鈴木愛奈|高みを目指して、憧れのステージへ

鈴木愛奈が11月18日に2ndシングル「もっと高く」をリリースする。

Aqoursとして活躍しながら、今年の1月にソロアーティストデビューを果たした鈴木。1月に1stアルバム「ring A ring」、9月に1stシングル「やさしさの名前」を発表し、今回が早くも3作目のリリースとなる。2ndシングルの表題曲は、鈴木が四葉幸与役として出演しているテレビアニメ「いわかける! - Sport Climbing Girls -」(以下、「いわかける!」)のオープニング主題歌。スポーツクライミングで頂点を目指す女子高生たちの物語をさわやかな楽曲で彩っている。

音楽ナタリーでは鈴木に初インタビューを行い、音楽的なルーツからアニソンシンガーを目指したきっかけ、新曲に込めた思いまでじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝 撮影 / 星野耕作

私、ランティスさんからデビューするから

──鈴木さんのデビュー前のエピソードとして、高校生のときに全日本アニソングランプリのファイナリストになり、それ以前は北海道内の民謡大会に出場しては優勝、もしくは入賞していたというのがあります。

はい、そうですね。

──そんな経歴を持つ鈴木さんが本気で歌手を目指したのはいつですか?

アニソンシンガーを志すきっかけになったのは、高校2年生のときに出場したアニソングランプリだったんですけど、もともと歌うのが好きというか、アニメとアニソンが大好きだったんです。5、6歳のときには「おジャ魔女どれみ」とかを観て主題歌を歌ったりしていました。

鈴木愛奈

──アニソングランプリに出ようと思ったのはなぜ?

高校1年のときに地元の千歳市から札幌市に引っ越したんですけど、引っ越したところにボイストレーニングスクールがあったんです。当時から「将来アニソンシンガーになれたらいいなあ」という曖昧な目標はすでにあったのでボイトレに通い始めたら、私の担当の先生がいろんなオーディションを紹介してくださって、その中にアニソングランプリがあったんです。それまでもいろんなオーディションを受けては落ちるの繰り返しだったんですけど、アニソンのオーディションというのは初めてだったので、すごく興味を引かれて。

──他方で鈴木さんは2014年に声優としてデビューしているわけですが、声優も同時に目指していたんですか?

はっきりとアニソンシンガーを目指す前、中学生の頃にぼんやりと「アニメに関わる仕事ができたらいいな」と思っていて、その中には声優という職業も含まれていたんです。でも、私は自分の声質では声優にはなれないと勝手にあきらめてしまって、歌一本に絞ったんです。それが、今の所属事務所のIAMエージェンシーに入ったときに、スタッフさんから「アニメにはいろんなキャラクターがいるけど、みんながみんな同じ声じゃつまらないじゃない。あなたは個性的で素敵な声を持っているんだから、恥ずかしがらないで」と励ましていただいて。そこでアニソンシンガーと声優の両方を目指すようになりました。

──そして2015年よりAqoursの一員として音楽活動を開始し、2020年1月にアルバム「ring A ring」でソロデビューを果たしましたが、もともとランティスからデビューするのが夢だったそうですね。

ランティスっ子だったんです。思い返すと、私が小さい頃から好きだったアニソンはランティスさんからリリースされていた楽曲がすごく多くて。だから私が高校生のとき、事務所の所属とかもまだ何も決まっていないのに「私、ランティスさんからデビューするから」とお母さんに言っていたぐらいで(笑)。

──お母さんはランティスを認識していたんですか?

はい。テレビでランティスさんのCMが流れたら「ほらほら、これ。めっちゃいいっしょ?」と私がしつこく言っていたので。

民謡は鈴木愛奈を知ってもらうための武器

──鈴木さんのボーカルのルーツは民謡にあると思いますが、なぜ民謡を習い始めたんですか?

