ナタリー Super Power Push - 山下達郎
6年ぶりオリジナルアルバム「Ray Of Hope」堂々完成
自分にないものがすべてあるのがすごい(やけのはら)
──やけのはらさんは、ご自身の作品に達郎さんからの何かしらの影響ってありますか?
やけのはら ないですねえ(笑)。僕はパソコンを使ったりシンセを使ったり、要するに90年代以降の作り方から始まった世代なので、達郎さんの音楽は好きでも、達郎さんや達郎さん世代のプロミュージシャンがやっていたことが全部できないというか、まったく立ち位置が違って。世代的にそうせざるを得なかったというか、そもそも敵わないんですよね。ライブを観てても、個々のミュージシャンのプレイであるとか、3時間ずっと安定している達郎さんの声とか、ステージでの見せ方とか、構成のうまさとか、自分にないものがすべてあるのですごいなって思うし……。だから郷太さんや土岐さんにくらべると、僕はすごく達郎さんから遠い存在なんですよね。
郷太 でもいいと思います。ヒップホップやDJの人で、達郎さんリスペクトというか、フォローしているアーティストってすごく多いと思うんですよ。ある意味、僕らより純粋な見方をしてるかもしれないし。
やけのはら だから、普通にファンとしてめちゃくちゃ達郎さんに憧れるんですよね。憧れっていうか遠い分無邪気だと思うんですけど。それでもまあ、達郎さんのミュージシャンとしての芯の通し方みたいなところは、影響されてるというとヘンですけど、そういうところはすごいなあって思いますね。テレビに出ないとか自伝を出さないとか、それが良いとか悪いとかじゃなくて、すごくファンを大事にして、これだけ長きにわたって筋の通った活動をしているところはすごく勉強になりますよね。ところで土岐さんが一番初めに観たライブっていつですか?
土岐 いつだったかは定かじゃないんですけど、野外で観たライブが子供心にすごく残ってて。女性のコーラスがいて、たぶん吉田美奈子さんだったと思うんですけど、そのときに演奏した「ピンク・シャドウ」が特に印象に残ってるんです。子供って感受性が豊かだから、音を色みたいに感じてというか、ホントにショッキングピンクみたいな色が演奏の凄味みたいなものと一緒に出ていて、野外の開放感ともすごくマッチしてたんですよね。
やけのはら いやあ、無邪気なファンの僕としてはうらやましい話です(笑)。
震災前の楽曲も、今聴かれるべき歌に聞こえる(西寺郷太)
──さて、新しいアルバム「Ray Of Hope」についても、皆さんからの感想を伺いたいのですが。
土岐 今回はすごくメッセージがありますよね。
郷太 震災のあとに書いた曲や作り直した曲も数曲あるみたいですけど、基本的にはそれまでに貯まっていた曲じゃないですか。でもやっぱり、このタイミングでこういう形のものが出るっていうのは、それもすごく運命というか。あと、演奏も基本的にすごくシンプルだし、言っちゃえばベースだってギターだってどんな人でも呼んでこれるはずなんだけど、かなりメンバーを削ぎ落として、ほとんど自分だけって曲も多いですよね。達郎さんは以前、日本人はいっぺんにいろんな音を聴き取る能力が劣ってるんだっていうようなことをどこかでおっしゃってたので、長年やってきた中で、主メロと言葉とそれを司るシンプルなトラックっていうところを極めたいと思ってたんだろうし、これこそが今必要とされている音楽なんじゃないかなってすごく思いますね。作詞家って震災以降、歌詞の書き方には非常に神経を使うんですよ。そういう中で、達郎さんみたいな人がこういうメッセージソングを書き、それも震災が起こる前に8割方できていて、だけど今聴かれるべき歌に聞こえるという、達郎さんがここでメルクマールというか、指標を出してくれたおかげで、世の作詞家やソングライターは、達郎さんがこうするんだったら自分はこうしようとか思うんじゃないかと。そういう意味で歌詞はすごく書きやすくなったなとは思いましたね。
土岐 メッセージよりも一瞬の高揚感みたいなものを伝えてくれる歌詞っていうのが子供心に響いたし、ずっとそういうものこそが私の思い描く達郎さんの音楽だって思ってたんですけど、今回のアルバムはまた違いますよね。すごくメッセージ性が強くって、こういう曲も今まであるにはあったんですけど、今回はほとんどがそういう曲で。あとは、達郎さんといえば良いミュージシャンで良いグルーヴでっていうのがひとつの魅力でもあり、簡単に真似できない壁ではあったんだけど、今回はほとんどご自身でやられてるし、何よりも、メッセージを伝えたいんだなっていうのがはっきり伝わってきたので、これは"意志"のアルバムなんだなって思いましたね。
郷太 「人を喜ばせるとか励ますとか癒すっていう気持ちが今この歳になって強くなってきた」っていうことを達郎さんが語られていて、僕が思ったのもそのことというか、人のためというか日本人のためになる音楽を意図的に作ってるんだってことが伝わるアルバムなんですよね。マイケル・ジャクソンも「アイルランドの農夫でもわかるような音楽を作りたい」っていう、同じような考えを持ってましたから。それで「もっとシンプルに」ってことを周りのミュージシャンに言ってたそうなんですよね。達郎さんのこのアルバムにはそんなびっくりするぐらいのシンプルさをすごく感じます。
