音楽ナタリー PowerPush - たま&やっぴ~×須藤晃(尾崎豊プロデューサー)
尾崎豊のプロデューサーがニコ生の弾き語り主をプロデュースした理由
どんなアーティストでも歌のレコーディングは1回でいいと思ってる
──一方のたまさんは「ヤスコ」という曲を書き下ろしされていますね。
たま はい。2012年に亡くなった、自分のばあちゃんのことを書きました。俺が生まれてから20年間一緒に過ごした一番大事な人だったので、この曲を作って歌い続けていくことで、いつでもばあちゃんを感じることができるし、「俺、負けねえよ!」っていう意志を常に持っていられると思ったんですよね。この曲が、自分が生きていく上でのすべての源になればいいなって。
須藤 最初に会ったときに、たまくんはそのばあちゃんの話をしてくれたんですよ。自分にとってばあちゃんがすべてだった、と。それに僕はものすごく感動したから、絶対歌にするべきだと思っていたんです。で、オリジナル曲を書き下ろしてこいと言ったときに、「ヤスコ」というタイトルの曲を作ってきた。曲についての細かい説明は聞かなかったけど、激情する歌を聴き、その歌詞を読んだときに、「これは絶対そうだな」と思った。だから迷わず、この曲を入れることにしたんです。尾崎豊にとっての「15の夜」のように、たまくんはこの「ヤスコ」からスタートするべきだと思ったから。
──そんな強い思いのこもった曲のレコーディングはいかがでした?
たま 興奮しすぎて、レコーディング前日はまったく寝れなかったんですよ。で、当日の朝7時にやっと寝るっていう。しかも扁桃炎になって熱も出て超つらかったです。レコーディング中、血の味がしたっす。でも全然うまく歌えたのでよかったんですけど。
須藤 昨日寝てない、ノドが痛いみたいなことをたまくんは歌い終わってから言ってたんですよ。そこはすごいなって思いましたね。何かしらのエクスキューズが事前にあったら、僕は「じゃ今日はやめよう」って言うタイプですから。しかも僕の場合、どんなアーティストでも歌うのはほぼ1回でいいと思ってるんです。それは、何回も歌えばどんどん技巧的にはなっていくけど、その人の大切なエキスみたいなものは最初にこそ出ると思ってるからなんですけど。だって、誰かに愛の告白をするときに「次はもうちょっとうまく言えるからもう1回やるね」なんてことはありえないじゃないですか。
──確かにそうですよね。
須藤 だから、たまくんにもやっぴ~くんにも、たとえブレスに失敗しても、音程が悪くても、ヘタクソでもいいから一生懸命、1回で思い切り歌えって最初に言っていたんです。「尾崎さんの『I LOVE YOU』だって1回しか歌ってないぜ」って。結果、体調の悪さのエクスキューズをしてくることなく、たまくんはほぼ1回でOKの歌を歌ってくれて。なかなかいないボーカリストだなって思いましたよ。
たま ありがとうございます! 尾崎さんが1回しか歌っていないっていうことを聞いたときはびっくりしたんですけど、だからこそ事前に練習しまくったし、どんなふうに歌うかを徹底的に考えることができて。結果、むしろレコーディングのときは気持ちがスッキリしていたところもあったんですよ。「もう俺、やるわ!」みたいな(笑)。体調の悪さに負けずに歌うことができましたね。
ちょっとダサいと感じるくらいの名前が2人には合ってる
──こうやってお話を聞いていると、たまさんとやっぴ~さんは対極とも言える個性を持っているんだということに気付かされます。デビューアルバムのタイミングで、そこをオリジナル曲でしっかり提示したのには大きな意味がありそうですよね。
須藤 お互いに手伝わせることなく、それぞれにオリジナル曲を書かせたのはまさにそういうことなんですよ。ユニットとして2人で活動し続けていくのであれば、曲を一緒に作るなんてことはこの先、いくらでもできるわけですから。まずはそれぞれが持っている個性、世界観をカッチリ見せることが大切なんじゃないかなと。さっきも言ったけど、この2人は本当にバランスがいいんですよ。たまくんは尾崎さんのような激情型のアーティストで、歌っているときのうるさい顔も含めて大きな魅力だと思う。ただ、彼の持つ表現の重さはすごく大事だけど、全部が「ヤスコ」みたいな曲だとライブでノることはできないですね。そこで、やっぴ~くんの存在が重要になってくる。音楽っていうのは基本的に人をハッピーにさせるものだから、そういう王道的な部分はやっぴ~くんが引っ張っていくべきなんじゃないかなと思うんですよね。
たま そうですね。2人の個性に差があるのが逆にいいんじゃないかなっていうのは自分たちでも思っていて。俺が感情をグッと出して、顔がグッとうるさくなっている中(笑)、やっぴ~がポップに、なめらかにサラッと歌い上げるっていうのはユニットとしてアリなんじゃないかなって。
やっぴ~ 自分たちのスタイルについて最近いろいろ考えることもあるんですけど、でもやっぱりその違いがあってこそのたま&やっぴ~だなとは思います。2人で似たようなことをやってもダメですからね。自分のカラーをしっかり持って、自分の役割を意識しながらこれからも一緒に進んでいけたらいいなとは思ってます。
──ちなみに「I LOVE YOU」以外にも今回のアルバムにはたくさんの名曲カバーが収録されています。須藤さんはどんな印象を受けましたか?
