Tani Yuukiインタビュー|ロックバラード「最後の魔法」で表現する“思い出せない切なさ”

Tani Yuukiが新曲「最後の魔法」を配信リリースした。

「W/X/Y」や「Myra」など実体験をもとにしたラブソングのヒット曲を多く持つTani Yuuki。「最後の魔法」は「思い出せないんだ」というサビのフレーズが印象的な失恋ソングで、彼の真骨頂を示すような1曲だ。

音楽ナタリーでは、11月から12月にかけてキャリア初のホールツアー「Tani Yuuki Hall Tour 2023 "kotodama"」の開催も控えるTaniにインタビュー。新曲やツアーに向けての話だけでなく、アーティストとしての現状も含めて赤裸々に語ってもらった。

取材・文 / 柴那典撮影 / 佐々木康太

この半年でようやくスタートが切れた

──まずは今年の活動についての話から聞かせてください。今年3月にアルバム「多面態」をリリースして以降、4月から6月にかけてはライブツアー「Tani Yuuki Zepp Tour 2023 “多面態”」があり、夏にはフェスやイベントへの出演もあり、ステージに立つ機会が多かった半年だったと思います。振り返ってどういう感触がありますか?

お客さんとのライブの作り方みたいなものを、すごく意識することができたと思います。お客さんが声を出せるようになって、本来の夏フェスの雰囲気を感じながらステージに立ったのは初めてで。もともと自分のワンマンライブはお客さんが声出しできない状況から始まって、初めてフェスに出たときも声が出せなくて。だからようやくちゃんとしたスタートが切れたような気がしているし、フェスにもちょっとずつ慣れてきた感じはあります。

Tani Yuuki

──ツアーを拝見して、去年までのライブと違ってお客さんと一緒に会場の熱気を作っていくようなパフォーマンスが増えていると感じました。そのことによってライブのムードもすごく変わったように思います。

そうですね。特にワンマンツアー後にリリースした「械物」は、夏フェスで初めて披露したんですけれど、ああいう四つ打ちの楽曲にはこういう盛り上がりがあるんだとか、フェスを通して知ることも多かったですね。

──サマソニ(「SUMMER SONIC 2023」)でのライブも観ましたが、初見の人と思われるお客さんの心をつかんでいるように感じられました。

サマソニは去年出演させていただいたときがオープニングアクトで、2年目でメインアクトとして出演させてもらえました。出演は2回ですけど、自分の中にちょっとした歴史もあって。最初に出たときに「いつかマリンスタジアムでやります」って啖呵切ったのを2年目でもう1回言ったり、初めて出演したときよりさらに熱量をアップしたパフォーマンスができたり……そういう熱意がお客さんにも届いてくれていたらうれしいです。

思い出すことって魔法っぽい

──新曲の「最後の魔法」について聞かせてください。曲作りのとっかかりはどんな感じだったんでしょうか?

最近、今までの楽曲を聴き直したり、昔のことを思い出したりすることがあって。僕の楽曲には自分の経験から再構築して作っていったものがあるんですけど、そういう出来事を思い出したときの精度、ディティールの細かさが前ほど鮮明じゃなくなってきたんです。輪郭がぼやけているような感じがした。ちゃんと時間が経ってるんだなとも思ったし、はっきり思い出せないことに対して切なさを覚えた。そういう気持ちをそのまま曲にしようと思ったんです。それで、サビの「思い出せないんだ」というフレーズが出てきた。そんなとっかかりでしたね。

──この曲は失恋の記憶が描かれていますよね。これまでもTaniさんは何度も失恋をモチーフにした楽曲を作ってきたと思うんですけど、今までの曲に比べてより時間が経ったタイミングからそれを振り返ったのが制作のきっかけになった。

曲の内容を時系列で並べたときに、「Night Butterfly」「W/X/Y」「おかえり」「Myra」「非lie心」「Unreachable love song」「油性マジック」はつながっているんですけれど、僕の中で「最後の魔法」は「油性マジック」のあとくらいの位置付けなんです。「油性マジック」でさんざん「消せない」と言っていたけれど、それがだんだん薄れているというか。

──「思い出せないんだ」というフレーズが最初にあったということですが、そこから「最後の魔法」を完成させるまで、どのように発想を膨らませていったのでしょうか?