鈴木愛奈

もともとは妹が先に民謡を習い始めたんです。妹が3歳ぐらいのとき、お祭りで歌われる北海盆唄を覚えたことがきっかけで、両親が「この子は民謡が好きなんじゃないか?」と。私の実家は飲食店をやっていまして、そこに民謡の先生がよく食べにいらしていたので、その先生に教えていただこうということになったそうです。当時、私は小学校に上がる直前ぐらいだったんですけど、歌が壊滅的にヘタで「ドレミファソラシド」の音階が変わらないレベルだったんです。なので両親が心配して、小学1年生になったときに妹と一緒に民謡教室に通うようになったんです。

──そこから道内の民謡大会にも出場する感じに?

小学校3、4年生ぐらいからちょっとずつ賞を取れるようになってきて、6年生で全道優勝したんです。当時は妹と一緒に「とりあえず北海道内で開催される全国大会を回ろうか」みたいな感じでした。

──大会の出場者からは「鈴木姉妹が来たぞ!」みたいに思われていたのでは?

どうでしょう? 「今日、あいつらいるな」くらいに警戒はされていたかもしれません(笑)。

──その民謡ベースの歌唱というものが役に立っていると感じることはありますか?

自分では気付いていなかったんですけど、私の歌は「コブシが入ってる」とよく言われて。それが普通のビブラートではない、特徴的な響きになっているというのを自覚し出してから、いろんな方に鈴木愛奈を知っていただくための武器になっていると思うようになりました。

──僕は「邪神ちゃんドロップキック」(主人公の邪神ちゃん役を鈴木が演じたテレビアニメ)の挿入歌「神保町哀歌」に衝撃を受けまして。

(笑)。アニメではなかなか聴かないですよね、ああいう歌謡曲っぽい感じの楽曲は。ファンの皆さんも話題にしてくださったようなので、すごくうれしかったです。

身動きが取れない状況は、自分を鍛え直すチャンス

──話を戻しまして、ソロでデビューするにあたって、理想とするアーティスト像みたいなものはあったんですか?

鈴木愛奈

これから声優アーティスト・鈴木愛奈としてどうありたいか、みたいな話はプロデューサーさんたちと最初にしました。私自身、中高生のときにアニソンにすごく勇気づけられていたというか、嫌なことがあったり傷ついたりしてしんどくなっていた自分をいつも励ましてくれたのがアニソンだったんです。なので、今度は私がアニソンに恩返しをする番というか、アニソンで皆さんを元気にしたい。そして、歌で人とつながっていきたい。そういうことをお話ししました。

──ちなみに学生時代に勇気づけられたアニソンとは、具体的には?

例えばGRANRODEOさんの「Can Do」とか。この楽曲は「黒子のバスケ」のオープニング主題歌で、私はスポーツに打ち込んでいたわけではないですけど、すごく共感できたんです。通学中にヘッドフォンで聴いて「よし、今日もがんばろう!」みたいな。

──ちゃんとランティス所属のアーティストの名前が挙がってよかったです。

(笑)。ここで違うレーベルさんから出ているアニソンを挙げていたら、変な空気になっちゃっていたかもですね。

──しかし、今年の1月にデビューした直後、いわゆるコロナ禍に見舞われてしまったわけですが、どういう心境で過ごされました?

1月にデビューして「今年はこういうスケジュールで動いていくよ」という説明も受けていて、もちろん不安もあったんですけど、それよりも「いろんなステージに立てるんだな」というワクワク感が優っていたんですね。ところが、3月頃からイベントがどんどん中止になっていって、6月に中野サンプラザで予定されていた1stライブも……やっぱり初めてのソロライブがなくなってしまったのはショックだったんですけど、逆にこれは自分を鍛え直すチャンスだと捉えるようになりまして。

──鍛え直す?

もし予定通り1stライブができていたとして「果たして皆さんが満足してくださるものにできただろうか?」とか「自分の理想とする歌に追いついていただろうか?」とか、そういうもどかしさを感じていたかもしれないと思うと、今の身動きが取れない時間をもっと自分を高める時間に充てられるんじゃないかと。そうすれば来年、もしくはもっと先になるかもしれないんですけど、いつかある1stライブがよりいいものになると思いながら過ごしていました。