“どう受け取っても正解”な作品
──では、片岡さん自身の過去の思いを入り口に作ったんでしょうか?
片岡 初めはそうだったんですけど、“理想の自分に近付きたい”というマインドだったり、そこに向かって進んでいくときは、小学生も高校生も大人も同じ過程をたどるじゃないですか。そのことに気付いたときに、「みんなが共感できる、普遍的な歌になるな」と思ったんです。僕自身、今の自分が理想かと言えば、そうじゃないですからね。僕のことで言えば、もっといい音楽を作りたい、もっといいライブをやりたいということですけど、そうやって理想の自分に近付こうとする姿が美しいと思うんですよ。
小川 音楽を続ける中で、もがいている時間がすごく長かったんですよ。“なりたい自分”を目指してもがいている人は多いだろうし、たくさんの方にすんなりと受け入れてもらえる歌詞だと思います。他力本願ではなくて、自分自身の意思で前向きに進んでいく意思も感じられるし。
片岡 そのことを歌詞にすることで年齢という枠を取っ払えたんですよね。そういう考えに至ることができたのは、「MIX」をはじめとする、あだち充先生の作品の力だと思うんです。あだち先生の作品は世代を超えて愛されているし、“どう受け取っても正解”という広さがあるんですよね。あだち先生の作品のよさって、レコード会社の50代の人とも共通項を見つけることができるし、7歳の甥っ子とも話ができるところなんです。それは本当にすごいことだし、僕らもそういう音楽を作りたいなと。いろいろな学びがあった制作でした。
──なるほど。歌詞の中に「タッチ」「ミックス」というワードが入っていますが、これはアニメサイドからの要望ですか?
片岡 「タッチ」は要望があったわけではなくて、自分で入れました。「ミックス」は「できれば入れてほしいです」と言われたんですけど、それも僕のほうから聞いたんですよ。「もし思っていることがあったら、遠慮しないで全部言ってください」って。もしアニメのスタッフの中に「もうちょっとこうしてほしかったな」という思いがあるなら、それはいいタイアップとは言えないと思うんです。「このワードを入れてほしい」という希望があれば言ってほしいし、こっちとしても「どうやって入れようかな」と作家魂がうずくので。それを踏まえたうえで、sumikaとして腑に落ちる曲にすることが大事だと思っています。
幸せって何ですか?
──両A面のもう1曲、「Traveling」は心地よいバンドグルーヴが印象的な楽曲です。ポップな手触りの「イコール」とは好対照の楽曲ですね。
片岡 「Traveling」を作ったのは、「イコール」のだいぶあとでした。「MIX」のタイアップ曲だけでシングルにするのももちろん大アリだったんですが、「MIX」にインスパイアされて作った曲と、sumikaが0を1にして作った曲を両A面シングルにすれば、作品としての強度が高まると思ったんです。「Chime」のリリースツアーも始まっていたし、「イコール」と釣り合う曲を作るというのはいい意味で負荷がかかったというか、かなり高いハードルでした。
──制作はサウンドのテイストを決めるところから、ですか?
片岡 純粋に「今作りたいものってなんだろう?」という話からですね。シングルのリリースは6月だから、夏が始まる時期も意識していました。
小川 その中で「こういう感じでやってみよう」と狙いを定めて。
片岡 うん。夏といっても、テンポが速くてアッパーな感じではなくて、チルな要素を入れたかったんです。そのイメージでデモを作って、メンバーとやり取りしながらアレンジを組み立てて。
荒井 デモを聴いたときは、「音色勝負だな」と思ったんですよ。ブラックミュージックやヒップホップとか、そういう方向の音作りでアレンジしようと思っていたんですが、その後、片岡から歌詞が送られてきて。それを読んだら、曲の印象が全然変わったんです。1番の歌詞だけ読むと、ちょっと怖い感じじゃないですか(笑)。
──主人公は友達との旅行から彼氏と一緒に暮らしている部屋に戻ってきた女の子。シャワーを浴びていたら、明らかに自分のものではない髪の毛が排水溝に残っていて……という始まりですからね。
荒井 でも、最後まで聴けば、すごく純粋なポップスなんですよ。1番だけ聴くと「これからどうなるんだろう?」という怖い感じもあるんだけど、それは要素の1つであって、テーマ性はすごく身近だし、多くの人が心の中に抱えていることだと思うんです。相手に対する不安だったり、「幸せってなんだろう?」ということだったり。
片岡 突然降りてきた歌詞なんですよ。こういうことがあったとき、自分の中で消化しようとする人は多いだろうなと思うし、「今幸せだ」という人に対して、今一度「幸せってなんですか?」と聞いてみたい気持ちもあって。僕は不幸せというわけではないですけど……バンドもすごく楽しくて。でも、「僕は世界で一番の幸せ者だ」とは思わないし、自分の中で殺している感情もある。それが大人になるということかもしれないなと。
荒井 この歌詞で描かれているようなことって誰もが一度は考えたことがあると思うんですよ。歌詞を全部読んだら、「冷たいビートじゃないほうがいい」と思って、ドラムの音色も変えようと。
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