音楽ナタリー PowerPush - スズム

リアル“ネットネイティブクリエイター” メジャーシーンを推して参る!

ネット出身ならではのウルトラ作詞術

──初体験の小説の執筆っていかがでした?

小説を書くにはどういう材料が必要で、どういう順番で書いていくものなのかっていうことを担当編集さんに一から教わるところから始めたので、最初は大変だったんですけど、書き方や自分のペースをある程度つかめるようになってからは実はそんなに行き詰まりはしなかったですね。

──それはなぜ?

「終焉ノ栞」のCDに収録する曲を作詞する時点でかなり細かくプロットを作り込んでいたので。今も使ってるんですけど、僕、作詞用のテンプレートを用意しているんです。その詞の世界観と概要、詞のテーマ、舞台設定、登場人物の人物像、その人物がいる風景、それがどういう風景なのかを具体的にするためのリファレンス、物語の大まかな流れっていう項目が用意されたテンプレートがあって、まずはそれを埋めるところから作詞を始めるんですよ。「終焉ノ栞」もそうだし、今の曲もそうなんですけど、基本的に僕の曲はニコニコ動画に動画として投稿するものだから、イラストレーターさんや動画師さんに絵や動画を描いてもらわなきゃいけない。だからその人たちと意思疎通を図るための設計図が必要なんです。

──それも動画共有サイトネイティブのアーティストならではの発想ですよね。

確かに「珍しいね」「面白い」って言われることは多いですね。でもバンド経験がなくて、ネットで音楽を発表していた僕にとってはごく自然なことなんですよ。曲を発表すること=イラストレーターさんとコミュニケーションすることなので。それにモチーフになる曲の背景や世界観をガッチリ固めてあったからこそ小説を書けたんだとも思っていて。曲ごとのプロットやエピソードに読み物として楽しめるように肉付けをして、最後にそのプロット、エピソード同士を文章として成立するようにつなげるっていう書き方ができましたから。

“胸クソ悪い”初投稿曲がメジャーのお眼鏡に

──そして「終焉ノ栞」がひと段落して、ついにオリジナル曲をニコニコ動画に投稿することになる、と。

はい。ずっとカバーをやってて、そのあと作詞家になって。そのカバーから2年後の2013年にようやく作曲家になるというすごく変則的なボカロPデビューをしました(笑)。

──確かにちょっとヘンですね(笑)。

でもそうやっていろんな人に力になってもらいながら、いろんな曲を発表できたからこそ自信を持って自分の曲を発表できるようになったんだとは思ってます。

──しかもスズムさんがすごいのが、初めてオリジナル曲を投稿した2013年にアニメ「ダンガンロンパ The Animation」のテーマソングであり、スズム feat. そらる名義のシングル「絶望性:ヒーロー治療薬」でメジャーデビューもしている。

あれは本当に「マジか!」って感じでした。最初に投稿した「過食性:アイドル症候群」という楽曲を聴いた、今回のアルバムのプロデューサーでもある方が「君に合うアニメがあるからテーマソングを作ってほしいんだけど」って声をかけてくれたんですけど、まずそこで「マジか!」となり(笑)。しかも、なぜか最初「ダンガンロンパ」のテーマソングだっていうことをボヤかされてたんですよ。「ゲーム原作のアニメで」っていうことだけ聞かされていて、それがどんな作品なのかはわからなかったんですけど、当然うれしいお話ではあったので「ぜひやらせてください」「がんばります」って言ってたら、最後の最後に「『ダンガンロンパ』っていうゲームのアニメ版なんだけど」と言われ……。

──再び「マジか!」となった、と(笑)。オリジナル曲を1曲しか発表していないボカロPがメジャーにフックアップされた要因ってなんだと思います?

何度かプロデューサーさんにも聞いてみたんですけど教えてくれないので(笑)、あくまで自分はこう思うっていう理由でしかないんですけど、単純に「ダンガンロンパ」の世界観と「過食性:アイドル症候群」の世界観がマッチしていたからかなっていう気はしています。僕、後にも先にもあんなに聴いてて胸クソ悪くなる曲書いたことないですから(笑)。

──確かに歌っていることはといえば「ちょろいもんさ 歌も程々に 褒美も奮っちゃって 群がるメスは数知れず」「that's アイドル 馬鹿は舞い踊る」「偏愛語っちゃって 枕仕事も数知れず」ですもんね(笑)。プロデューサーさんはこういう詞を書ける人なら、仲間を売ることも辞さない命がけの学級裁判が舞台となる「ダンガンロンパ」に似合う楽曲を書けるはずだと思った、と。

