すくってごらん 百田夏菜子×尾上松也×土城温美|多くのこだわりと挑戦が詰まった劇中歌を語る

キャスト2人は劇中歌の数々をどう受け止めたのか

土城 松也さんはミュージカルにたくさん出ていらっしゃって、百田さんもももクロとしてアーティスト活動されているじゃないですか。全然違う歌を歌ってらっしゃる2人が、この映画の劇中歌たちについてどう感じたのか、個人的に興味があるんです。ミュージカルっぽいと思ったのか、ポップスとか今やってらっしゃる曲に近いのか、それともどこにも当てはまらないものなのか、どうなんだろうって。

尾上松也

松也 僕は初めて聴いたとき、全体的にミュージカルっぽいとは全然思わなかったですね。逆にミュージカルっぽい歌をやるのは嫌だなと思ってたんですよ。やっぱり日本のミュージカルに違和感を感じる人は多くて、それはもともと英語で作られている曲に日本語を当てているから無理が生じてきてしまうと思うんです。でもこの作品では鈴木(大輔)さんが曲を作って、土城さんが歌詞を書いてくださったから日本語で歌うことに対して無理がなくて、自分の中でしっくり来た部分がありました。その楽曲が物語の中でどう影響していくのかは、本を読んだり曲を聴いたりと、別々に受け止める中ではなかなか結びつかないところではあったんですけど、現場で歌ったときは違和感がなくてやりやすかったですね。いかにもな予兆から入って、曲の終わりも歌い上げるみたいなミュージカルっぽさもなく、曲と芝居の切り替え方が新鮮でした。

土城 百田さんは普段の歌と比べてどうでした?

百田 うーん……1曲1曲を聴いたときと、通して聴いたときの印象が全然違って。1つの曲だけをピックアップするとわかりやすいようで、わかりにくいというか。なんにでも当てはまるようで、当てはまらない気もする……そのあっち行ったりこっち行ったりする感覚が、映画を通してまとまっていくのが普段歌ってる曲と違って不思議でした。あと、メロディだけを聴いたときと、歌詞を含めて曲を聴いたときの印象も違って、やっぱり歌詞のパンチが強いんですよね(笑)。私、吉乃が参加していない曲で個人的に歌いたかった曲があって。香芝さんと明日香さん(石田ニコル演じる魅惑的なカフェ店員・山添明日香)が歌ってる「すれ違いのラブソング」が大好きなんです。気付いたら口ずさんでるですよ。

土城 いわゆるアーティストさんが歌う曲に似たポップさがありますよね。

百田 そうですね。でも、ちょっとしたミュージカル要素もあって、それが絶妙で。ここの香芝さんと明日香さんのシーンもすごく好きです。ちょっと大人な雰囲気を感じるんですよね。「すれ違いのラブソング」も映画の中じゃなかったら全然違うふうに聞こえると思うし、この作品の中だからこそより魅力的な曲になっているんだと思います。

土城 明日香ちゃんがソロで歌っている「今でも眩しくて」のリプライズになっているのも面白いですよね。

松也 リプライズするところについては、実はかなりミュージカルっぽいんですよね。

土城 あと、この曲の世界観にポップス的な要素があるのは、もう1人作詞で入っていただいたMio Aoyamaさんの影響が大きいと思います。私の脚本家としての歌詞と、曲に乗せる上で気持ちいい歌詞を監督のアイデアで織り交ぜていきました。

百田 それはキャスト陣についても同じで。ミュージカルをメインにやられている方ばかりじゃなく、いろんなジャンルからいろんな方がキャスティングされて、みんなで同じものを作ったから新しさが生まれたんだと思います。例えば、これが私含めみんなアイドルだったら、同じ曲でもアイドルソングに聞こえるだろうし、普段ご一緒する機会がない方々と新しいものを作れたのは楽しかったですね。

香芝は寅さん

──映画のエンドロールでは吉乃が歌う主題歌「赤い幻夜」が流れますが、監督によると、この曲で歌われているのは香芝が街から去ったあとの時間軸のことだそうですね。ぜひそのことについても話を聞かせてください。

土城 「赤い幻夜」はまさにその設定のもとで作っていきました。あまりしゃべるタイプじゃない吉乃が、実際は心の中で香芝のことをどう思っていたのか。それを全部は言わないけど、曲を通してニュアンスを伝えるとしたら、と考えて歌詞を書きました。香芝との時間って実は吉乃の中でこれぐらい大きいものになっていたんだ、全然なんでもなかったわけではなく、心が揺らめくような大事な時間だったんだ、ということをうっすら伝えられたらいいなと。

百田夏菜子演じる生駒吉乃と尾上松也演じる香芝誠。

百田 この曲を初めて聴いたとき、「えっ、けっこう揺らいでたんだ!」と驚きました。もし続編があるとしたら香芝さんに対して完全に気持ちが揺らぐこともあるんじゃないかって思うくらい、吉乃の中に2人の時間が深く刻まれていて。年を重ねても忘れることがないような、そんな大事な時間だったんだと思います。

土城 実はかなりいいところまで行ってたんですよね(笑)。

百田 だとしたら、吉乃は本当にわからなすぎる人だなって。すごく不思議な子です。なんだか切なくもなりますけど、この曲を通して本編で伝えきれなかった部分を想像してほしいです。私としても映画の本編以上に、香芝さんに気持ちを向けて歌っているので、そのニュアンスも伝わったらいいですね。

──改めて今振り返って、「すくってごらん」は皆さんにとってどんな作品になりましたか?

