高木正勝、足本憲治、加藤久貴、緑川徹|4人の制作陣が語る“主役がいない”サントラ「おかえりモネ」第2集

いろんなものが息づいていていいんだよ

──高木さんは皆さんにアレンジをお願いするときに、曲のイメージを伝えるんですか? それとも完全に任せる?

高木 まずは僕が、「山」や「海」など大きなテーマに合わせてメロディを作りました。そこから音響デザインさんから細かく用意されたお題に対してアレンジをしていくのですが、2パターンありまして。1つは、僕が大体の完成形までアレンジをして、オーケストラが演奏できるように足本さんたちに最後の仕上げをお願いする。もう1つは特殊でして、メロディだけお渡しして、あとは自由にアレンジをしてもらいました。

──前回の取材(参照:高木正勝インタビュー|最後の音楽家仕事になっても後悔しない、空っぽになるまで自分を出し切った「おかえりモネ」サウンドトラック)でも話が出ましたが、「ひさしぶりに海に出た漁師の気持ち」とか、音響デザインから曲を発注されたときに出されたお題をそのまま引き継いでもらう?

高木 そうです。そのお題を足本さんや加藤さんなりに解釈して編曲してもらう。その場合は、僕からは何も言いません。それは編曲であると同時に作曲行為でもあるんですよね。僕はよく「1個の頭でやってください」と言っていたんです。僕のことは意識しなくていいから、自分が思ったようにやってくださいって。そのことについて、加藤さんはどう思われてました?

加藤 映像監督と話をしながら作るみたいな感じで面白かったです。毎回、高木さんとの打ち合わせはすごく刺激的でした。「第2集」に入っている「かがやき」という曲のオーケストレーションをしたときは、曲のちょっとした短いフレーズの話をしたんですけど、「これは夕日が沈んだあとの光が水平線をキラキラ照らしている感じなんです」って高木さんに言われたんです。その話を聞いてアレンジする方向が見えてきた。高木さんは映像的なイメージで話をされることが多くて、「ここはオーボエを入れてください」とか具体的に指示されるよりも想像力が膨らむんです。そういったやり取りのおかげで、より一歩踏み込んだアレンジやオーケストレーションができたように思います。

──高木さんは映像作家としても活動されているので、映像と音楽がつながっているんでしょうね。でも高木さんが抱いているイメージを再現するだけではなく、そこに加藤さんのイメージが加わって曲が生まれるというのは、まさにコラボレートですね。

加藤 そうなんです。いつもアレンジする前に、高木さんの大元のアレンジを何度も聴いて、どの音をすくい上げたらいいのか、どんな温度感なのか、どういう風景なのかっていうのをものすごく考えて作りました。とても面白い体験でしたね。

──そうやって何度も聴き込んでみて、加藤さんにとって高木さんの音楽の魅力はどんなところだと思われましたか?

加藤 高木さんは、新しい時代&新しい形の民謡のようなものを作っているような気がします。高木さんのサントラってメロディがいっぱいあるじゃないですか。それって、「この世界にはいろんなものが息づいていていいんだよ」という高木さんの思いが反映されているような気がするんです。日本は多神教でアニミズムというか、すべてのものに命があるという考え方が昔から根付いている。そういう感覚に通じるものを高木さんの音楽から感じますし、それって「おかえりモネ」の世界観と通じると思うんですよね。僕は学校では主に西洋の音楽を学んできたので、高木さんのそういった日本の風土に美しく混ざり合うようなメロディや感性がすごく刺激的でした。

高木 ドラマや映画を一歩引いたところで観ていて、メロディがありすぎる、と思うことがあるんです。演技や映像で気持ちが伝わってくる場合、メロディが邪魔になることがあるんじゃないかと。でも、ドラマが終わったあとに残るものって、実は映像よりメロディなんじゃないかと思って。どっちが上とか、そういうことじゃないんですけどね。メロディって口ずさめるし、日常の中で再生しやすいじゃないですか。

──メロディで映像や記憶がよみがえってきたりもしますし。

高木 そうなんですよね。今回、足本さんや加藤さんと共同作業することになって、それだったら機能的な音より、メロディを渡したいと思ったんです。お二人なら絶対いい曲に仕上げてくれるということがわかっているから、安心してメロディが書ける。それってすごいことですよ。余計なことを考えずに真っ直ぐにメロディと向き合える、好きなように書ける。こんなに楽しいことはない。いつか加藤さんにも、僕と同じ立場で作曲してみてほしい(笑)。

息子と一緒が当たり前の日々になりました。(高木正勝)

一人称じゃない音楽

──「おかえりモネ」はヒロインがこれまでの朝ドラとは違い、受け身で何を考えているのかわかりづらいということが話題になっていましたが、そうなると必然的に音楽もこれまでとは変わってきますよね。そのあたりはいかがでした?

