音楽ナタリー PowerPush - 竹原ピストル

悪魔に魂を売りつけた リスタート盤

ツーマンライブで客が1人

──今回のアルバムも新しい曲が中心になるんですよね?

竹原ピストル

そうですね。この5年間、ずっと応援してくれてた人たちに向けて「これからいいところを見せられるようにがんばります」という気持ちを伝えたいっていうのもあったし。1年目、2年目あたりは、お客さんが1ケタしか入ってないワンマンライブもざらにあったんだけど、そのときのお客さんが自慢できるような人間になりたいんですよ。「俺は8人しか客がいない竹原ピストルのライブを見たんだよ」って言えるような。

──客が8人のワンマンライブって、すごいですね。

「ツーマンライブで客が1人」ってこともありましたよ。北海道の小さい店だったんですけど、若い兄ちゃんが1人で観てくれていて。でもそいつ、ずっとビールを飲んでるんですよ。だから「トイレに行くんじゃねえぞ」って思いながらやってましたけどね(笑)。

──(笑)。1つひとつの楽曲も、ファンの人たちに向けられてるんでしょうか?

実際はお客さんに向けて書いてるんですけど、向けてない体を取ってるんですよね。本当はみんなに言いたいんですよ。「夢があるんだったら、あきらめずにお互いがんばっていこうぜ」とか「しんどいこともあるけど、くじけず行こうぜ」とか。でも、そういうことを全体に向けて歌うのは身の丈に合ってないというか……。あと、一概には言えないってこともありますからね。夢がなくても、しっかり生活していくことに充実感を覚えてる人だっているわけだから。そう考えると、全員に向けて「こうだ!」って言い切ってしまうのは乱暴なんですよね。

──それを突き詰めると“1対1”でしか歌えないことになりそうですが……。

竹原ピストル

そうかもしれないですね。例えば「LIVE IN 和歌山」がいい例なんですけど、この曲には実在のモデルがいるんです。

──「俺、精神病なんですよぉ~。」って話しかけてきたお客さんですね。

そいつに向かって「薬づけでも生きろ」「どうせ人間誰もがなんらかづけで生きてるんだ」って言ってるっていう。すごく個人的な歌なんですけど、それを聴いた人が何かを感じてくれたらいいなっていう手法ですよね。ドライな言い方をすれば。

──なるほど。お客さんに話しかけられたら、いつもこうやって対応するんですか?

ちゃんと「めんどくせえな、お前」って言いますよ。「話が長げえよ」とか。適当に話してると、余計に長くなるんで(笑)。そういうのは“お題”だと思ってるんですよ。最前列のお客さんにずっと話しかけられることもあるんだけど、どうにかしないとヘンな空気になるじゃないですか。で、「どうすれば、みんなが笑えるようにもっていけるかな」って考えたり。ずっとシーンとしていて、一切盛り上がらないお客さんが好きなんですけどね、自分的には(笑)。一生懸命に聴いてくれて、最後にバーッと拍手してくれるのが一番いい。協調性がないから弾き語りでやってるのに、バンバン手拍子してもらっても合わせられないよっていう。

目を合わせないで小声で「がんばれ」

──「東京一年生」では「がんばれがんばれ」とまっすぐに歌ってますね。

それもやっぱり、正面から「がんばれ!」ってことではなくて、目を合わせないで小声で「がんばれ」って言ってる感じなんですけどね。これ、ツアー中の歌なんですよ。次の会場に向かってるときに「東京一年生かな?」みたいな楽器を持った若者を見かけるっていう。こっちはドサ周りですよ。そんなオッサンに「がんばれ」って言われても、「いやいや、お前ががんばれよ」って話じゃないですか。

──確かに(笑)。ちなみに竹原さんって、若いミュージシャンに相談されたりしないですか?

ありますけど、精神論的なことはまったく相談されないですね。「歌だけで食っていきたい」って言われたとしたら、「まあ、とりあえずライブの数を増やすしかないな」って、ライブハウスを紹介するくらいで。だから相談に乗るというより、手配に近いかも(笑)。あとはもう、その人次第ですからね。

今までのことはナシ!ここからスタート

──「BEST BOUT」というタイトルについては?

