テレビアニメ「マクロスΔ」のヒロイン、フレイア・ヴィオン役で2016年に声優デビューを果たした鈴木みのり。「マクロスΔ」の劇中ユニット・ワルキューレでシンガーとしての才覚も発揮した彼女は、2018年よりソロアーティストとしても活動している。そのサウンドプロデュースを手がけるのは、1990年代“渋谷系”の流れを汲むアニメソングを数多く世に送り出してきた、“アキシブ系”の立役者であるフライングドッグの音楽プロデューサー・福田正夫。2018年12月発売の1stアルバム「見る前に飛べ!」は、福田プロデュース作品でおなじみの北川勝利(ROUND TABLE)や河野伸をはじめ、ダンス☆マン、コモリタミノル、南佳孝、やなぎなぎ、坂本真綾ら豪華な面々が参加した多彩な楽曲と、それらを見事に歌いこなす鈴木の確かな歌唱力が高く評価された。
満を持してリリースされる2ndアルバムのタイトルは「上ミノ」。一見コミカルなタイトルには「鈴木みのりのいちばん美味しい、上質なところだけ集めたアルバム」という意味合いが込められており、北川と福田の共同プロデュースで鈴木の“素材の味”が最大限に引き出されている。音楽ナタリーでは鈴木とプロデューサーの2人にインタビューを行い、アーティスト鈴木みのりのサウンドプロダクションの裏側に迫った。
取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 堀内彩香
オーガニックなはずが小坊主に
──鈴木さんはもともと歌うことも視野に入れて声優を目指していたんですよね?
鈴木みのり はい。小さい頃から声のお仕事に憧れていて……朗読もしたいし、お芝居もしたいし、歌も歌いたいとなったらどの職業がいいんだろう?と考えていたときに、水樹奈々さんが「NHK紅白歌合戦」に出ているのを観て声優という職業を知ったんです。「声優さんになれば全部できるかもしれない」という思いから声優を目指し始めて。そんなときに観た「マクロスF」や「涼宮ハルヒの憂鬱」は音楽が作品に強く結び付いていて大好きでした。
──そして、その「マクロス」シリーズの最新作である「マクロスΔ」で本当に声優や歌手としてデビューすることになると。もちろん努力で勝ち取ったものではあると思いますけど、めちゃめちゃ恵まれた、希望通りのデビューでしたね。しかもファンクラブに入るほど大好きな坂本真綾さんのプロデューサーである福田さんのもとでソロデビューまでするという。
鈴木 本当にそうですね。生きているうちに叶えばいいなと思っていたことが一気に(笑)。北川さんのことも真綾さんの曲で知っていて、「いつかご一緒したいです」なんて言ってたら「マクロスΔ」のユニット・ワルキューレで、しかも自分のキャラクターがメインの曲でご一緒できて。さらに自分のソロにもご参加いただいて……本当に恵まれすぎだなと思います。
──北川さんは、ワルキューレで出会ったときの鈴木さんの印象は覚えていますか?
北川勝利 みのりちゃんに初めて会ったのはその前で……あれは真綾ちゃんのアルバムの先行試聴会だったっけ? 普通にお客さんで来ていて。
鈴木 応募したら当たっちゃったんですよ(笑)。
北川 まだデビュー前。「マクロスΔ」でフレイア(・ヴィオン)役をやることは決まってたんですけど、レコーディングもまだ始まってない頃で。僕も試聴会に行って、終わったときに「今度『マクロスΔ』でデビューする子だよ」と紹介されたんです。まだ上京もしてなかったんだよね。「せっかくだから、ちょっと真綾ちゃんに挨拶しておこう」って一緒に連れて行ったらめちゃくちゃ緊張してて(笑)。そりゃそうだよね。試聴会に当たって来てみたら続々と知ってる人を紹介されて(笑)。
──その後、シンガーとして対面したときはいかがでしたか?
北川 歌は最初からうまかったんですよ。「マクロスΔ」の曲も、最初にソロで提供した「Crosswalk」(2018年5月発売の2ndソロシングル「Crosswalk / リワインド」収録曲)も正統派のしっとりしたポップスだったので、そういう路線でいくのかなと思ってたんだけど……わりと一筋縄ではいかないスタイルに(笑)。
──福田さんはソロアーティスト・鈴木みのりのプロジェクトを始めるにあたって、どのような構想を持っていたんですか?
