ナタリー PowerPush - 高橋洋子
運命を切り開く強さを携えた新しい「エヴァ」のテーマ
「『パトス』ってなんだろう?」
──エヴァとの関わりは意外に軽いスタートだったんですね(笑)。
「残酷な天使のテーゼ」のときは「新世紀エヴァンゲリオン」ってアニメのタイトルも聞いていなかったし、ストーリーも知らないし、ホントに何もわからず歌いました。スタジオでもその場で歌詞が変わったりしましたしね。最初に譜面を見たときは、すごく音域が広いし、これ歌えるのかなあって思いました。私は心配症なのでいつも早めにスタジオに入るんですけど、その日私と同じくらい早く来てる人がいたんです。全身黒で裸足にサンダル履き。まあ、その方が庵野秀明監督だったんですけど(笑)。ミキサーの人より早く来るんだみたいな(笑)。あとで改めてご挨拶させていただきました。もちろん、こんなヒットする作品になるとは思っていなかったし、あくまでいくつもあるスタジオ仕事のひとつとして受けた感じですね。
──譜面の初見は「難しい曲」という印象だったんですか。
デモには仮歌も入ってなくて、キーボードでメロディが入ってるだけだから「どこでブレス(息つぎ)するんだろう?」とか難曲だと思いました。レコーディングは最初からフルサイズで録って、あとからテレビ用に編集した形だったと思います。
──庵野監督から指示はあったんでしょうか?
私はブースの中にいて聞こえなかったんですけど、何かすごい勢いで身振り手振りを入れながら説明されているのは見えていました(笑)。
──けっこう難しい言葉が多い歌詞ですが、これは苦労しませんでしたか?
「『パトス』ってなんだろう? ……ポトフ?」って(笑)。それに「残酷な」「天使の」「テーゼ」ですよ? 最初は正直「なんだろう?」って思いましたね(笑)。でもスタジオではそこまで細かく深く感情移入するような時間の余裕はないですし。
──短時間でベストのものを出す反射神経みたいなものが、これまでの活動で鍛えられていたわけですね。
スタジオミュージシャンのお仕事に慣れていた、というのはあると思いますね。
ヒット曲はいい意味で“事故”みたいなもの
──エヴァという作品がどんどん大きくなっていって、高橋さんご本人もいろいろと考えることが多くなったんじゃないでしょうか。
私は音楽の一部を担当しただけなのに、「最終回はどうなるんですか?」って聞かれたりね(笑)。エヴァが社会現象みたいに扱われるようになって、当時起こった実際の事件とかに関連付けて語られるようになったりもしました。意図するしないにかかわらず、当時のそういう渦の中に巻き込まれていて。そうなって初めて、これは責任重大だなと。私が発する言葉が、例えばネガティブなものだったとしたら、それがいろんなところに影響を与えてしまう可能性がある。そういうことを思い知らされました。
──今から考えると、フィクションと現実がないまぜにして語られたり、ちょっとしたことにすごくナイーブな反応があったり、本当にすごい社会現象でしたからね。
これだけ大きな作品に携わると、イメージがついたり、似たようなことを別の作品ではできなくなったりしました。そういう意味で、お仕事としての制約ができたことは事実です。そこまで考えてはいなかった、というのが正直なところですね。もともとこんなにアップテンポで畳みかけるような曲を歌ったことはなかったわけですけど、やはりここまでたくさんの方に聴いていただいたのは「残酷な天使のテーゼ」や「魂のルフラン」が最初ですから素直に有り難いと思っていますが、自分の中でエヴァというものをどのくらい持っていたほうがいいのか、考えることは多かったです。
──今ご自身の中では、どんなふうに消化されているんでしょうか。
ヒット曲って、いい意味で“事故”みたいなものだと思うんです。もしかしたら作者の方々は意図していたかもしれませんが、少なくとも私にとっては、まったく予想外の出来事でした。16年も前に録音したものが、いまだにカラオケで歌われたり、ランキングに入ってきたりする。何か発言するにも、歌手活動するにも、エヴァの延長線上じゃないと、なかなか理解していただけなかったり。でも、私を応援してくださる最近お会いする方々の中には、パチンコ屋で「残酷な天使のテーゼ」を聴いて鳥肌が立って、そこから高橋洋子という名前を知って、アニメも観てみた、という方もいらっしゃって。そういうことがあるのも、すごくうれしいことなんですよね。
──時代がひと回りしたということもありますよね。
