ナタリー PowerPush - 砂守岳央(沙P)

異色ボカロP“沙P”の本当に異色なキャリアとサウンド

「片思い」というフレーズの持つ共有感

──詞に見られるように今の最大の関心事って恋愛だったりします?

砂守岳央(沙P)

さすがにそれはないですけど、ただなんていうんだろう……。「恋愛って単に恋愛じゃなかったりもしますよね」という気はしています。人間のいろんな感情を端的に切り取れる道具として恋愛って有効というか。例えば「仕事で悩んでて」とか「就活がうまくいかなくて」とか「受験がしんどいです」っていう、すごく個人的な感情を歌にするとなると状況説明だけで2コーラスくらい使っちゃうはずなんですよ。

──確かに就活が不調な状況を説明した上で、その苦悩を一般化したり聴き手と共有したりしようとすると、どれだけ紙幅が必要なんだって話になりそうですね。

なので実は音楽って個別具体的な事情や気分を表現するのには不向きだと思っていて。でも恋愛ってたいていの人が経験していることだから、例えば「片思い」ってフレーズを1回聴いたら、みんなが自分なりの片思いをイメージしてくれる。その上で物語を始められるから、言ってしまえば話が早いんです(笑)。だから聴いている人たちがそれぞれ今直面している壁や悩み、喜びみたいなものを恋愛という比喩に託してほしくてこういう詞を書いたっていう面はありますね。

マニアックと一般性のギリギリのライン

──一方サウンドデザインなんですけど、変拍子お好きですよね? 「ハッピーエンドジェネレイタ」や「ジェリーフィッシュ・ネオン」は……。

3(拍子)から4(拍子)になってます。

──で「覚醒ラブサバイバー」ではサビに入った直後のブレイクの休符に5拍使っている。

確かにブレイクが5(拍)になることが多いかも。それはたぶんプログレの影響ですね。なぜか友達にプログレ好きが多いので、その影響で昔からよく聴いていたので。ただ、難しすぎたりするのはポップスではやっぱりダメだなとは思っていて。マニアックと一般性のギリギリのラインは常に探ってます。

──そうやって言葉にもリズムにも繊細に気を配ってるけど、メロディはどれも“熱い”ですよね。バラードの「夕闇リフレイン」ですら本当に朗々と歌い上げていて。

曲を作ってる瞬間はテンション上がりまくってますから。「これだー!」みたいな感じで(笑)。ピコピコしたいわゆる「ボカロ曲」的なサウンドを中心には据えるんだけど、そればっかりでもつまらないから王道ギターロックの「オトギノート」もあれば、スウィングジャズっぽい「ジェリーフィッシュ・ネオン」もあるし、「夕闇リフレイン」みたいなバラードもあるっていう構成にしていて。一応アルバム全体のバランスみたいなものは冷静に考えたつもりなんですけどね。

小説は織物や編み物のようなもの

──「覚醒ラブサバイバー」の制作ってスムーズでした?

音楽のほうは。実は完全に僕1人で仕上げたのは「覚醒ラブサバイバー」1曲だけで、ほかの曲には仲のいいプレイヤーとか、いろんな方に参加してもらっていて。ありがたいことに僕の周りには僕の思惑を超えてくれる人が多いいんですよ。100%自分の色の作品を作るのではなくて、才能のある人たちにいい意味での歪みやノイズを加えてもらったおかげでキレイでエモーショナルなアルバムができあがったな、と思ってます。

砂守岳央(沙P)

──では小説版の執筆にはけっこう難渋しました?

