ナタリー PowerPush - 七尾旅人 vs やけのはら
話題の2人が互いに質問! 相互インタビューで2枚の名盤を解析
もうCDは主戦場じゃなくなった
やけのはら ここ数年、ライブいっぱいやってるじゃん。それが作風に影響してる部分もあるんじゃないかなって。
旅人 ラップトップ使ってたころは月に何本もできなかったんだけど、弾き語りになってからかなりの本数のライブができるようになったからね。確かに、日本中うろうろ回って身軽にライブするようになって、それで得たものはアルバムにすごく反映されてると思う。
やけのはら 聴いてくれる人との距離感が変わったと思う。ライブをいっぱいやってるとさ、ウケなきゃ自分も楽しくないし、やっぱりお客さんには楽しんでもらおうってなるじゃん? お客さんが喜んでくれるような曲をやろうとか。そういう経験のフィードバックを感じたな、なんとなく。
旅人 うんうん、そうだね。お客さんを楽しませたいって気持ちは昔から一貫してあるんだけど、ライブの現場が中心になってるってのは確か。ライブで再現できることだけをやってるって意味で、前の作品とは全然違う。「911」は再現性とか一切考えてなかったから。あの作品ではレコードっていうメディアで何ができるのかってことを、レコードが衰退していく時代だからこそ意地になってやってみたかった。でも、今回はちょっと意識が変わってきてるよね。パッケージであることにはこだわったけど、ジャケも見てのとおりのデザインで。今の状況を良い部分も悪い部分も含めて肯定してる。
やけのはら そういう感じはすごくするし、そこがいいなって思った。
旅人 それができたのは、やっぱり3枚組作ったからだと思うけどね。あれのネガポジ反転みたいなもんなの。よく「どんどん季節は流れて」を聴いたライターさんから「変わりましたね!」って言われるんだけど、そういうわけじゃないんだよね。さっきも言ったように「911」の完成直後に息抜きで作った曲だし。
やけのはら まとめ方の問題かもね。「911」にはこういう曲があっても入れられなかったからね。
旅人 入れられないし、こういう曲をやるのは甘えだと思ってたから。でも今は、仲間とか家族に甘えられる部分もあるのよ。それって人生の恵みだと思う。いろんな人に支えられて作ったこの作品には、人生の恵みが横溢していて、だから自分だけで作ったとは思わないし、そこも「911」とは大きな差だね。だから、今回の作品については褒められてもけなされても割と他人事っていうか。
やけのはら ああ。
旅人 レコードだけで物を言おうっていう意識がかなり減退しちゃってるしね。「911FANTASIA」を作り始めた20代前半には、CDが主戦場だという意識が強かったのよ。盤で何かすごいこと引き起こしてやろうと思ってたんだけど、でも今の主戦場はライブだなって。今でも当然、盤は大事だし命賭けてるけど、即興セッションの「百人組手」だから伝えられることもある。あとは「DIY STARS」みたいなWEBサービスのアイデアだったりとか。あれで世界中のいろんな歌に新しい回路が開けたらなって思ってる。
やけのはら なるほどね。
旅人 この年齢に達して今の立場になったからこそ、みんなの創作を誘発するような構造や仕掛けを作ることにも着手できた。「911FANTASIA」でやっていたことで今に一番引き継がれているのは「DIY STARS」の仕事なんだよね。「911FANTASIA」で、おじいちゃんが孫に「おまえもみんな、誰もが歌なんだよ」「だからおまえも歌ってごらん」って語りかけるシーンがあるんだけど、その感覚は「DIY STARS」に完全に受け継がれてるね。
やけのはら そういうのは旅人くんの中に一環としたテーマとしてあるもんね。「およそこの宇宙に存在する万物全てが【うた】であることの最初の証明」とかね。
旅人 たぶん歳取って死ぬまでそういうことを歌い続けると思う。今回のアルバムは「billion voices」ってタイトルだけど、世界に68億人いるとして、その全員に内在してる歌に僕は興味があるの。その歌を凝視して、そこからインスパイアされて自分の音楽を提示してくってことを一生続けると思う。で、「911FANTASIA」までは提示する方法としてレコードってメディアが一番重要だったの。今は盤だけじゃなくいろんな手段が増えてる。
やけのはら 「billion voices」ってタイトルさ、俺の印象だと10億人が一斉に歌ってるんじゃなくて、「billion one voices」っていうか、10億人一人ひとりの歌、みたいなイメージだったのよ。根底にそういうテーマを感じたな。
旅人 そうそう。まさにそれだよ。アルバムの後半で歌詞が一人称になるじゃん。日々、何十億もの声や1つの声を想像してくうちに、やっと自分はシンガーソングライターになれてるんだなって思う。俺はシンガーソングライターって言葉に異常に愛憎を持ってるんだけど、それはシンガーソングライターにコンプレックスがあるからかも。俺はいわゆるシンガーソングライターの人たちみたいに一人称で歌えないってのがあるから。どうしても3枚組の劇みたいなアルバムになっちゃうのね。でも、曲を作り続けていくうちにやっと書けるようになってきて。これもやっぱり30歳になったってことと、周りにすごく恵まれてるってのが大きいと思うけど。