タイトルの「最後の魔法」というのは、最初は決まってなくて。昔の記憶って曖昧だったり、自分で美化しちゃっていたり、すごくあやふやなものじゃないですか。だから、思い出すということ自体が魔法っぽいというか、そんなふうに感じたんです。あとは、例えば相手から告げられた最後の別れの言葉とか、何気ない会話の中で出てきた言葉が、ずっと呪いのように刻まれるのも魔法みたいだなと思って。それは逆もしかりで、自分が何気なく放った言葉が相手には呪いみたいに残っているかもしれない。さんざんネガティブなことは言いつつも、最後は前を向きたい、言葉の呪いみたいなものを断ち切りたいという方向にしたかったので、タイトルに「魔法」という言葉を使ったんです。2番のAメロでも「魔法みたいだったね 呪文は忘れたけど」という歌詞を書きましたし。

──この曲の歌詞に出てくる「魔法」って、ネガティブな呪いに近いものというよりは、幸せなイメージもありますよね。両面性を持つ言葉として使われている。

そうですね。“魔法”によって不思議と力が湧いてきて、なんでもできそうな気がして。でも、時間が経つにつれて、逆に自分を縛りつける呪いのようなものに変化する。「魔法」とひと口に言っても、違う面を表現しました。

──例えば「Myra」や「油性マジック」のような以前発表した曲と比べて、ご自身の記憶を曲に昇華するときのアプローチに変化は出てきましたか?

曲への昇華の仕方とか、根本的なところはたぶん変わってなくて。Bメロにもあるような女々しいところとか、「思い出せないんだ」と言ってるのにけっこう歌詞は具体的なところとかは、変わらない部分だなと思います。

──「髪型や輪郭や抱き合った時の高低差」とか「口癖や選び方 繋いだ手を握る強さ」のように、Bメロの歌詞にはかなりディティールの細かい表現がありますね。

1番のBメロは具体的でフィジカルな表現なんですけど、2番のBメロに関してはけっこう感覚的なんですよ。相手の口癖がうつっちゃったりとか、相手が物を選ぶときの感覚だったりとか、つないだ手を握るときの力加減というか。そこの表現は差別化していますね。

Tani Yuuki
Tani Yuuki

色で例えるなら青や灰色

──アレンジや曲調、そのサウンドに関してはどうでしょうか? バンドサウンドでのロックバラードというスタイルにはどういう流れで着地したんですか?

作り始めたときはアコースティックギターをメインにしていたんですけど、アレンジの段階でいろいろ経てバンドサウンドがメインになりました。この楽曲の音のイメージが青とか灰色みたいな色合いなんです。でも、アレンジを進めていく段階で、1回オレンジ寄りになったというか、夕焼けっぽいイメージになっちゃったんです。でも音色的には淡いような、青いような、ちょっと色が薄れて、かすれているような音を表現したくて、最終的にエレキギターの歪んだロックバラードに落ち着きました。

──なるほど、もともと色彩のイメージがあって、そこから生まれたサウンドだったんですね。ジャケットにあるような青色の感じが、ディストーションギターの音色と結び付いている。

消しゴムで顔をグシャグシャっと消しているような、こういう刺々しい部分もちょっとディストーション感がありますね。この顔の消し方とかもいろいろスタッフと話しました。最初は力任せに消すイメージがよかったんですけど、それだと恨みがあるように見えるという意見もあって。顔の輪郭とかパーツが消えているというか、口元がどうだったか、目はどんな形だったかとか、そういう細かい部分が思い出せない感じを表現してほしくて。曲の“色”だけじゃなくて、荒々しさみたいなものも表現しているように思います。

「最後の魔法」ジャケット

「最後の魔法」ジャケット

──ちなみに、結局ボツになったオレンジの色彩のバージョンというのはどんなサウンド感だったんですか?

温かくて、もっとクランチで、そこまで歪んでなくて、タンバリンがちょっと強めに鳴っていました。アレンジャーの方に例としてリファレンスに出していただいたのが、Oasisの「Don't Look Back In Anger」だったんです。すごくクオリティの高いアレンジだったんで、それはそれでよかったんですけど、やっぱりちょっと自分のイメージと違っていて。改めてディスカッションして「やっぱり青のイメージなんです」みたいな話をして、戻してもらったんです。それでもすぐには目指したいギターの音色に近付けなかったので、エンジニアさんとやりとりをしながら丁寧に進めていきました。

──前作の「械物」、今作の「最後の魔法」とバンドサウンドの曲が続いているわけで、「多面態」以降のフェーズとして、ロック的なイメージがあるんですけど、このあたりはTaniさんとしてはどうでしょう?

まだやったことがないものをやっている、という感じです。たまたまハマっただけではあると思うんですが、今までの自分のディスコグラフィの中にロックバラードというものがほとんどなくて。周りの人からのリクエストや意見をもらったうえで生まれたのが、「最後の魔法」だったりします。「EDENS ZERO」のオープニングテーマにもなっていた「械物」に関しては、アニメのオープニングらしいど真ん中の音を投げたかったのでロック的なアプローチにしました。

Tani Yuuki

──「械物」という曲を作ったことで、反響も含めて得たものはありましたか。

一番大きかったのは、フェスでのお客さんのノリ方に新しい可能性が見えたということですね。今までお客さんがタオルを回したり、手を振ったり、ジャンプをしたりする曲はあったんですけど、拳を上げてもらえるような曲も欲しくて。「械物」を夏フェスで歌ってから、ライブの雰囲気がすごく変わった気がします。