音楽ナタリー PowerPush - 鈴木雅之
“ソウルレジェンドの辞書”に見る35年の物語
DISC 2、3 ボーカリスト・鈴木雅之
ソロになる時期はどうやって決めたのか。鈴木は、そんな質問に「メンバーそれぞれの自立の目処がついたから」と言った。バンドからソロになるアーティストは多い。でも、彼のようにメンバーそれぞれの活動を見届けてからソロになるという例はあまり知らない。彼のこの答えに、鈴木が今でもメンバーから「リーダー」と呼ばれ慕われている理由の一端を見たように思った。鈴木のソロ1作目は1986年2月26日発売のシングル「ガラス越しに消えた夏」だ。シャネルズのデビュー作「ランナウェイ」の発売日が2月25日。その“翌日から、新しい一歩を踏み出す”という見事な符号。つまり“物語”は続いている。
DISC 2、3を聴いていて改めて湧いた素朴な疑問があった。それは、シャネルズ、ラッツ&スター時代にあれだけ曲を書いていた彼が、なぜソロになって書かなくなったのかということだ。「ボーカリストに徹しようと思った」というのが彼の答えだった。「ボーカリスト」と「シンガー」の違いを考えたことがあるだろうか? 鈴木の説明はこうだ。「『シンガー』は1つのジャンルの歌を歌う人。『ボーカリスト』は、どんなジャンルの歌でも自分色に染められる人。楽曲のプロデューサーであるシンガーソングライターたちとがっぷり組むためにも、歌力に負けちゃいけないと思ったんです」。ボーカリストという肩書を背負うことは「固い決意だった」と言う。また彼は、楽曲制作を依頼するときに、プロデューサーに「お任せにはしない」と言った。自身がどうしてその人に依頼するのか、どんなイメージがあってなのか。それをプロデューサーと話すところから始める。「ガラス越しに消えた夏」を大澤誉志幸が書いたときのモチーフは「『Tシャツに口紅』の2人はどうなったか」だったのだそうだ。あの歌の中の“泣かない君”と“泣けない俺”のその後の物語が「ガラス越しに消えた夏」だったと、彼への取材で初めて知った。レーベルメイトの大澤、アマチュア時代から親交のある山下達郎、鈴木が中学時代にオフコースの「群衆の中で」を買って聴いていたという小田和正──。一見意外に見えたかもしれない、ソロになってからのプロデューサーの顔ぶれの幅。彼らシンガーソングライターとのコラボレーションは、鈴木にとっては組むべくして組んだという必然的なものだった。「小田さんの世界に行くのではなく、小田さんを俺の中に取り入れたい。俺の中に入れば小田さんの曲もブラコン(ブラックコンテンポラリー)になる」という鈴木の言葉は彼のボーカリスト宣言に聞こえた。
日本のポップミュージックは、今もティーン中心に回っている。酸いも甘いも噛み分けた大人のラブソングは多くない。彼のディナーショーのタイトルにもなっている、DISC 2に収録の「プライベート ホテル」は、彼の代名詞「ラブソングの帝王」の発端になった曲だろう。それも「Guilty」をプロデュースした山下達郎の「ボーカリストなら不倫を歌うべきだ」という言葉から始まったのだそうだ。ときには世間から後ろ指を指されるような危険な出会いと知りつつ落ちて行くような狂おしい恋もある。DISC 2、3には、ボーカリストだからこそ表現できる劇的な楽曲群が凝縮されている。
鈴木雅之の中にはどのくらいの音楽体験が蓄積されているのだろうと改めて思う。ソウルやR&Bの音源のマニアックなコレクターでありつつ、中学高校のときはハードロックバンドでドラムを叩きながら歌っていた。洋楽だけではなく、日本のフォークやニューミュージックにも目が向いていた。ソロになってからの活動は日本語の音楽の再発見の旅のようでもある。洋楽と邦楽の違いを知り、それを使い分けつつ「ボーカリスト」を極めようとしている。そんな彼の思いがより顕著に現れているのがDISC3だろう。2011年3月11日の東日本大震災のあとにさだまさしに制作を依頼した「十三夜」と、この「ALL TIME BEST」リリースに際して新録された斉藤和義書き下ろしの「純愛」は、対をなす2曲のようにも聴こえる。僕らは、まだ彼の全貌を見てないのかもしれない。そして、彼の中にはまだ見せていない音楽や語っていないドラマが詰まっているのかもしれない。5月30日からは35周年のツアー「Masayuki Suzuki taste of Martini tour 2015 Step 1.2.3 ~Martini Dictionary~」が始まる。“Dictionary”を片手に会場へ、というわけにはいかないが、頭の中に詰め込んでから見ると楽しみが何倍にも増すはずだ。
来年の還暦……“STEP 3”には何が待っているのか。そのヒントも「ALL TIME BEST」に潜んでいるような気がする。彼は、「還暦以降の自分が楽しみだ」と言う。「Dictionary」とは辞書だ。でも、「Martini Dictionary」は、物語でもある。35年の間に生み出されたそれぞれの曲に込められた“縁の物語”。辞書がそうであるように、そこで何を解釈するかは、使う人次第なのかもしれない。
「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」収録曲
- ベストアルバム
「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」 - 2015年3月4日発売 / EPICレコードジャパン
-
初回限定盤 [CD4枚組]
4500円 / ESCL-4382~5
-
通常盤 [CD3枚組]
4000円 / ESCL-4386~8
DISC 1
- You'll Be Mine / ラッツ&スター
- ランナウェイ / シャネルズ
- トゥナイト / シャネルズ
- 街角トワイライト / シャネルズ
- 夢見る16歳 / シャネルズ
- ハリケーン / シャネルズ
- 涙のスウィート・チェリー / シャネルズ
- MAMMA / シャネルズ
- 憧れのスレンダー・ガール / シャネルズ
- サマー・ホリデー / シャネルズ
- 週末ダイナマイト / シャネルズ
- 涙でハッピー・バースデー / シャネルズ
- 星くずのダンス・ホール / シャネルズ
- め組のひと / ラッツ&スター
- Tシャツに口紅 / ラッツ&スター
- 星空のサーカス / ラッツ&スター
- 夢で逢えたら / ラッツ&スター
DISC 2
- ガラス越しに消えた夏
- Liberty
- ロンリー・チャップリン
- DRY・DRY
- Guilty
- 別れの街
- プライベート ホテル
- もう涙はいらない
- 出会えてよかった
- さよならいとしのBaby Blues
- 恋人
- 渋谷で5時
- MIDNIGHT TLAVELER
- 違う、そうじゃない
DISC 3
- 白夜~離したくない~
- きみがきみであるために
- 路(交差点)
- DUNK
- SO LONG
- Boy, I'm gonna try so hard.
