ナタリー Super Power Push - 山下達郎
6年ぶりオリジナルアルバム「Ray Of Hope」堂々完成
オートチューンで“ケロらず”がすごい
──“達郎節”は今後も変わらないんでしょうか?
いやー、ProToolsを駆使するようになったでしょ。で、明らかに打ち込みに聞こえるものとそうじゃないものとに分かれ始めてるんですね。バンドサウンドを単にProToolsに突っ込んだっていうんじゃなく、何曲かもうはっきりと打ち込みだっていうのがある。
──バリエーションは多彩ですよね。サウスロック調の曲も入ってますし。
「俺の空」ですね。この曲はまあ、さっきちょっと出た、軽い「ジョン・レノン病」みたいなものだと言えなくないと思いますが、そんなことより、腰抜かしたのは、ProToolsを手に入れた山下達郎の新趣向ってことだと思うんですが、ボーカルにオートチューンがかかってますよね。
──ええ。なのに……。
なのに“ケロらず”、という(笑)。元歌のピッチが余りに合いすぎてて、ケロってないんだよね。(注:オートチューンはPerfumeなどが使用していることでも知られるボーカルエフェクターで、元来は音程補正ソフト。ずれた音程を補正処理する際にデジタル的な“ケロケロボイス”に変化する)
──あれはちょっと衝撃的でしたね。
まあ、この“ケロらず問題”とさっきの“3拍子4拍子問題”は、音楽批評でもあまり指摘されないんじゃないかと思うので強調しますが、「ケロらず」はけっこうヤバいよ。オートチューンの歴史に新しい1ページを刻んだかもしれない(笑)。この曲の詞のテーマである都市開発という社会問題の告発とか、まあ1曲ぐらい重いの入れとこうかといったポップマニアックな側面なんか、ギンガの彼方に吹き飛ばす衝撃です。
「Ray Of Hope」は90年代を経由した“今”の音楽
──よく考えるとケンタッキーの曲もミスタードーナツの曲も作ってるっていうのはすごいですよね。
いや、ほんとにすごい。街中どこに行ってもかかってる。ハリウッドに似ています。もしその文化によって周りを全部埋め尽くされたとしても、それはファシズムなんだけどさ、全然息苦しくならないっていう(笑)。達郎が全部埋め尽くすならいいよ、ということです。
──どの時代にも寄り添う音楽ということですかね。
時代ってことで言えば、今回は先ほどの「加齢」と共に“先に進んだ”感じがあります。今までは達郎の音楽は90年代であろうと00年代であろうと「日本に80年代って時代があったんだ」っていうことを伝え続けていたと思います。どんなに風化しようと、忘れかけられようと「日本には80年代があった」という。けど、これ(「Ray Of Hope」)もうあんまり80年代に聴こえないんですよね。90年代と00年代を経由した今の山下達郎なんですよ。だから80年代という終の棲家だと思ってたところからとうとう、ちょっと出たっていう。
──音楽的なスタイルはそのままで、ちゃんと進化しているという。
だから雑に聴いたら「これ80年代でしょ」っていう人もいるかもしれない。そこはね、とんねるずと似てるんだよね。日本に80年代っていう時代があったってことの継続。このアルバムはもうそこには戻れない。基本的な部分はもちろん変わってないんだけど、やっぱサウンドはProToolsになったことで変化してるし。それによってもう80年代の曲に聴こえないっていう。それは本当にすごいことですよ。逆に、この音が今の若い人にどう聞こえるのかはすごく興味があります。
──どう聞こえるんですかね。
いやー、全くわかりませんね。
──ご本人は「自分の音楽は同世代に向けて作っていて、若いリスナーのことは考えてない」というようなことをおっしゃってますけど。
ご本人は、リスナーとともに方舟に乗っていくことを選んでますよね。そこの意識もミュージシャンによっていろいろ違う。いつまでも若い人に聴いてもらいたいと思う人と、一緒に歳をとっていきましょうっていう発想になる人がいて。細野晴臣はきっといつだって10代にエッジィだと思われたいだろうし、桑田佳祐は上下広がって、3世代がサザンを聴きにくるまでになってる。で、山下達郎は多分みんなで一緒に老けてくつもりじゃないかと思います。
──達郎さんのファンは強固ですもんね。一生ついていくぞ、という姿勢の。
