TAKU INOUE×星街すいせい|職人的トラックメイカーがVSingerに託した“門出の1曲”

「アイドルマスター」シリーズをはじめとしたゲームサウンド制作を礎に、数多くのアーティストのサウンドプロデュースや楽曲提供、リミックス提供などでその名を馳せてきたTAKU INOUEが自身のソロプロジェクトを始動。“TAKU INOUEプロジェクト”の第1弾としてVTuberグループ・ホロライブ所属の星街すいせいをボーカリストに迎えた新曲「3時12分」を7月14日にTOY'S FACTORY内のレーベル・VIAより配信リリースした。

トラックメイカーとして数多くのクライアントワークをこなしてきたTAKU INOUEは、どのような思いから自身が軸となるソロプロジェクトを立ち上げたのか。またプロジェクト1作目の相方としてVTuber・星街を選んだのはなぜなのか? TAKU INOUEと星街の2人へのインタビューを通じて、門出となる1曲の制作に迫る。

取材・文 / 倉嶌孝彦 撮影 / 星野耕作

イノタクさんの新曲=「勝ちだ!」

──今作のリリースをもってソロプロジェクトが始動するわけですが、TAKUさんは2018年のバンダイナムコスタジオの退社後、ソロのアーティストとしてどういうビジョンを持ってここまで歩んできたんでしょうか?

TAKU INOUE

TAKU INOUE もともとソロ活動に対するビジョンというのは全然なくて、TOY'S FACTORYと契約したのも、これまでと同じく作家的な働き方でいろんなところと仕事ができそうだなと思ったからなんです。実際それで3年くらい忙しくやらせてもらったんですが、今年の春先に一瞬だけ仕事の谷間があって、そのときふと「10年後の俺は何してるんだろう」みたいな未来のことについて考え始めたら、ちょっとビビっちゃって。今は仕事があるからいいけど、これがなくなったらどうなっちゃうのか不安になって、「そろそろ自分の曲を出してみようかな」と小声で言ったら、周りの人たちがすごい勢いで動いてくれて外堀を固められてしまったんです。ありがたい話なんですが(笑)。

──TAKUさんの作家的なイメージとして、ゲームだったり、カルチャーだったり、“場に向けて曲を書くのが得意”というのを強く感じていました。だからこそ、自分の名前を前面に出したソロプロジェクトでどのような音楽を鳴らすのか、気になる人は多いと思います。

TAKU おっしゃる通りで、これまで何かに対して曲を作ってばかりだったので、自分のために曲を書くとなったらすごく迷うだろうなというのは真っ先に考えました。なので、先にボーカリストを立てようと思って、お願いしたいボーカリストの名前を挙げていった中に(星街)すいせいさんの名前があったんです。

星街すいせい すごく光栄です。私が最初にイノタクさんの曲を認知したのは「デレマス」(ゲーム「アイドルマスター シンデレラガールズ」の略称)の「Radio Happy」だったかな。めちゃくちゃいい曲で、作曲者のクレジットを見たら「TAKU INOUE」と書いてあって。それでちょっと掘ってみたら、イノタクさんが作っている曲が全部私の好きな曲だったんですよ。私の好みのツボを押さえた人がいる!と思って(笑)。それ以降、「アイマス」シリーズで新曲がイノタクさんだという情報が出ると「うわー! これは勝ちだ!」みたいに思うようになって、好きな作家さんの1人としてずっと敬愛してました。

──「アイマス」シリーズの楽曲制作のみならず、TAKUさんはVTuber界隈の曲も手がけるようになります。それをすいせいさんはどういう気持ちで見ていましたか?

タブレット越しに談笑するTAKU INOUEと星街すいせい。

星街 それが本当にうらやましくて。月ノ美兎ちゃんの曲をイノタクさんが書いたとき、「ついにVTuberの曲まで書くようになったか!」と思うと同時に、私にも曲を書いてほしくてしょうがなかった。美兎ちゃんに先を取られたなあと思って(笑)。

TAKU VTuberの方に曲を書くようになって「意外」みたいに思われる方もいたかもしれないんですが、僕からするとインターネットは音楽が楽しい場所というのは昔から変わらなくて、その中の1つとして全然近いところにあった感覚なんですよね。僕自身、VTuberの配信をよく観るようになりましたし、すいせいさんが「僕の曲を好き」と言ってくれているのも知ってました。

星街 「先を越されちゃったなあ」と思いながらも美兎ちゃんの曲がすっごくよくて、私、珍しく高評価ボタンを押したんですよ。

TAKU あの高評価の1つがすいせいさんだと思うとありがたいですね。

ミドルテンポでも“イノタク節”が宿っている

──どういう経緯ですいせいさんに白羽の矢が立ったんでしょうか?

