菅原圭「sanagi」特集|初の全曲自作EPで描く思春期の不安や葛藤

菅原圭の2nd EP「sanagi」が11月6日にCDおよび配信でリリースされた。

“思春期”をテーマにした「sanagi」は、菅原にとって初のCD作品であり、初めて全収録曲の作詞作曲を手がけたEP。ゲストボーカルに2.5次元アーティストの長瀬有花、編曲にトラックメイカーのyuigotを迎えて制作されたポップな音像の「ピンクのチャック」やバンドサウンドを軸にした「不完全に恋」などの多彩な6曲が収録され、菅原のシンガーソングライターとしての魅力を堪能できる1作になっている。音楽ナタリーでは「sanagi」のリリースを記念し、菅原にEPの制作エピソードや今後の展望を聞いた。

取材・文 / 森朋之

私って曲作りが好きなのかも

──2nd EP「sanagi」は菅原さんがEPでは初めて全収録曲の作詞作曲を手がけた1枚ですが、制作にあたって、どんなビジョンがあったのでしょうか?

最初は「作曲家の方にお願いしたいな」と思っていたのですが、スタッフの皆さんとの話し合いの中で「菅原圭の自作曲だけで作ってみるのはどうだろう」という案が出てきて。そのときは「自分が作った曲だけで、聴く人は飽きないかな?」と思ったんですよ。菅原圭の曲だけしか入っていないフィジカルCDというのがピンと来なかったというか、似たような曲ばっかりになっちゃわないかなと。その時点でできていたのは「深香」だけだったのですが、「いろんなジャブを打っていかないといけない」という気持ちで制作に入りました。

2024年8月に開催された菅原圭のファンミーティング「菅原談話室 2024 ~人に慣れていこうの会 ~」より。

2024年8月に開催された菅原圭のファンミーティング「菅原談話室 2024 ~人に慣れていこうの会 ~」より。

──いろんなタイプの楽曲を作ろう、と?

そうです。アクティブな曲だったり、寝るときに聴いてほしい曲だったり、テーマを決めながら作っていって。制作期間は4カ月くらいだったんですが、似たような曲にならないように努力してましたね。これまではボーカリストとしての菅原圭というか、「こういう曲も歌えるんだ」という一面を見せたいという気持ちが強くて。今回はそれだけじゃなく、「こういう曲も書けるんだ」と思ってもらいたかったので、身の引き締まる思いがありました。

──“シンガーソングライター・菅原圭”を改めて提示するEPというか。

はい。例えばほかのアーティストにフィーチャリングゲストで呼んでもらって、「いいボーカルだよね」と言ってもらえることはあったのですが、ボーカルを抜きにしたところで「あなたの曲、いいよね」と言われた経験があまりなくて。歌に比べて、作詞作曲に対する自信がなかった………いや、ないわけではないんですが(笑)、自作曲だけの作品を出すのはどうなんだろう?と。でも、去年くらいから少しずつ意識が変わってきたんですよね。例えば歌唱を担当させてもらった「数分間のエールを」(2024年6月に公開された劇場アニメ)では、楽曲制作担当のVIVIさんやエンジニアさんとの話し合いだったり、ほかのアーティストの方々との交流を得て、新たな着眼点や考え方を少しずつ学ぶことができて(参照:映画「数分間のエールを」特集)。その中で作詞作曲に対する意識がちょっとずつ変わってきたんです。

──具体的にはどういう変化だったんですか?

以前は自分が歌うために曲を作っていたところがあったんです。最初は作詞作曲してくれる人と一緒にユニットで活動したいと思っていたんですが、その人が私のボーカルに飽きてしまったら、菅原圭として歌えなくなってしまう。そうならないために──つまり自分が歌い続けるために曲を書き始めたんです。でも、花澤香菜さんに「Circle」を提供させていただいたり(参照:花澤香菜×菅原圭インタビュー)、ゲーム「A3!」に「accord」を提供させていただいたりして、自分が書いた曲をほかの方に歌ってもらうという経験を経たときに、「私って曲作りが好きなのかも」と思い始めて。そういう変化の中で、「sanagi」の制作が始まったんです。EPを制作する中でもさらに私の心情が変わって、「こういう曲を作りたい」「あんな曲も作ってみたい」と前向きになっていきました。

テーマは思春期の葛藤や不安

──EP全体のテーマは“思春期”だそうですね。

「深香」を書いたときに「“思春期”というテーマはどうだろう?」と思って。学生の頃って「大人になったらわかるよ」「まだ子供だからさ」とよく言われていた気がするんですよ。そういうときの葛藤や不安を描けたらなって。大人になりかけの子供、成長の過程というイメージで、EPを「sanagi」と命名しました。学校という小さな社会、閉鎖的なコミュニティの中で感じること、例えば「好きだけど、これって恋愛なのかな?」とか「いい人なんだけど、嫉妬してしまう」という感情を曲にしていきました。

──そこには菅原さん自身の経験も反映されている?