- これから
- 君を抱いて眠りたい(2005 a cappella Version)
- Champagne
- 愛しているのに
- キミの街にゆくよ
- 十三夜
- 運命の人 ~Anytime You Need Me
- 純愛
DISC 4(※初回限定盤のみ)
- When We Are Made As One(A Cappella)(レアトラック) / 鈴木雅之
- Bad Blood(Live)1985 ラッツ&スター Live at 新宿RUIDO / ラッツ&スター
- Boogie Woogie Teenage(Live)1985 ラッツ&スター Live at 新宿RUIDO / ラッツ&スター
- SAY YOU, SAY ME(Live)1986.10 mother of pearl 1st Concerto at 札幌 / 鈴木雅之
- Do What You Do(Live)1988.9.21 Sexual Healing Vol.1 at Nissin Power Station / 鈴木雅之
- Are You Ready(Live)1989.3.24 Sexual Healing Vol.3 Part2 at Club Quattro / 鈴木雅之
- Our Love is Special(Live)1991.2.22 Anthology ~in the mood~ at 渋谷 ON AIR / 鈴木雅之
- クリスマス音頭(Live)1979.12.25 Christmas Live at 新宿RUIDO / シャネルズ with 大滝詠一
- Who Put The Bomp“In The Bomp Bomp Bomp”(Live)1979.12.25 Christmas Live at 新宿RUIDO / シャネルズ with 大滝詠一
- ベストアルバム「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」 / 2015年3月4日発売 / EPICレコードジャパン
- 「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」
- 初回限定盤 [CD4枚組] 4500円 / ESCL-4382~5
- 通常盤 [CD3枚組] 4000円 / ESCL-4386~8
Masayuki Suzuki taste of Martini tour 2015 Step 1.2.3 ~Martini Dictionary~
- 2015年5月30日(土)千葉県 君津市民文化ホール
- 2015年6月5日(金)北海道 札幌市民ホール
- 2015年6月10日(水)岐阜県 長良川国際会議場
- 2015年6月12日(金)宮城県 仙台市民会館 大ホール
- 2015年6月14日(日)青森県 リンクステーションホール青森
- 2015年6月18日(木)東京都 練馬文化センター
- 2015年6月21日(日)神奈川県 神奈川県民ホール
- 2015年6月23日(火)福岡県 福岡市民会館
- 2015年6月25日(木)新潟県 長岡市立劇場
- 2015年6月26日(金)富山県 新川文化ホール
- 2015年7月2日(木)埼玉県 大宮ソニックシティ
- 2015年7月4日(土)東京都 中野サンプラザホール
- 2015年7月5日(日)神奈川県 藤沢市民会館
- 2015年7月9日(木)香川県 アルファあなぶきホール
- 2015年7月11日(土)兵庫県 神戸国際会館こくさいホール
- 2015年7月12日(日)静岡県 静岡市清水文化会館マリナート ホール
- 2015年7月15日(水)滋賀県 びわ湖ホール
- 2015年7月17日(金)愛知県 愛知県芸術劇場
- 2015年7月20日(月・祝)大阪府 フェスティバルホール
- 2015年7月26日(日)長野県 ホクト文化ホール
鈴木雅之(スズキマサユキ)
1956年東京生まれ。1975年にシャネルズ(のちのラッツ&スター)を結成し、1980年にシングル「ランナウェイ」でデビューする。数多くのヒット曲を発表し、1986年にシングル「ガラス越しに消えた夏」でソロデビューを果たす。現在までに「もう涙はいらない」「違う、そうじゃない」「渋谷で5時」など、数々の名曲をリリース。2011年にはカバーアルバム「DISCOVER JAPAN」で第53回日本レコード大賞「優秀アルバム賞」を受賞した。2014年にはカバーアルバム第2弾となる「DISCOVER JAPAN II」を発表。大規模な全国ツアー「Masayuki Suzuki taste of Martini tour 2014 ~Step 1.2.3~」を開催した。2015年3月にデビュー35周年記念のベスト盤「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」を発表。