「その時期、その時期の最高試合を集めた」というところですかね。この5年間を振り返ってる部分もあるんですけど、いろんなことを経て、「こっからやります!」っていう気持ちもあるし。

──新しいスタート?

竹原ピストル

なんていうか、「やっとスタートが切れた」という感じもあって。これがデビューアルバムだと思ってるんですよ、自分としては。考えてみるとこの5年間、作品を出すたびに「俺はここからだ」っていう意思表示をしてきた気がするんですよね。でも、どこかに不満足感があったんです。今回のアルバムは本当に「今までのことはナシ。ここから始めます!」って言い切れるんですよね、環境もひっくるめて。

──「今までのことはナシ」っていうのもすごいですが。

まあ、ずっと応援してくれてる人は信用してないと思いますけどね。「はいはい、やってみればいいじゃん」って感じで(笑)。お客さんのそういうところが好きなんですよ。ライブで「天下を取る」みたいなことを言っても、なぜか笑いが起きるっていう。

──竹原さんは本気で言ってるんですよね?

もちろん本気ですよ! さっきも言いましたけど、これからイイところを見せたいっていう気持ちも強いし。8月にやったUNITのワンマンライブ(参照:竹原ピストル、バンドセットで最多動員数記録)は、過去最多の動員だったんですよ。それを言ったら「ワーッ!」って盛り上がったんだけど、自分と同い年くらいの女の人が2~3人、完全にお母さんの顔で泣いてましたからね。そういう方たちに包まれながらがんばってます。

──いいお客さんですね。

そうなんですよ。今年はいわゆる夏フェスにも出させてもらったんですけど、そういう場所って、自分のお客さん以外の人がほとんどじゃないですか。そこで何百回とやってきた持ちネタをやって笑いを取ったら、僕のお客さんが「ね、面白いでしょ、こいつ」っていう感じになってるんですよね(笑)。

──素晴らしい一体感(笑)。

だからこそ、とにかくイイところを見せたくて。5年前の「俺は間違ってない」っていう闘争心はもうないですからね。ずっと気にかけてくれる人がいるってだけでいいかなって。

──「BEST BOUT」が本当のスタートだとすると、次の目標地点はどこなんですか?

竹原ピストル

大きい会場でもやりたいし、あとは自分が大好きな人と競演の機会をもらえたらなって思ってます。発明というか「こんなことをやってる人、今までいなかったな」っていうミュージシャンが好きなんですよ。eastern youthさん、ZAZEN BOYSさん、THA BLUE HERBさんとか。ただ競演するならそんなに難しい話ではないと思うんですけど、そうじゃなくて、決勝戦みたいな感じでやりたいですよね。「この人と竹原ピストルがやり合ったら、どんなことになるんだ?」って、みんながワクワクしてくれるような環境を所望しているというか。そのためには、まだ全然足りないんですよ、自分のがんばりが。今は地区大会優勝くらいだと思ってるんで。

──ここから全国大会が始まる、と。

そうですね。ここから勝ち上がっていかないと。

ニューアルバム「BEST BOUT」/ 2014年10月22日発売 / Victor Entertainment / VICL-64224
[CD] 3132円 / VICL-64224
収録曲
  1. RAIN
  2. 俺のアディダス~人としての志~ (Album ver.)
  3. 東京一年生
  4. ばかやろ。
  5. どっちみち どっちもどっちさ
  6. LIVE IN 和歌山
  7. ちぇっく!
  8. テイク イット イージー
  9. カウント10
  10. カモメ
  11. わたしのしごと
  12. マイメン
竹原ピストル(タケハラピストル)

1976年、千葉県生まれ。大学時代の1995年にボクシング部主将として全日本選手権に出場した経験を持つ。1999年に野狐禅を結成。2003年にデビューし、6枚のシングルと4枚のアルバムをリリースした。2009年に野狐禅を解散後、ソロ活動を開始。年間250~300本のライブ活動をしながら、2013年までにシングル1枚、ミニアルバム1枚、アルバム4枚を発表する。2014年、野狐禅デビュー時に所属していたオフィスオーガスタに復帰。10月22日にスピードスターレコーズよりニューアルバム「BEST BOUT」をリリース。歌手活動のほかに熊切和嘉監督作品「青春☆金属バット」、松本人志監督作品「さや侍」への出演など、俳優としての顔も持つ。