いや、あまり反映はしてないですね。曲によって主人公がいて、オムニバス形式の小説のような感じで作ったので。自分が感じたことをそのまま書くのは苦手なタイプで、「こういうキャラクター、いいな」とか「こういう人って、こんなふうに考えそう」という書き方のほうがラクなんです。ただ、好みはあって。恋愛に悩んでる女の子や、失恋の物語が好きだから、内容が被らないように気を付けてます。

──収録曲について詳しく聞かせてください。「深香」は「先の不安がぬぐえなくて 夜を駆けたよ 深深と」というフレーズや、きらびやかなギター、疾走感のあるビートも印象的でした。

普段はサビのメロディと歌詞が一緒に出てくることが多いんですけど、「深香」を作った頃は、歌詞を先に書いて、メロディをあとから付けるやり方をしていて。まず歌詞を完成させて、頭からメロディを付けていきました。最初はサビのパンチがなくて、3回くらいやり直しましたね。アレンジはYK from 有感覚さんにお願いしました。「新たな菅原圭を作りたいね」という話をしていて、浮遊感あるシューゲイズとダンスロックと、そこに大人数のコーラスが重なって拓けるようなサウンドはどうだろう、と提案させていただいて。

──菅原圭の新機軸、という印象を受けました。切ないパワーにあふれたボーカルも素晴らしいなと。

ありがとうございます。映画「数分間のエールを」でご一緒した監督のぽぷりかさん、アートディレクターのまごつきさんからも「『深香』よかったです」とDMをいただいて。すごくうれしかったですね。

──2曲目の「onn」はネオソウル的な手触りのミディアムチューンです。

ゆったりしたテンポで、リズムに乗るような歌い方をしています。歌詞は、大人の男性に遊ばれてしまった女子高生が主人公なんです。ワルがカッコいいと思ってる女の子が25歳くらいの男と付き合って。別れたあと、「私は若いからちょっとくらい傷付けられても全然リカバリーできるけど、お前は来世までさらし者になって後悔すればいいよ」と思ってるという。復讐劇ですね(笑)。

──すごい設定ですね(笑)。おしゃれなサウンドとの対比も素敵です。

この主人公には、踊りながら歌ってほしかったんです。つらいとか、「キー!」と怒ってるというより、リズムに乗って、ちょっと笑いながら歌ってるというか。

──そして「September」はラップ的なパートや繊細なファルセットを含め、多彩なボーカルが楽しめる楽曲ですね。

「September」のアレンジは絶対にmaeshima soshiさんにお願いしたくて。以前から「ぜひ一緒にやりたい」と思っていたんですけど、ようやく叶いました。ちょっと感傷的なサウンド感や、学生ならではの未完成感も出ていて、すごくいいサウンドにしていただきました。歌詞は……例えば部活をやっている子が、「こんなに努力しているのに、私って才能ないんだな」と感じてしまうことがあると思うんですよ。そういうときに才能がある子に優しくされて、「素敵な人だな」と思う一方で、「この子と一緒にいると自分がみじめになる」という気持ちになることもあるんじゃないかなと。そういう感情も学生時代ならではで。大人になればそういう嫉妬のような感情を咀嚼できるようになるんだけど、10代の頃はそれができなくて、理不尽に感情が高ぶってしまう。その姿を描きたかったんです。

聴いていると眠たくなるような曲

──「ミラーボールになりたい」はR&Bのエッセンスを含んだチルなナンバーで、「私がミラーボールになったら 照らしたいよ 乙女の瞳」というフレーズがキャッチーですね。

ありがとうございます。オタクの友達と「彼の持ってるタバコになりたい」とか「あいつのスマホになりたい」みたいな話をすることがあって(笑)。「だったら私はミラーボールになる!」と思ったところから生まれた曲ですね、「ミラーボール」は。

──ライブでミラーボールが回ると、いきなりいい雰囲気になりますからね(笑)。

あと、聴いていると眠たくなるような曲にしたかったんです。最近は3分くらいの短めの曲が多いじゃないですか。私は寝るときに好きな曲をリピートして聴いてるんですけど、短い曲だと情報過多すぎて眠れなくなっちゃう。なので「ミラーボールになりたい」はあまり情報を詰め込み過ぎず、聴いてる人をゆったりと寝かすような曲にしたくて、アレンジをNaoki Itaiさんにお願いしました。ミックスの最中も超眠かったので、成功ですね(笑)。

──曲に込められた情報が多すぎると眠れないというのは、面白い視点だと思います。確かにゆったりと聴ける曲って最近少ないですよね。

そうなんですよ。繰り返し聴いてると「またこのフレーズ聴いてるな」みたいになって。時計の針の音がうるさく聞こえてくるような感じ。インターネットミュージックは3分尺の曲が多いんですけどね。

──インターネットミュージックの流行も気にしてますか?

けっこう意識してますね。曲の長さもそうだし、パンチラインというか、印象に残るフレーズを入れるようにしていて。「深香」だったら「夜夜」を繰り返していたり、「onn」の「君の副流煙で天使になったら」、「September」の「愛したいんだよ今夜セプテンバー」もそうですね。