高木 そこは今回一番悩んだところでした。主人公が自分の力で何かを成し遂げる、そんな彼女を周りの人たちが応援する。そういう物語に合う音楽は、これまでいろいろ作られてきたと思うんです。でも「おかえりモネ」は、周りの人がやりたいことに百音が気付いて、遠くからでも、しぶとく関わり続けることでその人たちが何かを成し遂げていく。その連鎖の話だと僕は思っていて。だから、はっきりした因果関係が見えないし、いつまでたってもちゃんとした達成感がない。それって曲が作りにくいんですよ。達成感のある音楽は作れないし、悩んでいる音楽を作るのも違う。

──どこに向けて音楽を作ればいいのか、難しいですね。

高木 「誰かのために何かしたい」という気持ちを誰もが持っていて、それは震災以降、多くの人が心の中に貯め続けてきたものだと思うんです。そうしたモヤモヤした気持ちが「おかえりモネ」には素直に出ていると思うんです。それに合う音楽を言葉にすると、「答えがない音楽」だし、「解決しない音楽」だし、だけど「しぶとく諦めない音楽」で「希望がある音楽」でもある。ポジティブだけど独りよがりになっちゃいけないし、一人称じゃない。それは曲を採用するかボツにするか考えるときの大きな基準になっていました。

──「一人称じゃない」音楽というのが面白いですね。

高木 自分だけが何かを達成して万歳!というのは、1回や2回はうれしいけど、だんだんつまらなくなってくる。わかりやすい成功や結末ではなくて、もっと別の喜びがあるんじゃないか、別の生き方があるんじゃないかと、一石投じたドラマが「おかえりモネ」だと思っていて。自分よりも周りの人の幸せを願うような気持ちにならないと生まれないようなメロディを書かないと、「モネ」の音楽にならないと思ったんです。

──そういう気持ちを音楽で表現するのは難しいですね。

高木 究極的には“夕日”みたいな音楽だな、と思ったんです。たまたまそこに居合わせた人たちみんなが「夕日ってきれいだね」って思う瞬間ってあるじゃないですか。そういう気持ちになれる音楽なら、それは確実に「モネ」の音楽だと思ったんです。

──「このアングルで見た夕日がきれいだ」とか、そういう余計なことは考えずに。

高木 そう。「こうするとカッコよくなる」とか、そういうことを考えた時点で、その曲はボツにしました。

夕陽の前では、みんな、いい顔、いい心。(高木正勝)

──夕日の感覚をつかむことが重要だったわけですね。足本さんは今回のサントラをどう思われました?

足本 今回、数々の名曲が生まれたんですけど、その1つに「虹に向かって」という曲があって。5話で北上川に向かっていくシーンで流れるんです。それを観たときに感動して高木さんに電話したんですよ。

高木 そうでしたね。

足本 今回の朝ドラはすごいことになるかもしれないと思いました。なぜならば、脚本がすごい。演出もすごい。しかも、このシーンにこの曲を使う音響デザインのセンスもすごいって思ったんです。普通の人は、ああいう音楽の付け方はしませんからね。今回は音響デザインのスタッフにも恵まれていました。

──高木さんたちが作った音楽を、NHKの音響デザインの方々がドラマに使っていくわけですが、その使い方もよかったわけですね。

高木 「気仙沼編」は脚本しかなくて、映像は全然観られなかったんです。最終回に至っては筋書きしかいただいてない状態で曲を書いた。しかもその筋書きも何パターンか書いてあるんですよ。「こういう終わり方になるかもしれない」っていう感じで。脚本家がまだわかってない世界観を、先に音楽で描かなきゃいけなかった。だから「自分ならこういう最終回にするかも」と思って作っているところがあるんです。普通だったらそんなものを作っても通らないと思うんですよ。曲はいいけどできた映像に合わないって。でもこの現場では拍手で迎えられたんです。基本的に僕たちが作った曲はなんでも受け入れてもらえた。それは大きかったですね。特に「気仙沼編」の音楽は好き勝手にやらせてもらいました。足本さんと加藤さんに自分1人ではやりきった音楽を渡して「あとは行き着くところまで行ってください!」って感じで遠くから見守っていました。オーケストラの皆さんに演奏してもらうときも同じ気持ちでした。

──一人称ではない音楽をチームワークで作っているというのがいいですね。

高木 そうなんですよ。このサントラは主役がいない。

加藤 主役は高木さんじゃないですか(笑)。

高木 いやいや。毎日、うちで奥さんと「おかえりモネ」を観てるんですけど、奥さんに「今の曲いいけど誰?」と聞かれると必ず足本さんか加藤さんのアレンジで(笑)。ドラマが盛り上がっていく途中には僕がアレンジした曲が使われるんですけど、ピークに使われるのは足本さんか加藤さんがアレンジした曲で、「肝心なところはかっちゃん(高木)の曲じゃないね」って言われます(笑)。

