……。
村上 別に上の人は偉いわけじゃないんだよ。権限があるだけで(笑)。
多和田 そっか(笑)。
──村上さんとしては、その話を聞いてどう思いましたか?
村上 うれしいのと同時にプレッシャーもあったんですよ。えみちゃんの1stアルバム(「SINGS」2009年11月リリース)がすごく完成度の高い作品だと思ったんですね。「FLOWERS」や「Naturally」のような、ひと口に“ソウル”という言葉で括れないような曲があって、「涙ノ音」もソウルという言葉からいい意味で離れた、すごく完成されたポップスだと思うし。1stアルバムというのは新人にとって絶対的に、最初に持っていた自分のすべてが注ぎ込まれるから、その時点でのベストな作品ができあがるんですよ。ひとつの完成したものを作り上げた次の一歩でしょ? それが直球のソウルでいいのかなっていう。
多和田 でも私としては、ド直球のソウルがよかったんですよ。不思議なことですけど、これまでのすべてのことがソウルに向かっていたような気がするんですよね。なんの括りもないところからスタートしたけど、ただただ夢中で過ごしていく中で、自然とソウルにたどり着いたような。だから今こそ、ガッチリとソウルミュージックに取り組むべきかもしれないなと思って。
村上 確かに最初の1、2年はいろんな球を打ってみたほうがいいよね。まず人の言うことを聞いてみるってのは大事だし。また、えみちゃんは1回聴いたら忘れられない声だから、1stアルバムのアプローチは絶対に合ってると思う。どんな音楽を絡ませても、真ん中にあるえみちゃんの声にブレがないから、ハウスでもロックでもレゲエでも、聴いてる人はとっ散らかってるように聴こえない。「えみはどうやって打ち返してくれんの?」っていうアルバムだったと思うけど、そんな1枚を作った経験を経て、自分で投げたいと思った“直球”はソウルだったってことなんだろうね。
多和田 ああー。私の思いをめっちゃ的確に言葉にしてもらえました(笑)。
2つのびっくりマークがパワーになった
村上 それで一緒に曲を作ることになって、打ち合わせの第一声が「曲をほとんど語りにしたいんですけど」だったから「何を言ってるんだこの子は!?」と(笑)。参考曲といってマリーナ・ショウの「Go Away Little Boy」を渡されたんですけど、この曲、最初の3分くらいずっとマリーナ・ショウが喋ってんの。「どこを参考にしてって言ってんのかな」と思ったら、この喋ってるところだった。
多和田 「Go Away Little Boy」はたしか、3連のリズムなんですけど、マリーナ・ショウはボーカルのメロディごとアレンジしちゃってて、ほとんどポエトリーみたいな感じで歌ってるんです。カッコいいんですよこれが本当に!
村上 それってソウルのレコードの中ではあることなんだけれども、それをJ-POPでやろうっていう人はなかなかいないから、この気持ちには応えなきゃいけないと。ソウルのカッコいいレコードを聴いて「イェー、こんなのやりたいね」っていうのは簡単なんですよ。ところがそれを日本語の音楽に落とし込むのはものすごく難しいことで。まあ、とんでもないこと言うのも才能なんで(笑)、こっちもいろいろ考えたんですよ。昔アイドルが出してた、語りが入ってる曲なんかを聴き直したりね(笑)。「こうなるんだよ!? 日本語だと」「それでもやる?」みたいな。
多和田 でも村上さんに教わって聴いた加藤登紀子さんの語りの曲は、すごくカッコよかったですねー。
村上 そう。カッコいいんだよ、あれ。
多和田 でも大胆なことをやるのには時期って大事だなと思って、最終的にちょっと弱気になりました(笑)。まずアカペラで曲を作ってみたんですが、基本的にはちゃんとメロディがあって、どこかに語りを入れるようにしようと考えました。それで間奏に入れさせてもらったんですけど、実際にレコーディングしてみたら全然自信なくなっちゃって(笑)。
村上 今回アレンジを頼んだ本間将人くんは、耳の部分と気持ちの部分を両方汲み取るのがうまいんだよね。だからこう、俺があれこれ手を加える前に、まず本間くんに丸投げしてしまおうと。「えみちゃんの歌ってるメロディでピアノ弾いてくれ」というそれだけの乱暴な投げかけで。しかも彼はツアー回ってる最中だったんだけど、旅先に音源を送って。それでも彼は1~2時間で「こうなりましたー!」って作ってきてくれたんですよ。それでえみちゃんに聴かせたら、彼女が考えてた小節と違ってた(笑)。俺と本間くんはこうだと思ってたんだけど、えみちゃんからすれば全然違ってたらしくて。
多和田 私がサビの前に微妙な2小節ぐらいのタメを付けてたんですけど、それ、よく考えたら自分でも絶対わからないぐらいの間で(笑)。
村上 あーだこーだ言いながら1日で曲のベースを作ったんですけど、そのときの反応はさすがシンガーというか。こっちから提案すると、それを歌いながら自分の中に取り込んでこうとする姿勢が本当にポジティブ。作業を進めるにつれ、最初に感じた「すごくいいものができそう」という予感が確信に変わりましたね。最初の打ち合わせで「喋りたい!」って言った衝撃と、メロディができあがったと思ったら小節がずれてたという衝撃(笑)。2つのびっくりマークがパワーになったってことですよ。
多和田 ケミストリー起きましたもんね、本当に。
多和田えみ(たわたえみ)
1984年生まれ、沖縄出身の女性シンガー。高校卒業後、カナダへの語学留学中に出会ったストリート・ジャズ・バンドで歌ったことをきっかけに、本格的に音楽を志す。帰国後に作詞作曲を開始し、2006年2月から沖縄県内のホテルやライブハウスを中心に積極的なライブ活動を展開。翌2007年にMSN/EMI ARTIST主催のオーディション決勝大会で、NYLON賞を受賞する。同年5月に沖縄限定シングル「ネガイノソラ」がリリースされ、好セールスを記録。その後もアントニオ・カルロス・ジョビンのトリビュートアルバム「ジョビニアーナ~愛と微笑みと花~」や、沖縄出身アーティストによるコンピ盤「琉球LOVERS ROCK」などに参加し、注目を集める。そして2008年4月、ミニアルバム「∞infinity∞」で待望のメジャーデビュー。ブルースやソウル、ジャズ、ファンクなどブラックミュージックから強く影響を受けたサウンドと、ときに激しく、ときに優しく聴き手に訴えかけるソウルフルな歌声が高く評価されている。