ポップカルチャーは弱ってるどころか、世界を変える力を身につけ始めてる
やけのはら 「billion voices」のジャケットって真ん中が切り抜かれてて、いろんなデザインのカードに差し替えられるようになってるでしょ。そのうちの1枚が鏡なんだよね。俺はこれに「and you」っていうメッセージを感じとって。
旅人 そうそう。買った人の顔が映るっていうね。まさにそういうメッセージです。
やけのはら 感動したというか、グッときましたね。
旅人 最近の活動を通して俺が何を言いたいかっつうと、実は今、明るい時代なんじゃないかと。パッケージが衰退し続けてるから、まるで音楽業界の将来は暗いみたいに見えるけど、ポップカルチャーが新しい段階に移行しつつあるということだと思う。今は「billion voices」、つまり何億もの声が俎上に上がりやすくなってる。これまで聴こえ辛かった声が顕在化する可能性をはらんだ今の時代を、どうやって肯定して新しいポップカルチャーを作り出してくか、これからの10年でどんな動きができるかがすごい大事だと思ってる。俺たちはむちゃくちゃ過渡期の世代だから。
やけのはら うん、それはそうだよね。
旅人 ポップカルチャーは弱ってるどころか、初めて世界を変える力を本格的に身につけ始めてると俺は思ってて。ものすごい状況に立ち会ってるって意識があるのね。夢やわくわくや驚きみたいなものをもう一度取り戻せる気がする。ジャケットのカードに鏡を入れたのもそのひとつの表れ。ジャケットを見た人に「おまえもだ!」っていうね。おまえこそポップスターなんだよって。
やけのはら 「one voice(もしもわたしが声を出せたら)」もそういう曲だよね。「もしもわたしが声を出せたら」「でもできるの? わたしにそんなこと」ってね。
CD収録曲
- MIDNIGHT TUBE
- I Wanna Be A Rock Star
- one voice(もしもわたしが声を出せたら)
- 検索少年
- シャッター商店街のマイルスデイビス
- BAD BAD SWING!
- なんだかいい予感がするよ
- あたりは真っ暗闇
- beyond the seasons
- どんどん季節は流れて
- Rollin' Rollin'
- 1979、東京
- おめでとう
- 私の赤ちゃん
CD収録曲
- Summer Never Ends
- ロックとロール
- SUPA RECYCLE
- 自己嫌悪
- ECHO FROM PARTY
- NIGHT&NIGHT&YOU
- DING DONG DANG
- DAY DREAMING
- ECHO FROM RECORD
- Rollin' Rollin' (アーバンソウル)
- I REMEMBER SUMMER DAYS
- BYE BYE BYE
- ECHO FROM SUMMER
- GOOD MORNING BABY
七尾旅人(ななおたびと)
1979年生まれのシンガーソングライター。1998年のデビュー以来、ファンタジックでメッセージ性の強い歌詞とオリジナリティあふれるメロディで幅広い音楽ファンを魅了している。2007年9月11日には3枚組のミュージカルアルバム「911FANTASIA」をリリース。ライブ活動も精力的に行っており、ライフワークと銘打った弾き語り独演会「歌の事故」や、全共演者との即興対決を行う「百人組手」といった自主企画を不定期に開催。各地のフェスやイベント、Ustream中継などで伝説的なステージを生み出し続ける。2010年からはダウンロード販売システムDIY STARSを提案し、自らの新曲を直販。2010年7月「billion voices」をリリースした。
やけのはら
DJ、ラッパー、トラックメイカーなど多岐に渡った活動で、アンダーグラウンドシーンではその名前を見ないことがないほど数多くのイベントに出演。DJとしては年間100本以上の多種多様なパーティでフロアを沸かせ、多数のミックスCDを発表している。またラッパーとしては、アルファベッツのメンバーとして2003年にアルバム「なれのはてな」を発表したのをはじめ、STRUGGLE FOR PRIDEやBUSHMINDなどの作品に参加し、曽我部恵一主宰レーベルROSE RECORDSのコンピレーションにも個人名義のラップ曲を提供。マンガ「ピューと吹く!ジャガー」ドラマCDの音楽制作、テレビ番組の楽曲制作、イルリメ、環ROY、Aira Mitsukiなどのリミックス、多数のダンスミュージックコンピへの曲提供など、トラックメイカーとしての活動も活発に行なっている。ハードコアパンクとディスコを合体させたバンドyounGSoundsではサンプラー&ボーカル担当。2009年には七尾旅人×やけのはら名義でリリースした「Rollin' Rollin'」が音楽通の間で大きな話題になり、2010年に初のラップアルバム「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」をリリースする。