そこも独特です。こないだも横浜行って仕事をして、帰りにバーに連れていかれたの。入るとダニー・ハサウェイなんかかかってるんだけど、ちょっと達郎の話をしたら、もう達郎ばっかりになっちゃって。
──あはは(笑)。
何年の葉山マリーナ聴いたことあるか、あれはどうだ、とかってどんどん出てくるわけ。そんでそこ出て次の店行ったら、そこもバーテンが達郎狂でさ、「あの店から来たのか。じゃあ次はどこ行け」って、バー4軒ハシゴしたら4軒ともバーテンが達郎を神と崇める人たちなのよ。もちろんこれはひとつの例だけど、そういう、山下達郎のすごさっていうのは、いろんな場面で非常に強く感じますね。神なんですよ。神は時間を止めて、民に永遠の青春、若さを与える能力を持ちます。その神が、一歩ずつではあるけど、老いを自覚して踏み出したわけです。やってる人はとっくにやってる。谷村新司なんて、若い頃から老人性のエロがやりたくて、今とうとう実現してノリノリ、ということでしょう。しかし山下達郎がジーンズとギターとネルシャツのまま、ProTools経由で踏み出す、ということには非常に興味があります。もしこれが震災の影響のひとつだとしたら、震災はポップカルチャーにビビッドな影響を与えた、そのひとつと言えると思います。
菊地成孔
1963年千葉県出身。ジャズミュージシャンとしてそのキャリアをスタートし、現在は文筆家、作詞家、作曲家、音楽講師など多彩な活動を行う。1984年にTHE FIFTH DIMENSIONのバックバンドでサックス奏者としてプロデビュー。その後、山下洋輔グループやティポグラフィカ、グラウンドゼロなどに参加する。2004年からは東京大学、東京芸術大学、慶應義塾大学などで教鞭を執り、主にジャズに関する講義を担当。数々のバンドへの参加を経て、現在は菊地成孔ダブ・セクステット、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDENの3バンドのリーダーを務める。2010年に10年分の全仕事をUSBメモリに収録した音楽家としての全集「闘争のエチカ」を発表。2011年4月からはTBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」のパーソナリティを担当している。
http://www.kikuchinaruyoshi.net/
CD収録曲
- 希望という名の光 (Prelude)
- NEVER GROW OLD
- 希望という名の光
- 街物語 (NEW REMIX)
- プロポーズ
- 僕らの夏の夢
- 俺の空
- ずっと一緒さ
- HAPPY GATHERING DAY
- いのちの最後のひとしずく
- MY MORNING PRAYER
- 愛してるって言えなくたって (NEW REMIX)
- バラ色の人生~ラヴィアンローズ
- 希望という名の光 (Postlude)
初回限定盤付属ライブディスク「JOY 1.5」収録曲
- 素敵な午後は(1985/2/24 神奈川県民ホール)
- THE THEME FROM BIG WAVE(1985/2/24 神奈川県民ホール)
- ONLY WITH YOU(1986/10/9 郡山市民文化センター)
- 二人の夏(1994/5/2 中野サンプラザ)
- こぬか雨(1994/5/2 中野サンプラザ)
- 砂の女(1994/5/2 中野サンプラザ)
- アトムの子(1992/3/15 中野サンプラザ)
山下達郎(やましたたつろう)
1953年東京出身の男性シンガーソングライター。1975年にシュガー・ベイブの中心人物として、シングル「DOWN TOWN」とアルバム「SONGS」にてデビュー。翌1976年のバンド解散を経て、アルバム「CIRCUS TOWN」でソロデビューを果たす。1980年に発表したアルバム「RIDE ON TIME」が大ヒットを記録し、以後日本を代表するアーティストとして数々の名作を発表。1982年には竹内まりやと結婚し、彼女のアルバムをプロデュースするほか、KinKi Kids「硝子の少年」など他アーティストへの楽曲提供なども数多く手がけている。また、代表曲「クリスマス・イブ」は1987年から四半世紀にわたってオリコンウィークリーチャート100位以内を記録。2011年8月10日に6年ぶり通算13枚目のオリジナルフルアルバム「Ray Of Hope」をリリース。
2011年8月10日更新