須藤 選曲段階でリストを見せてもらったんですけど、どれもがいい曲ばかりだし、どれもがこの2人に合うなと思える曲ばかりだったので、個人的にもすごく楽しみになりましたね。
やっぴ~ ああ、うれしいですね。選曲はかなり考えたもんね。
たま そうだね。単純に俺らが好きで歌いたい曲はもちろん、リスナーさんからのリクエストにも応えた曲もあるので、楽しんで聴いてもらえたら嬉しいです。
──では最後にもう一言だけ、須藤さんから2人にエールをいただければと。
須藤 僕はね、最初にたま&やっぴ~っていう名前がダサいって言ったんですよ。でも、一緒に仕事をしてみると、今どき珍しいほどの清潔さ、純粋さを持っているから、この2人にはちょっとダサいと感じるくらいのその名前が合ってるんだなって思えたんです。いつまでもそういう感じをなくさずにがんばっていってほしいと思います。
たま&やっぴ~ ありがとうございます!
- 収録曲
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- I LOVE YOU(オリジナル:尾崎豊)
- RPG(オリジナル:SEKAI NO OWARI)
- 小さな恋のうた(オリジナル:MONGOL800)
- 桜(オリジナル:河口恭吾)
- 奏(かなで)(オリジナル:スキマスイッチ)
- 歩いて帰ろう(オリジナル:斉藤和義)
- 夏の終りのハーモニー(オリジナル:井上陽水・安全地帯)
- 木蘭の涙(オリジナル:スターダスト☆レビュー)
- 今夜はブギーバック(オリジナル:小沢健二 featuring スチャダラパー)
- それが大事(オリジナル:大事MANブラザーズバンド)
- 魔法のレシピ(オリジナル)
- ヤスコ(オリジナル)
たま&やっぴ~(タマアンドヤッピー)
ピアノ弾き語りのたま、アコースティックギター弾き語りのやっぴ~からなる愛媛出身の男性デュオ。2012年にニコ生を録画してニコニコ動画に投稿した尾崎豊「I LOVE YOU」のカバー映像が、歌ってみた総合ランキングでデイリー2位を獲得し、歌ってみたシーンの新星として話題になった。彼らはニコニコ動画の歌ってみた投稿者としては珍しく顔出しで映像を公開しており、心を込めて一生懸命に歌うたまの表情から「顔がうるさい」とも言われている。2014年8月にはカバー曲とオリジナル曲で構成された初のアルバム「笑顔のレシピ」をリリース。このアルバムは、尾崎豊などの楽曲に携わってきた須藤晃がプロデュース、「I LOVE YOU」などのアレンジを手がけた西本明がアレンジを担当したことでも話題になった。
須藤晃(スドウアキラ)
1952年に富山県で生まれる。1977年にCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社し、音楽プロデューサーとして尾崎豊、浜田省吾、村下孝蔵、玉置浩二、トータス松本、馬場俊英らを担当し、数々の名曲を制作。歌詞にこだわったプロデュース手法でメッセージ性の強い作品を生み出し続けている。