ナタリー PowerPush - 高野寛
研ぎ澄まされたポップスの魔法 20年の軌跡とこれからの音楽
“プロデューサー高野寛”が“アーティスト高野寛”をピカピカに
──他のアーティストとのコラボが続く中、ここで5年ぶりのソロアルバムを作るに至ったきっかけは?
21世紀に入ってからは……もし僕がバンドだったらたぶん活動停止か解散してたというぐらい、それまでやってきたことから気持ちが離れちゃったんですね。ソロだから解散できなかったんだけども(笑)。それで新しい活動を模索しているうちに、自分を客観的にシンガーソングライターとして見れるようになってきたのかな。いろんな音楽のスキルも身に付いたし、“プロデューサー高野寛”が“アーティスト高野寛”を、もう1回バシッと、シンガーソングライターとしてピカピカにしたらどんな世界になるのかなっていう、そんな気分ですね。今、再結成するバンドが多いですけど……。
──気分的にはバンド再結成に近い?
うん(笑)。本当に。
──今作はこれまで以上に歌が軸にありながら、凝った音作りや、ポップス職人としての高野さんもかなり詰め込まれていて、まさに20周年の総ざらいといった印象を受けました。
今回は時間もいっぱいかけたしね。ずっと作り続けてきた曲を磨いていった感じなので。だから今回は今までのアルバムの中では一番「歌詞をちゃんと作る」ということと「歌う」ということに向き合えたんですね。
亀田誠治に気付かされた「本当の意味でのポップさ」
──先行シングルの「Black & White」(2009年6月17日発売)とアルバム収録曲「PAIN」のみ、亀田誠治さんがプロデューサーとして参加されていますが、これはどういった経緯で決まったんですか?
その前のシングル「LOV」(2008年11月19日発売)を作った後……僕は長らくヒットチャートみたいな世界から離れたところで音楽をやっていたから、あまりに自分の意識とかけ離れちゃってるなと感じたところがあって。
──それはどういった部分で?
時代の空気ですね。やっぱり若い子たちがどういう気持ちでシングルを聴いたり買ったりしてるのかっていう、そういう匂いを知ってる人じゃないと、どんな曲がシングルにふさわしいかという判断がズレちゃうんじゃないかなと思って。それで、シングルのプロデューサーを誰かにお願いしたいなって思ったときに「あっ、亀田さんいいかもな」って直感的に思ったんですね。
──2人のやりとりはかなり綿密に、時間をかけて行われたと聞きましたが。
完成している曲をどんどん亀田さんに聴いてもらって「うーん、いいね! でも締め切りまで時間があるからもう1曲作ってみようか」というやりとりを全部で4カ月(笑)。亀田さんはアドバイスめいたことは言わないんですけど、やりとりの中でどこに反応してるのか、だんだんわかるようになってきた。自分がポップだと思ったものと「本当の意味でのポップさ」というのに少しズレがあったのに気付かされましたね。僕は結局、すごく洋楽的に音楽を聴いてたと思うんですよ。サウンドにまず耳がいって、歌詞はその間に飛び込んでくるフレーズが気持ち良ければいいって感じてた。でも、特にシングルチャートでは「歌と言葉ありき」なんだなって。その曲で本当に歌いたいことは何なのか、そこをきちんと問われた気がしますね、亀田さんに。
──もともと持っていた職人的な部分は完全に1回捨て去って。
そうですね。亀田さんとやってる2曲に関しては本当にそういう感じで、結果それがアルバムを作る上で自分の中の基準になった。アルバムの他の曲もまず歌詞を最優先でいこうと。
「道標」になった清志郎の歌と言葉
──全体的にかなり研ぎ澄まされた歌詞というか、シンプルな言葉でズバッと飛び込んでくるような感覚がありました。
それはね、(忌野)清志郎さんの影響なんです。僕は最近、車の中とか外で音楽を聴くことが多くて、家でじっくり歌詞カードを眺めながら曲を聴くっていうことをあまりしなくなってきたんですよ。そうすると、清志郎さんの歌が異常に胸に刺さってくるのをリアルに感じるようになってきた。それまではずっと文字を書きながら歌詞を考えていたんだけど、目と手で考えるんじゃなくて、口と耳で歌にしていこうと。書いた後に歌ってみて、ちゃんとメロディに貼り付いてくるような言葉を今は探してるんです。
──清志郎さんとの最初の出会いは、1992年の「泡の魔術」の頃ですか?