やけのはら まずは、すごく良いアルバムだと思います。郷太さんもおっしゃられてたように、シンプルな大人のポップスアルバム。そこは筋が通ってると思うんですけど、やはりグッドタイムを描くというか。例えばご自身が影響を受けた60年代のアメリカンポップスであるとか、あの感じのきらびやかみたいなものをずっと達郎さんは表現し続けてきたと思うんですけど、そういう感じのまま60代に近づいた達郎さんが作り上げた、スケールの大きな大人のポップスというか、シンプルでいて経験や技巧や旨味が詰まってるという。僕から見たら無邪気にファンとして「いいな」って思うぐらいで、ミュージシャンとしては僕から遠い世界な感じですね。ほんと今日の座談会は、僕だけファン目線というか、無邪気ですいません(笑)。
郷太 いやいや、達郎さんはそういうファン目線の感想、すごく喜ぶと思うよ(笑)。まあ、いろいろ話してて思ったんですけど、今回のアルバムは、ティーンエイジャーや20代の人でも「最高!」って言う人はいると思うんですけど、明らかにこれは同世代の仲間というか、自分と一緒に育ってきた世代に向けて作った音楽なんじゃないかなって。ある種、ファンへの感謝状じゃないですけど、ずっと応援してくれた人たちに一番初めに歌ってあげたかった、っていうのがテーマなのかなって。そういう音楽って日本には少ないし、ずっと達郎さんを聴いて青春時代を送って、大人になって子供ができて……っていう人たちにメッセージを送っているのかなって気がすごくするんです。
土岐麻子
1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」を発表する。透明感のあるボーカルには熱心なファンが多く、2010年5月には豪華アーティストを作家陣に迎えたオリジナルアルバム「乱反射ガール」を、2011年1月にはEPO書き下ろしのシングル「Gift ~あなたはマドンナ~」をリリースしている。最新作はCMソングとカバー曲を集めたアルバム「TOKI ASAKO "LIGHT!" ~CM & COVER SONGS~」。
西寺郷太
1973年東京生まれ。1996年からNONA REEVESのボーカリスト兼メインコンポーザーとして活躍し、多くの作品を発表するほか、他のアーティストへの楽曲提供やプロデュースも行う。日本屈指のマイケル・ジャクソン研究家としても知られ、2009年に著書「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」を上梓。その他マイケル関連作品のライナーノーツも数多く手がけている。NONA REEVESは今年で結成15周年を迎え、ベストアルバム「WARNER MUSIC YEARS / THE BEST OF NONA REEVES 1997-2001」とカバーアルバム「CHOICE」をリリースしている。
やけのはら
DJ、ラッパー、トラックメーカーなど多岐にわたる活動で注目を集めるアーティスト。DJとしては年間100本以上のパーティでフロアを沸かせ、多数のミックスCDを発表。ハードコアパンクとディスコを合体させたバンドyounGSoundsではサンプラー&ボーカル担当。2009年に七尾旅人×やけのはら名義でリリースした「Rollin' Rollin'」が話題を呼ぶ。2010年に初のラップアルバム「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」をリリースしている。
CD収録曲
- 希望という名の光 (Prelude)
- NEVER GROW OLD
- 希望という名の光
- 街物語 (NEW REMIX)
- プロポーズ
- 僕らの夏の夢
- 俺の空
- ずっと一緒さ
- HAPPY GATHERING DAY
- いのちの最後のひとしずく
- MY MORNING PRAYER
- 愛してるって言えなくたって (NEW REMIX)
- バラ色の人生~ラヴィアンローズ
- 希望という名の光 (Postlude)
初回限定盤付属ライブディスク「JOY 1.5」収録曲
- 素敵な午後は(1985/2/24 神奈川県民ホール)
- THE THEME FROM BIG WAVE(1985/2/24 神奈川県民ホール)
- ONLY WITH YOU(1986/10/9 郡山市民文化センター)
- 二人の夏(1994/5/2 中野サンプラザ)
- こぬか雨(1994/5/2 中野サンプラザ)
- 砂の女(1994/5/2 中野サンプラザ)
- アトムの子(1992/3/15 中野サンプラザ)
山下達郎(やましたたつろう)
1953年東京出身の男性シンガーソングライター。1975年にシュガー・ベイブの中心人物として、シングル「DOWN TOWN」とアルバム「SONGS」にてデビュー。翌1976年のバンド解散を経て、アルバム「CIRCUS TOWN」でソロデビューを果たす。1980年に発表したアルバム「RIDE ON TIME」が大ヒットを記録し、以後日本を代表するアーティストとして数々の名作を発表。1982年には竹内まりやと結婚し、彼女のアルバムをプロデュースするほか、KinKi Kids「硝子の少年」など他アーティストへの楽曲提供なども数多く手がけている。また、代表曲「クリスマス・イブ」は1987年から四半世紀にわたってオリコンウィークリーチャート100位以内を記録。2011年8月10日に6年ぶり通算13枚目のオリジナルフルアルバム「Ray Of Hope」をリリース。
2011年8月10日更新