音楽ナタリー PowerPush - スズム

リアル“ネットネイティブクリエイター” メジャーシーンを推して参る!

いい意味も悪い意味もなく、人をバカにしてると思います

──そしてアルバム収録曲の詞なんですけど、初投稿作「過食性:アイドル症候群」ほどではないんですけど……。

便利な言葉を使うなら、どれもシニカルですよね(笑)。

──ですね(笑)。いい意味で人を食ってるというか。

あっ、いい意味も悪い意味もなく、人を食ってるし、人をバカにしてると思います(笑)。

──あはははは(笑)。でもこうやってお話してる分に決してイヤな感じはしない。

ありがとうございます。でもホントに初対面の人に「曲と違って明るい人なんですね」って言われることは多くて。

──なのになぜ「人をバカにした」詞を?

本当は腹黒くて、しかも恥ずかしがりだからなんでしょうね。当然、普段から人をバカにしたようなことばっかり考えてるわけではなくて、例えばもしも横断歩道で立ち往生しているおばあちゃんがいるなら渡るのを手伝いたいと思うし、どこかで大きな災害なんかがあったら募金をしたいとも思っているんだけど、そういうことをしている自分をほかの人に見られるのがホントにイヤなんですよ。

──照れ隠しのために人をバカにしているということ?

そういう面もありますね。ただ自分の中には、今回のアルバムの歌詞のようにシニカルになってしまう自分も間違いなく存在しているんです。それなら「みんな募金をしよう」みたいな誰にでも言えるし、言うべきだしっていうことではなくて、そのシニカルさ、みんなが普段言いたいけど言えない本音みたいなものを言いたいんです。ただ本音をそのまんま出すとエグくなりすぎるから、“99%のリアリティと1%のファンタジー”に包んでボーカロイドやゲストの歌い手さんに歌ってもらいたいんですよね。

スズムの言葉であって、僕の言葉ではない

──そのネジれ方も面白いですね。ネジれている自分の在りようをそのまま歌うのではなく、ネジれてる自分を引き受けた上で聴き手に楽しんでもらおうとしている。

でも日々普通の暮らしを送りながらもちょっとネジれてる22歳の僕の言葉なんて、みんな聴きたいものなんですかね? そういう疑問があるから、今後もし自分の表現欲求とか承認欲求みたいなものがあふれちゃったとしても、たぶん僕はブレーキを踏むはずなんですよ。10曲以上入っているアルバムの中に1、2曲くらいなら、そういう「オレの歌を聴け!」っていう曲があってもいいかもな。10人くらいは喜んでくれるかもな、って。絶対に全部そういう曲にはしないと思うんです。これはスズム名義でオリジナル曲を投稿し始めた頃から感じていることなんですけど、僕が書いている歌詞ってどこか他人事。“スズム”っていう人の言葉であって、本名の僕の言葉ではないですから。

──ただ人助けをしたり募金をしたりしている自分を見られたくないっていうのは、“本名の僕”の気持ちなんですよね?

だから「99%のリアリティと1%のファンタジー」なんです。詞のうち99%を構成しているのは“リアリティ”。確かに僕の“リアル”な思いに近い言葉ではあるんだけど、結局“リアル”ではなくて“リアリティ”のあるものでしかなくて。自分自身にも多少は心当たりのあるリアリティのある言葉をスズムという人のために書き下ろしているイメージで詞を書いてるんですよ。

──スズムという人が言いたいことを本名の僕がおもんぱかって書いている?

それともまた違うんですよね。「みんなが普段言いたいけど言えないこと」を言っているわけですから。詞の主人公は聴いてくれる人なんだと思います。スズムがどういう曲を歌ったらみんなは面白がってくれるんだろう? 共感してくれるんだろう?って考えながら詞を作っている感じなんです。実際アルバム用の新曲では特に意識したんですけど、僕の書く詞って「僕」や「少年」といった一人称から三人称まで、とにかく誰かを指し示す言葉を目立つ作りになっていて。これもスズム名義の曲を聴いてくれる人がその「僕」や「少年」の中に思い当たる節を見つけてくれたらいいな、と思ってやっていることなんです。

──じゃあ、その誰かのために言いたいけど言えないことをあえて歌うスズムさんってどういう人なんでしょう?