今では当時14歳だったという方と一緒にお仕事してますからね(笑)。結論から言えば、アニメでもバラードでも、私が歌わせていただいていることに変わりはないし、エヴァを通していただいたチャンスですから、これからも責任をもって歌っていきたいなと。よく「どうやったらうまく歌えるんですか?」って聞かれるんですが、極論を言えば、その人の生き方だと思うんです。だから、街の中で意識しないところでも聞こえるような音楽をやるんだったら、できるだけポジティブなことを歌いたいなと思っています。
エヴァファンが大きな視点で物事を考えれば世界は変わる
──新曲の「暫し空に祈りて」は、作詞が及川眠子さん、作・編曲が大森俊之さんという「魂のルフラン」のコンビですね。すごくエヴァらしくワクワクする曲なのはもちろんですが、これまでのエヴァ楽曲と比べると、歌詞が前向きになった印象があります。
及川さんとは「残酷」や「ルフラン」のときは意図的に直接お会いしないようにしてたんですけど、のちにお会いして、私がどういう人間なのかを知っていただいたことが大きいのかもしれません。ただ不思議なことに、事前にこういう歌詞にしてくださいとか、そういう打ち合わせは一切なかったんです。及川さんは曲を聴かれた印象や、ご自身が考えていることから歌詞を書かれたと思うんですが、実はみんな同じ方向を向いていたというのが、このチームのすごいところだと思います。
──では、高橋さんがこの歌詞を最初にご覧になったときの印象は?
「これは来た!」って思いましたね(笑)。今大事だなと思っていることの中に「自立」というテーマがあって。優しくされているだけでは、自分の足で立つことはできないかもしれない。「愛」ってけっこう厳しいものだと思うんですよね。どんなに人から言われても、やっぱり自発的に何かをしなければ、運命って切り開いていくことはできない。そういう強さがないと、生きていくのって大変なんじゃないか。そういう力が出るような活動をしていきたいなと思っていたところに、この曲ですから。
──カップリングの「宇宙の唄:サークル・マインド」は福澤もろさんのカバーですね。
「宇宙の唄」は福澤さんの代表作で、ずいぶん前に「みんなのうた」で使われていた曲なんです。昔の曲なのに、今の時代に必要なメッセージがたくさん詰まった曲だと思うので、今回カバーしてみました。聴いているだけで、軽く宇宙旅行をしたような気分になれるんですよね。この曲を聴くときは、ぜひ目を閉じてみてほしいです。
──ものすごく想像力を刺激する楽曲というか。それから、この曲はカバーであるにもかかわらず、まるで最初からエヴァの曲だったかのようなハマり方をしている印象があります。あえて今作のカップリングに収録したのは、何か理由があるのでしょうか。
これは本当にそう思ってるんですが、エヴァのコアなファンの方々って、すごく頭のいい人たちだと思うんです。エヴァはボーッと観ているだけで「ああそうか」とわかるような作品じゃないですから。そういう聡明な方々が、もっと大きな視点で物事を考えてもらったら、世界は変わるんじゃないかなと思うんです。歌というのは生き方であり、祈りであり、感謝だと思うので。自分ができる範囲だけでも、追い風になるようなことを歌っていけたらいいなと思っています。
収録曲
- 暫し空に祈りて
[作詞:及川眠子 / 作曲・編曲:大森俊之] - 宇宙の唄:サークル・マインド
[作詞・作曲:福澤諸 / 編曲:笹路正徳] - 暫し空に祈りて(Off Vocal Version)
- 宇宙の唄:サークル・マインド(Off Vocal Version)
高橋洋子(たかはしようこ)
8月28日生まれ、東京都出身の歌手。2歳からピアノを習い始め、8歳で少年少女合唱団に入団するなど、幼い頃から音楽に囲まれた環境に育つ。1987年には久保田利伸のコンサートツアーのサポートメンバーとしてステージにたち、その後松任谷由実をはじめとする数々のアーティストのコンサートツアーやレコーディングに参加。CMやボイストレーナーなど活躍の場を広げ、1991年にはソロデビューシングル「P.S. I miss you」で日本レコード大賞新人賞ほか多数の新人賞を受賞。1995年にはアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のオープニングテーマ「残酷な天使のテーゼ」を歌い脚光を集めた。その後もさまざまなアニメのテーマ曲やCMソングを担当。コンスタントにオリジナル作品を発表している。2013年3月27日にはニューシングル「暫し空に祈りて」がリリース。表題曲はパチスロ「EVANGELION」のテーマソングに起用された。