土城温美

土城 私、この映画を作っている間、ずっと楽しかったんですよ。監督は本当に細かいので、信じられないくらい脚本を何稿も出してるんですけど(笑)。「もっと違うパターンないですか?」と言われて1曲に対してもかなりパターンを出して、そこからセレクトしていって。でも、その作業自体に「どうなっていくんだろう……?」というワクワク感があったし、実際に歌や映像がつながっていったときに、そのワクワク感が嘘じゃなかったんです。自分で脚本を書いておいて変な話ですけど、映画を観て「ああ、楽しかった!」とこんなに思えたのはひさびさなんですよ。曲を楽しむだけでもいいし、映像のきれいさを楽しむのでもいいし、香芝と吉乃に共感して楽しむのでもいい。いろんな角度でいろんな楽しみ方ができる作品だと思います。

百田 私はヒロインを務めさせていただくのも、ピアノや歌が入っている映画に挑戦するのも、全部が初めての経験だったんですけど、別々にやってきた歌とお芝居が「すくってごらん」でつながって、新しいものを皆さんと作れたのは宝物のような出会いでした。これからも年を重ねていろんな経験をさせていただくかもしれないですが、この世界に戻りたくなるような作品というか。この映画を作っているとき、本当に幸せだったんですよ。いつ観ても新鮮に感じられる作品だと思うし、もしかしたら監督の頭の中に周りが追いついてきて、これがスタンダードになる時代が来るかもしれません。「すくってごらん」が時代とともにどんなふうに受け止められていくのか、すごく楽しみです。

松也 僕は何かチャレンジングなことをする人たちが好きで。この作品に対する僕のチャレンジングな意欲は脚本をいただいたときに始まったんですけど、今日お話を聞いたら監督と土城さんが僕のところに脚本を届けてくれるずっと前から、チャレンジが続いていて。それを僕と百田さんが受け取って、みんなの意欲がひとつになって、気持ちが同じ方向を向いている人たちが集まったからこそ生まれた作品なのかなと感じています。そういう作品って世の中に少ないと思うし、百田さんが今言ったように現場が本当に楽しかったんですよ。みんなが楽しみながら作って、未知の世界に飛び込んでいく空気感が居心地よかったです。それをひとつの形にできたのは、自分の俳優としての人生の中ですごく大きな経験になったと思います。それに、成長して何かを認めること、受け入れることで一歩踏み出せる大切さとか、いろんな要素がこの物語の中に入っている。だから何回観ても楽しめるんだと思いますし、今日話していて、香芝のやっていることってちょっとした寅さんだなと感じました(笑)。

土城 そうなんですよね(笑)。自分は幸せにならないっていう。

松也 相手に好きな人がいると「幸せになれよ」って言ってどっかに行っちゃう(笑)。日本人ってこういうのが好きなのかもしれないですね。

土城 もしかしたらそれは監督も考えていたかもしれませんね(笑)。

左から百田夏菜子、尾上松也、土城温美。
尾上松也(オノエマツヤ)
1985年1月30日生まれ、東京都出身。歌舞伎俳優。尾上松助(6代目)を父に持ち、1990年に「伽羅先代萩」の鶴千代役で初舞台を踏む。2009年より歌舞伎自主公演「挑む」を主催し、オリジナル公演「百傾繚乱」などにも取り組む。舞台「エリザベート」「新感線☆RS『メタルマクベス』disc2」に加え、ドラマ「さぼリーマン甘太朗」「半沢直樹」に出演するなど活躍の場を広げている。2017年に日本公開されたディズニーアニメ「モアナと伝説の海」では日本語吹替にも挑戦した。

ヘアメイク / PATIONN岡田泰宜スタイリング / 椎名宣光

パンツ¥30,800(イキジ / イキジ03-3634-6431)、ブーツ¥44,000(テイクファイブマイル / ノーネーム078-333-1341)、その他スタイリスト私物。

百田夏菜子(モモタカナコ)
1994年7月12日生まれ、静岡県出身。2008年に結成されたももいろクローバーZのリーダーで、担当カラーは赤、キャッチフレーズは「茶畑のシンデレラ」。女優としても精力的に活動し、2016年10月より放送されたNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」にてメインキャストの1人に選ばれた。映画「かいけつゾロリ ZZのひみつ」「ブラックパンサー」などで声優も務め、2020年11月公開の「魔女見習いをさがして」ではメインキャラクターの1人を演じた。

ヘアメイク / KINDチエスタイリング / 関志保美

浴衣¥78,000、細帯¥12,000、袋なごや帯¥18,000、帯締め¥9,500、かんざし¥6,800(すべて撫松庵。税込み価格)。帯留・下駄はスタイリスト私物。

お問い合わせ先は株式会社 撫松庵(03-3662-2630)。

土城温美(ドキハルミ)
1978年生まれ、兵庫県出身の脚本家、演出家。2016年にオムニバス映画「アニバーサリー」に脚本として参加したほか、ドラマ「ホクサイと飯さえあれば」映画「そらのレストラン」、Netflixのアニメシリーズ「攻殻機動隊 SAC_2045」、ミュージカルコンサート「I Love Musical」の構成、演出を手がけるなど、1つのジャンルにとどまらず幅広く活躍している。2021年10月には朗読劇「アルセーヌ・ルパン」(作・演出)の上演が、2022年には映画「カラダ探し」(脚本)の公開が予定されている。