スズムさんは……まあ性格は悪いですよね(笑)。

──詞を読むだにそうですね(笑)。

ただある種の正義感は強いんだと思います。みんなが普段言いたいけど言えないことを言ってしまうのって露悪的ではあるんだけど、誰かのために何かを代弁している、誰かを喜ばせたり慰めたりするために言っていると考えれば、ある意味正しい行為だと思いますし。だから基本的に人のことをバカにはしているんだけど、誰のことも本当に嫌いにはなれない。スズムはそんな人間ですね。その一方で僕はそんなに正義感は強くないし、言いたいけど言えないことは言わなくてもいいんじゃないかとも思ってるし、嫌いな人はいるし。もちろん重なる部分は多いんだけど、スズムはやっぱり分身、いや、どこか別人のような気がしてます。

僕、そろそろ引退する予定だったんです

──最後にメジャー1stアルバムをリリースした今、やってみたいことってあります?

当初の予定だと僕、そろそろ引退するはずだったんですよ。

──へっ!?

アルバムも完成したし、もういいやって。このアルバムって過去にネットで公開した曲や動画も入れていることもあって、スズムっていう人のWikipediaみたいな存在になっていると思ってるんですよ。このアルバムを聴けばスズムという人間の過去と現在のことをなんとなくわかってもらえるのかな、って。そういうものを作り上げてしまったから、もうスズムでやることって実はないんじゃないかっていう気がしていて。

──あっ、“スズムさん”は引退するっていうことであって……。

そうですそうです。すみません、言い方が悪かったです。別の名義でまったく違う音楽を作ってみようかな?とか「演奏してみた」や「歌ってみた」をやってみようかな?なんて思ってるんですよね。もちろんまたスズムとして活動する上でのアイデアが降ってきたら何か新しいことを始めるとは思うんですけど、今はそれがなんなのか思いつかない。「八日目、雨が止む前に。」って、そのくらいやりきった感のあるアルバムなんですよ。

メジャーデビューアルバム「八日目、雨が止む前に。」 / 2015年2月4日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
初回限定盤A [CD+DVD] / 3240円 / GNCL-1247
初回限定盤B [CD2枚組] / 3240円 / GNCL-1248
通常盤 [CD] / 2160円 / GNCL-1249
CD収録曲
  1. Manifesto(inst)
  2. 人類五分前仮説
  3. 灰色少年ロック
  4. 心臓コネクト
  5. Promulgation(inst)
  6. あのタイムトンネルを抜けて。
  7. イグジスタンス
  8. レトルトアイロニー
  9. Enactment(inst)
  10. 革命性:オウサマ伝染病
  11. 世界寿命と最後の一日
  12. 八日目、雨が止む前に。
  13. Execution(inst)
初回限定盤A付属DVD「あの日見た夢の箱。」収録内容
  1. 過食性:アイドル症候群
  2. 赤心性:カマトト荒療治
  3. へたくそユートピア政策
  4. 桜色タイムカプセル
  5. 嘘つきピーターパン
  6. 世界寿命と最後の一日
  7. 心臓コネクト
  8. ハロウィン遅刻パーティー
初回限定盤B付属CD「続・ケビョウニンゲン」収録曲
  1. Endless
  2. 絶望性:ヒーロー治療薬
  3. 過食性:アイドル症候群
  4. 赤心性:カマトト荒療治
  5. へたくそユートピア政策
  6. 桜色タイムカプセル
  7. 好き勝手いうな
  8. うたかた、夏の終わりに隠した
  9. 嘘つきピーターパン
  10. 独りの君と一人の僕に
  11. Valedictory
スズム

ボカロP、作詞家、作家として活動するクリエイター。2011年の初投稿以来、さまざまなオリジナル曲、カバー曲を動画共有サイトに投稿し、通算3000万再生を記録する。またその一方で2012年には音楽と物語のメディアミックス企画「終焉ノ栞プロジェクト」に作詞家兼ストーリーテラーとして参加し、2013年には、プロジェクトの首謀者・150Pによるメジャーアルバム「終焉-Re:write-」に歌詞を提供したり、プロジェクトのストーリーをノベライズした「終焉ノ栞」を刊行したりと多彩な才能を発揮する。さらに同年には、クリエイター集団・あすかそろまにゃーずの盟友にしてボーカリスト、そらるとの共作でシングル「絶望性:ヒーロー治療薬」をリリース。表題曲がアニメ「ダンガンロンパ The Animation」のエンディングテーマに採用される。そして2015年2月、完全新作のオリジナルアルバム「八日目、雨が止む前に。」をリリースした。