──「おかえりモネ」のサントラは、チームワークから生まれた主役がない音楽なんですね。レコーディングはどんな感じだったのでしょうか。

緑川 数々の奇跡的な瞬間がありました。例えばアン・サリーさんと高木さんのライブ録音では、そこにいるみんなが魂を揺さぶられる瞬間があって、理屈ではなく涙が流れました。坂本美雨さんの収録のときも、彼女が音楽に入りすぎて、途中で涙が止まらなくなって歌えなくなってしまったこともあったんです。聴いていた我々も、あの瞬間は何か降りてきたようでこみあげてしまいました。そのほかにも、ストリングスチーム、金管・木管チームはじめ、打楽器、バンドなど、演奏者の皆さんも素晴らしい演奏をしてくれて、とんでもない難曲に生き生きとした躍動感を与えてくれました。そういう名演の数々が凝縮されたサントラになっていると思いますね。

高木 いつも作品を作り終わったあとは、「ああすればよかった」とかいろいろ考えてしまうんです。でも今回は初めて全部出し切ったと思えました。作った曲は、まずメロディー・パンチの福永さんが聴いてくれるのですが、そのことからすでにうれしくて。本当に毎日、曲を送り続けたのですが、一音一音、愛情を持って大切に扱ってもらえて、だからたくさん作れたんだと思っています。レコーディングのときには足本さんと加藤さんが楽譜を用意してくれて、みんなが演奏している姿を見ながら「いい人生だったなあ」って思ってたんです(笑)。

──人生を振り返っていた(笑)。

高木 「足本さん、すごい!」「加藤さん、こんなこと思い付くんだ」とか思いながら、それ以上に演奏家の人たちが出す音を聴いて、「うわあ、音っていいなあ」って単純に感動していました。

──それはさっきの夕日の話につながりますね。

高木 そうなんですよ。作曲するっていうことはあまり重要じゃなくて、音がここにあることがすごい。音ってこんなに美しいんだ。そう思える現場に、これからも極力いられるようにしたいなって思いました。もう“自分”は卒業してもいいんじゃないかって。だから今度は足本さんや加藤さんのアレンジをやりたいと思っています(笑)。

「おかえりモネ」のドラマとリンクして、自分のこれからも考え中。明るい未来。(高木正勝)
高木正勝(タカギマサカツ)
1979年生まれ、京都府出身の音楽家、映像作家。2001年にCDとCD-ROMからなる1stアルバム「pia」をCarpark Recordsよりリリースしてデビュー。翌2002年には細野晴臣のレーベルdaisyworld discsよりアルバム「JOURNAL FOR PEOPLE」を発表し、ピアノと電子音を融合させたサウンドで注目を浴びた。以降、コンスタントにオリジナル音源を発表しながら、CM音楽や映画音楽の制作、個展の開催などを行っている。代表作はデヴィッド·シルヴィアンとのコラボ曲を収録した2004年の「COIEDA」や、さまざまなミュージシャンが参加した2007年ライブアルバム「Private / Public」など。映画音楽としては、細田守監督作品「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」などのサウンドトラックを担当した。2018年11月にピアノ曲集「マージナリア」、2019年4月に「マージナリア2」をリリース。2021年6月には劇伴を手がけたNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」のオリジナルサウンドトラック第1集が、10月に第2集が発売された。
足本憲治(アシモトケンジ)
1974年生まれの作・編曲家、オーケストレーター。現在は国立(くにたち)音楽大学の准教授に就く。NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」、映画「浅田家!」の劇伴や、西川貴教(the end of genesis T.M.R. evolution turbo type D)、岸田繁(くるり)の楽曲、コンサート「京都市交響楽団×石丸幹二 音楽と詩」の編曲を担当する。2020年3月にオリジナルの吹奏楽作品「Kicky Game」を発表。2021年7月発売のフルート奏者・菅井春恵の1stアルバム「monologue」にフルート独奏曲「Bocc」を提供した。また編曲作品は中学校音楽の教科書へも複数採用されている。
加藤久貴(カトウヒサキ)
1984年生まれ、群馬県出身の作曲家。国立音楽大学作曲専攻卒業。映画・CM作品を中心に活動し、主な映画作品に2021年9月公開の「君は永遠にそいつらより若い」や、高畑充希主演×タナダユキ監督の「浜の朝日の嘘つきどもと」のほか、「世界でいちばん長い写真」「わたしは光をにぎっている」「四月の永い夢」などがある。そのほかドラマ、アニメ、テレビCMの音楽も多数手がける。
緑川徹(ミドリカワトオル)
1972年生まれ、福島県出身の音楽プロデューサー。1996年からCM音楽に携わり、2005年にメロディー・パンチを設立。CM、映画音楽に留まらず、さまざまなジャンルにおいて活動の場を広げている。音楽を担当した主なCM作品にau、SoftBank、KIRIN、サッポロビール、SUNTORY、住友生命、大塚製薬、東京ガスなど。映画作品には「ハルチカ」「暗黒女子」「美しい星」「羊の木」「クソ野郎と美しき世界」「騙し絵の牙」、ドラマ作品には「誰かが、見ている」、NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」などがある。