そうなんじゃないかなあって思っています。アニメのテーマソングになった「絶望性:ヒーロー治療薬」を作っていた頃から「次はアルバム作ってよ」なんて言ってくれていましたし、一応お眼鏡には適っていたのかなって。まあ、当時はまだニコ動に投稿した曲とシングル曲しかオリジナル曲がなかったから「2曲でどうやってアルバム作るんだよ!」って思ってましたけど(笑)。

やりたい放題の軌跡を詰め込んだメジャー1stアルバム

──でもその後、スズムさんは曲を書きためてはニコ動に投稿し続けたし、このたびその投稿楽曲とは別のオール詞曲で固めたアルバム「八日目、雨が止む前に。」を本当にリリースしています。

そうやって曲を作り続けられたのは、人に言われないと何もしない自分の性格がいい方向に出た結果なんだと思います。1曲しかオリジナル曲を発表していない僕に「アニメのテーマソングを」って声をかけてくれて、しかも「アルバムを」って言ってくれる人がいたことが、僕にがんばりたいって思わせてくれた感じですから。で、がんばろうって思えるようになったら、今度は曲のアイデアがどんどん出てくるようになって。その結果、今回のアルバムはこういう形態でリリースすることになってしまった、と(笑)。

──あっ、まさにその形態、仕様についても伺いたかったんです。初回特典盤Aには既発曲のビデオクリップが収録されたベスト盤的DVDが付属していて、初回限定盤Bには既発曲の音源を収めたベスト盤的CDがパッケージされている。1stアルバムなのにベスト盤付属ってどういうことだ?ってすごく不思議だったんですよ。

我ながら頭の悪い仕様だとは思ってます(笑)。でもこの1年、本当にやりたいことがたくさんあったんですよ。それでニコニコ動画に投稿するためにどんどん曲を作って、続けてアルバム用に新曲を書き下ろしていたら、手元に膨大な曲があふれちゃって。でもせっかく作ったのにその中から十数曲だけ選ぶのってすごく惜しいじゃないですか。だから「この1年僕がやりたい放題やってきた軌跡を全部詰め込んじゃおう」ということでこの3パターンでリリースさせてもらうことにしたんです。

メジャーデビューアルバム「八日目、雨が止む前に。」 / 2015年2月4日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
初回限定盤A [CD+DVD] / 3240円 / GNCL-1247
初回限定盤B [CD2枚組] / 3240円 / GNCL-1248
通常盤 [CD] / 2160円 / GNCL-1249
CD収録曲
  1. Manifesto(inst)
  2. 人類五分前仮説
  3. 灰色少年ロック
  4. 心臓コネクト
  5. Promulgation(inst)
  6. あのタイムトンネルを抜けて。
  7. イグジスタンス
  8. レトルトアイロニー
  9. Enactment(inst)
  10. 革命性:オウサマ伝染病
  11. 世界寿命と最後の一日
  12. 八日目、雨が止む前に。
  13. Execution(inst)
初回限定盤A付属DVD「あの日見た夢の箱。」収録内容
  1. 過食性:アイドル症候群
  2. 赤心性:カマトト荒療治
  3. へたくそユートピア政策
  4. 桜色タイムカプセル
  5. 嘘つきピーターパン
  6. 世界寿命と最後の一日
  7. 心臓コネクト
  8. ハロウィン遅刻パーティー
初回限定盤B付属CD「続・ケビョウニンゲン」収録曲
  1. Endless
  2. 絶望性:ヒーロー治療薬
  3. 過食性:アイドル症候群
  4. 赤心性:カマトト荒療治
  5. へたくそユートピア政策
  6. 桜色タイムカプセル
  7. 好き勝手いうな
  8. うたかた、夏の終わりに隠した
  9. 嘘つきピーターパン
  10. 独りの君と一人の僕に
  11. Valedictory
スズム

ボカロP、作詞家、作家として活動するクリエイター。2011年の初投稿以来、さまざまなオリジナル曲、カバー曲を動画共有サイトに投稿し、通算3000万再生を記録する。またその一方で2012年には音楽と物語のメディアミックス企画「終焉ノ栞プロジェクト」に作詞家兼ストーリーテラーとして参加し、2013年には、プロジェクトの首謀者・150Pによるメジャーアルバム「終焉-Re:write-」に歌詞を提供したり、プロジェクトのストーリーをノベライズした「終焉ノ栞」を刊行したりと多彩な才能を発揮する。さらに同年には、クリエイター集団・あすかそろまにゃーずの盟友にしてボーカリスト、そらるとの共作でシングル「絶望性:ヒーロー治療薬」をリリース。表題曲がアニメ「ダンガンロンパ The Animation」のエンディングテーマに採用される。そして2015年2月、完全新作のオリジナルアルバム「八日目、雨が止む前に。」をリリースした。