福田正夫 僕はワルキューレのプロデューサーでもあったので、ソロをやるときは1人ひとりが異なることをやっていたほうがいいだろうなとは考えていました。それぞれの個性に見合ったプロデュースをしようとしたときに、みのりちゃんの場合は「マクロスΔ」で演じていたフレイアが元気娘みたいなキャラだったので、鈴木みのりも同じく元気に、みんなを笑顔にするようなイメージは踏襲しようと。ただ、彼女と触れ合っているうちに「あ、人と違うことがしたい子なんだな」というのがわかってきて。音楽的な部分もキャラクター的な部分も含めて、人と同じじゃない、自分にしかできないことをやりたいという意思をすごく感じたんです。ワン&オンリーの世界を突き進むべきなんだろうなと思って、じゃあ「なんでもできる子」にしよう……と考えているうちに、小坊主にしてみたり(笑)。
──1stアルバム「見る前に飛べ!」(2018年12月発売)はまさに「なんでもできる子」を実践するかのようにバラエティに富んだアルバムでしたけど、リード曲が「ヘンなことがしたい!」で、ミュージックビデオでは寺の小坊主になるという。振り切りすぎですよね(笑)。
福田 ちょっと振り切りすぎましたかね(笑)。
──鈴木さんは実際に「人と同じことはしたくない」という意識を持っていたんですか?
鈴木 はい。声優でアーティストとして最前線で活動されている方たちは、皆さんそれぞれに自分だけの武器を持っていて。じゃあ私にとっての武器はなんなんだろう?と考えると、かわいさや若さをアピールするのもしっくりこないし、歌を歌う以上はうまいのは当然のことだし……だったら私は、みんながやらないようなことを、低いハードルでやりますよみたいな(笑)。低いハードルというか、NGのラインを低くしていろんなことに挑戦したいなって。
──鈴木さん自身から「こういう音楽がやりたい」という希望はあったんですか?
鈴木 福田さんは「もっと自分の希望を言っていいんだよ」と言ってくださるんですけど、そもそも私は真綾さんや中島愛さんの音楽が好きで、要するに好きな音楽が「福田さんが関わられていた音楽」なんですよ(笑)。だから自分の意見をプラスしなくても、もうすでに“好きな音楽”みたいなところがあって。
──「こういう曲が歌いたい」という希望は?
鈴木 バラードとかゆったりした曲が好きだから、ざっくりと「おとなしい、静かな音楽がやりたい」という気持ちはあって、ワルキューレで歌っているようなアップテンポな曲に若干の苦手意識があったんですけど、ワルキューレの活動を通して逆にそっちのほうが私らしいというか、フレイアの元気な感じが合うと言われるようになったんです。それで「私がリスナーとして好きなものが必ずしも自分に合うとは限らない」と、いい意味で思うようになって。自分が好きなものに偏りすぎちゃうと、自分の可能性を狭くしちゃうのかなと思って……こだわりはあるんですけど「絶対にこうじゃなきゃ嫌だ」というのはないです。
──なるほど。じゃあソロを始める前のぼんやりとした青写真としては、どちらかというとアコースティックでオーガニックなものを想像していた?
鈴木 そうですね。
──その前提を考えると、1stアルバムの混沌とした内容がさらに味わい深くなりますね(笑)。
鈴木 オーガニックな人は坊主のカツラかぶらないですもんね(笑)。
鈴木みのりの“素材の味”は?
──2ndアルバム「上ミノ」は鈴木さんの“素材の味”を最大限に引き出すことを主題に作られたそうですが、福田さんと北川さんが考える鈴木さんの“素材の味”の特徴をどう捉えていますか?