一応スケジュール通りに原稿を渡していたので、たぶん電撃文庫の編集部の方からするとスムーズだったと思うんですけど、自分の中では(笑)。特に第1稿よりも第2稿を書くときに時間がかかりました。編集さんが僕の第1稿に対して「なるほどな」って思える意見をくれたんですけど、小説って織物や編み物みたいなところがあって。指摘された箇所をいじると全然関係なかったはずの章やページがこんがらがるんですよ。で、そこをいじると今度はまた全然違うところがこんがらがるという。これは一体何度書き直せばいいんだろう、と。

──あはははは(笑)。

しかも第1稿のときに一応自分の中で物語は成立しちゃってるので。「直せないなあ、これは」と立ち止まったこともけっこうありましたし、ラストシーンに向かう道筋は何パターンも作りましたし。ただその甲斐あってアルバムも小説もきちんとメディアミックス的な作品になった気はしてます。言葉をメロディに乗せられる音楽でのほうでは主人公たちのエモーションの部分を表現できたけど、さっきお話したように乗せられる言葉の数はどうしても少なくなるから、聴けば聴くほど彼らの状況やありようについて疑問が浮かぶと思うんですよ。そこは小説で丁寧に追いかけられたし、逆に小説では表現しきれない一段深い感情の部分は曲を聴いてもらえればわかってもらえる作りになったな、と思ってます。

──最後に素朴な疑問なんですけど、今回なんでニコ動での通り名である「沙P」名義ではなく、本名の「砂守岳央」名義に?

実は今までも本名を隠してもいなかったし、名字も名前も珍しいから面白いかな、って(笑)。

──軽いノリで(笑)。

あとは今回小説を書かせていただいたり、最近さらに自分のやっていることがどんどん広がっていってるんですけど、ある局面では自分のことを「沙P」と名乗っていながら、また別の局面……例えばニコ動で知り合った仲のいい友達なんかからは「砂守さん」って呼ばれてたりすると、僕のやっていることを全部追いかけてくれる人は混乱を招くなと思ったので、ちょっとまとめてみようかなと。今後も基本的にはこの名前で書きたいと思っています。ただ、気分屋なので先のことは分かりません(笑)。

ニューアルバム「覚醒ラブサバイバー」2013年12月11日発売 / FlyingDog
「覚醒ラブサバイバー」
初回限定盤 [CD+DVD] 2625円 / VTZL-70
通常盤 [CD] 2100円 / VTCL-60356
CD収録曲
  1. ハッピーエンドジェネレイタ
  2. 覚醒ラブサバイバー
  3. オトギノート
  4. 致死性恋愛症候群
  5. 初恋暴走アノマロカリス
  6. ジェリーフィッシュ・ネオン
  7. サイキックガール・ア・ゴーゴー
  8. 全力疾走ボーイミーツガール
  9. 夕闇リフレイン
初回限定盤DVD収録内容
  1. 覚醒ラブサバイバー(MUSIC VIDEO)
  2. 全力疾走ボーイミーツガール(MUSIC VIDEO)
  3. 初恋暴走アノマロカリス(MUSIC VIDEO)
  4. ハッピーエンドジェネレイタ(MUSIC VIDEO)
  5. サイキックガール・ア・ゴーゴー(MUSIC VIDEO)
砂守岳央(沙P)(すなもりたけてる(すなぴー))
砂守岳央(沙P)

1983年生まれの作詞家、作曲家、作家、シナリオライター、プロデューサー。私立武蔵高校から京都大学を経て進学した東京藝術大学大学院在学時となる2009年、沙P名義で同じく藝大の学生らとともに制作集団「ProjectTRI」を立ち上げ、自ら監督・脚本、イメージソングの作詞作曲を手がけたボイスドラマシリーズ「僕と少女と宇宙船」をニコニコ動画で発表。瞬く間にアクセス数を集め、2010年1月には同作の上映イベントが東京・アップルストア銀座で開催される。以降、ニコ動で人気の歌い手への楽曲提供やドラマCDの監督や脚本、アニメのキャラクターソングの制作、映画音楽など、幅広いジャンルで活躍。2013年3月には自身初となるボカロナンバー「覚醒ラブサバイバー」がボカロ再生数ランキング上位に輝く。そして以降「全力疾走ボーイミーツガール」「ハッピーエンドジェネレイタ」などさまざまな楽曲を立て続けに公開し、同12月には本名名義のメジャー1stアルバム「覚醒ラブサバイバー」をリリースした。メジャーデビューと同時に、同タイトルの電撃文庫「覚醒ラブサバイバー」にて作家デビューも果たす。