レーベルが一緒だったのでデビュー直後から面識があって。それで僕のアルバム「th@nks」(「泡の魔術」収録)にゲストボーカルで来てもらって。
──今回のアルバムに入っている「今日の僕は」は清志郎さんとの共作ですが、これが作られたのは……。
その頃ですね。「泡の魔術」と同じ時期。
──「今日の僕は」には当時のデモテープの音がそのまま使われていますが、この曲はそもそも、共同で曲を作って出そうみたいな案があったんですか?
いやいや、もう何の目的もなく。「曲を一緒に作ろう」って話になって、リハスタを借りて2日間入って……8曲ぐらい録音したんですよ。そのうち1曲ずつをお互いのソロアルバムで発表して、これは3曲目。だから、実はあと5曲未発表の曲があるんですよ。
──当時はすごく意外な組み合わせだな、という印象がありました。
「泡の魔術」は“バブル崩壊”がテーマの曲だったんですね。シリアスなメッセージなので、こういう歌詞を説得力ある歌で歌ってくれる人を思い浮かべたとき、清志郎さんしか考えられなかったんです。意外だと思われちゃうけど、僕の中では一番影響を受けた人の1人として常にいる存在です。
──アルバム3曲目の「道標」は、清志郎さんのことを歌っているのかなと思ったのですが。
うん。最初はもうちょっとわかんないように、普通のラブソングみたいに書こうかなと思ったんだけど、なんかあんまりうまくいかなかったから、もうそれは思いのたけを……ね。
理想的なつながりが自然に生まれてきた
──アルバムにはほかにも、細野晴臣さんや高橋幸宏さん、原田郁子さん、永積タカシさん(ハナレグミ)といった、高野さんと親しいアーティストが多数参加されていますよね。
20周年だからもっとお祭り騒ぎというか、いろんなゲストを呼んでにぎやかにやろうっていう考えもあったんですけどね。結果的には曲のイメージに合う人を呼んで手伝ってもらったという感じ。かつ、そのゲストのスタイルがハッキリ見えるように。
──いわゆる「feat.~」みたいな形式ではない、自然な溶け込み具合ですよね。
クラムボンとか永積タカシくんとか、彼らと出会えたことは僕にとってすごく大きな出来事で。デビュー当時の僕は本当に孤独な、仲間がいないような気持ちがあった。ティン・パン・アレーみたいな、ゆるいつながりを持った音楽集団みたいなものが下の世代でもできないのかなってずっと思ってたんだけど、21世紀に入ってきてだんだんそういう理想的なつながりが自然に生まれてきて。郁子ちゃんとタカシくんは、その中心にいる2人ですよね。
──高野さんと親しいアーティストたちは、“良質な音楽”って簡単に括ってしまうのもアレですけど、あらゆる世代からある種類の妥協のない人たちが、同じ意識を持って自然と集まっているような印象があります。
ああ、そうですね。また時代が変わったんだなっていう感じがする。
CD収録曲
- Hummingbird
- LOV
- 道標(みちしるべ)
- Timeless
- 初恋プリズム
- each other
- CHANGE
- 今日の僕は
- 小さな"YES"
- 季節はずれの風吹く街で
- Winterlude
- PAIN
- 明日の空
- あけぼの
- Black & White
- 虹の都へ(ver.09)
ライブ情報
- 2009年11月13日(金)
東京 SHIBUYA-AX - 開場 18:30 / 開演 19:00
全席指定 5500円 (別途ドリンク代500円)
チケット発売中 - 2009年11月19日(木)
大阪 umeda AKASO (旧バナナホール) - 開場 18:30 / 開演 19:00
自由空間 5000円 (別途ドリンク代500円・整理番号付き)
一般発売日 2009年10月10日(土)
高野寛(たかのひろし)
1964年生まれ静岡出身の音楽家。1988年に高橋幸宏プロデュースによるシングル「See You Again」で鮮烈なデビューを飾る。1990年にリリースした「虹の都へ」のヒットにより、一躍脚光を浴びる存在に。90年代後半からはシンガーのみならず、ギタリスト/プロデューサーとしての活動をスタートさせる。また2000年に入ってからは、BIKKE(TOKYO No.1 SOUL SET)、斉藤哲也とともに結成したNathalie Wise、宮沢和史率いる多国籍音楽集団GANGA ZUMBA、高橋幸宏が結成したpupa(ピューパ)など、複数のバンドやユニットに参加。豊かな音楽的才能をさまざまな形態で発揮し続けている。