TAKU これからいろんな人にオファーしようと思っていたときに、人づてに「TAKUさん、ホロライブの人が連絡先を知りたがっていますよ」と聞いて。それで連絡を取ってみたら、僕が声をかけるよりも先に「すいせいさんの新作アルバムの曲を書いてくれ」ってオファーをいただいたんです(参照:星街すいせいが1stアルバム発表、表題曲はTAKU INOUE提供)。あれ、先に言われちゃったなと思いつつ、実は僕もお願いしたかったので、せっかくなら僕のデビュー曲と、すいせいさんのアルバムの曲の2曲でご一緒しませんか?と提案させてもらったんです。

星街 実は私がアルバムを作るにあたって、スタッフさんに「イノタクさんが書くような曲を歌いたい!」と要望を投げていたんです。イノタクさんはお忙しい方ですし、まさか本人に書いてもらえることにはならないだろうと思っていたんですけど、ダメ元でオファーしてもらったら、さらにもう1曲書いてもらえることになって(笑)。お返事いただいたときは本当にうれしかったです。

タブレット越しに星街すいせいと談笑するTAKU INOUE。

TAKU すいせいさんからの連絡が1週間遅かったら、僕のほうから連絡してましたから(笑)。

星街 その提案自体はうれしかったんですが、まさか私が歌う曲がイノタクさんのデビュー曲になるとは最初知らなくて。「代わりに1曲歌ってください」くらいのオファーだと思って話を聞いていたら、取材の稼働とかが入ってきて、どうやらすごく重大な曲じゃん!と思ってビックリしました。

TAKU 僕もここまで大騒ぎする予定じゃなかったんですよ(笑)。スッと1曲リリースして始めようと思ったら、ありがたいことにレーベルの人たちがすごく盛り上げてくれて。実際にデビューであることは間違いないし、僕にとってターニングポイントの1曲になることは自覚していて。本当に素晴らしい歌をいただいたので、メチャクチャ気に入ってます。僕、基本的に自分で作った曲はリリース前は緊張してしまってあまり聴けないんですよ。でも「3時12分」はそこそこ聴いちゃってます。これはかなり珍しいですね。

──先ほどのお話から察するに「3時12分」という曲は、すいせいさんのボーカルありきで作った曲ということですよね?

TAKU はい。まずボーカリストが決まって、この声を生かせる曲にしようという思いはあったんですけど、そこからけっこう迷ったんです。TAKU INOUEプロジェクトのデビュー曲に当たるわけですから、それなりに勢いがあって盛り上がる曲にしたい気持ちがあったんですが、一番しっくりくるのがミドルテンポのちょっと大人びた雰囲気の「3時12分」だったんです。「いい曲だけどデビュー曲っぽくないかも……」って、小声で言いながらディレクターに送ったら、この曲をすごく気に入ってくれて。スローだけど派手さもあるし、何より僕がもうこの曲しか出したくなくなっちゃったのもあって、この曲をリリースする運びになりました。

星街 デモを聴かせてもらったときに、真っ先に「神曲だ」と思ったんですよ。曲の中にイノタクさんの香りが漂っているし、ドラムにもすごく“イノタク節”が宿っていて。私の嗅覚がメチャクチャ反応してました。たぶん、誰が作ったか伏せられても「これがイノタクさんの曲だ!」って言い当てられると思います。

TAKU デモを送った翌日くらいには仮歌を入れて返してくれたんですよ。それがもうすでに仕上がっていて(笑)。強弱のリクエストがあったら言うつもりだったんですけど、すでにご本人が考えてくれた緩急の付け方がバッチリで。僕のやってほしいことを全部やってきてくれたので言うことがなかったんですよ。近年まれに見る衝撃の仮歌でした。

星街 「3時12分」はサビの部分でファルセットを使うかどうかでけっこう悩みました。私、ファルセットならわりと高音域まで出せるんですけど、ファルセットなしだとそこまで高い声が出せないんですよね。だからサビの高音域のどこで切り替えるかの判断が難しくて、結果としてはちょっと強めなファルセットで歌う形にしてみました。

TAKU 文句なしの最適解だったと思います。僕がリクエストしたのは1つだけ。カッチリ音符に当てすぎず、多少揺れた感じでたっぷりめに歌ってください、とお伝えしたらそれにも見事に応えてくれて。すいせいさんはボーカリストとしての勘所がすごいなと感じました。

何度も聴きたくなる声×最高のメロディ

──TAKUさんが以前からすいせいさんに目を付けていたのはなぜだったんですか?

TAKU 微妙なニュアンスの付け方とかのセンスがいいのはもちろん、聴いていて気持ちいい声なのが一番の魅力だと思います。

星街 こうやって面と向かって言われると照れますね……。

TAKU これはマジだから(笑)。何度でも聴きたくなる声なんですよね。すいせいさんのファンが多いのも納得。

──星街さんはTAKUさんの作る音楽の魅力をどのように感じていますか?

タブレット越しに談笑するTAKU INOUEと星街すいせい。

星街 あまり専門的なことは話せないんですが、いつもメロディが最高だと思って聴いてます。かゆいところに手が届く、すごく気持ちよくなる音を作ってくださるんですよね。あと、説明するのがすごく難しいんですけど、どの曲もイノタク節は入っていると思います。「3時12分」だとさっきお話したドラムの感じと、コーラスの被せ方がめちゃくちゃイノタク節でした。

TAKU けっこういろんな人に言われるんだよね。でも自分だとよくわからなくて(笑)。

星街 いろんな曲調のものがあるし、ボーカリストが違うのにどの曲にもイノタクさんの色がちゃんと入っているんですよ。本当にすごいと思います。

TAKU 「イノタクの曲だ!」って、わかりやすいらしいですね。よく言われます。別にそんなつもりはないんですけど、自分ではわからない何かがにじみ出ちゃってるのかな。