北川 僕が最初に提供した「Crosswalk」は王道的なポップスでしたけど、そのあとに観た大きなフェスでネギを振りながら暴れてたから「あれ、そういう感じだったの?」って(笑)。やらされてるんじゃなく率先して暴れてる感じだったし、アルバムが出たら坊主になってるし。でも根っこには歌のうまさがあるので、どういう表現であっても歌は外さないというのがわかっているから、いろんなことができるんです。
福田 声に特化したところで言うと、確かに本人が好きなアコースティックな曲が合うんですよ。でも、アーティストは声だけじゃなく、キャラクターなどいろんな要素があって形作られるものだと思うので、1stアルバムは「鈴木みのりのカタログ」というか、あんなことからこんなことまで表現できますよ、というのを見せたかった。北川くんや堂島孝平くんがいればダンス☆マンもいて、南佳孝さんもいればやなぎなぎさんやsasakure.UKもいる。
──坂本真綾さん、中島愛さんをはじめとする福田さんが手がけてこられたアーティストの作品でおなじみの作家も多く参加していましたけど、ボカロ系の作家さんがいたのは意外でした。
福田 僕がこれまで触れてこなかったボカロPにも入ってもらったのは、本人発信のアイデアを受け止めてのものなんですよ。結果“いろんな鈴木みのり”は1stアルバムで受け取ってもらえたかなと思ったので、2枚目3枚目4枚目とこれから出していくことを考えたとき、2枚目は“いろんな鈴木みのり”の中から、音楽的に上質な部分を見せたいと思ったんです。ただ、焼肉に例えると、必ずしも特上が上よりうまいかというと、そういうことはないわけで。もしかしたら並のほうがうまいと感じるかもしれない。次のアルバムでは全然違うことをするかもしれないし、「この子、次は何をしでかすんだろう」みたいな楽しみがファンの中で湧いてくれたらと思うんですよね。
──2ndアルバムの発売が決まったとき、鈴木さんは「1stアルバム発売&1stツアー開催後、いろんな気持ち、人、考え方と出会って、私は大きく変化したと思っています」とコメントしていますよね(参照:上質な鈴木みのりが“しお”と“タレ”で味わえる2ndアルバム「上ミノ」)。具体的にどのような変化があったのか聞かせてもらえますか?
鈴木 私が坂本真綾さんを好きになったのは、真綾さんが書く歌詞が、自分の身の回りで起こる出来事にすごく寄り添ってくれる感覚があったからなんですね。歌詞を声に出すと、自分の言葉のように感じられて。なので、自分が歌を歌うときも「私はこういう気持ちでこの曲を歌っているから、今の私はこういう心情なんだ」と理解して、自分の思いをしっかり届けることが大事だと考えていたんです。そのあと1stアルバムを出して、1stツアーを経験したときに、自分に関わる人がすごく多くなったと感じたんですね。声優としても、同世代の女の子と出会う機会がすごく増えたし、音楽面でもアニソンアーティストさんだけじゃなく、幅広い世代の方と出会ったことでいろんな考え方を持った方がいると知って、視野が広がりました。そのうえで自分との向き合い方を改めて考えたし、自分がやっている仕事は誰かの人生に寄り添う仕事なんだなという実感が持てました。
──同じ「誰かに寄り添う」でも、いろんな考え方を持った人がいる中でどう届け、どう寄り添うかを考えるきっかけになったと。
鈴木 はい。レコーディングでは「自分と歌詞の1対1」みたいな向き合い方だったんですけど、作ってくださった方の思いをより深く考えたり、音の在り方をより意識して歌うようになりました。
──それって“成長”と言えるものだと思うんですけど、お二人から見てもそれは感じますか?
北川 急に歌い方が変わるようなこともないし、全然違う人になった!ということはないけど(笑)、ツアーでは1本終えるごとに「もっとこういうふうにしたい」という話をして、本数は少なかったもののファイナルに向けて少しずつ変わっていったんですよ。きっと、ファンの皆さんの前に立ったことで心持ちが変わっただろうし、それを体験したことでいろいろ考えたんだなというのは伝わってきます。
福田 20代前半の人が「私、1年前より成長したかもしれない」と思うことって、本人にとっては階段10段ぐらい上がったような感覚があると思うんだけど、50過ぎのおっさんから見ると(笑)、それもほんの1歩か2歩なんですよね。これから着実に、1歩ずつ成長していければいいと思いますね。
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「ミノリンピック」が「上ミノ」に