隠居は先延ばしにして、全力で駆け抜けていこう
──さて、全10曲について触れたところで「実録小説 ヤグルトさんの唄」の話に。本書の起点は一時スガさんのブログで連載されていたヤグルトさんのエピソードだったと思うんですが、今回、なぜ改めて文庫本サイズにして、230ページものテキストを書き下ろし、CDに同梱したのでしょうか?
今回、「11曲目が小説」という言い方をしているんだけど、せっかく配信だけじゃなくフィジカルでもアルバムを出すのなら、CDにそれ相応以上の価値を生み出さなければ、と意を決したのが理由ですね。
──かなりの読み応えというか、はっきり言ってCDの同梱本としては常軌を逸した質量だと思うんですが。単体で出版という手は考えなかったんですか?
それも考えたんだけど、いろいろと手続きも大変だし、出版社を絡めると大ごとになっちゃうし。とにかくCDに価値を付けたかったわけだから、単体にしたら本末転倒だしね。そもそも、ここまでの量にするつもりじゃなかったんですよ。最初は「あまりに薄いと格好がつかないから、せめて100ページくらいはがんばりましょう」とスタッフに言われて、「大丈夫かな?」と思いながらいざ書き始めたら筆が勝手に動いて。というか、ヤグルトさんへの恨みつらみが止まらなくなって(笑)、結局3カ月にわたって書き続けてしまった……。
──文章力もさることながら、エイジレスな筆致も流石の村上春樹チルドレンぶりというか。
モロに影響を受けていますね。これならなんとか村上さんにも渡せる、と思う……(笑)。
──ヤグルトさんを中心とするスガさん一家やスガさんの幼少~思春期のエピソードが満載で、あの曲の原風景はこれだったんだと気付くような記述もたくさんあって。
自分で改めて気付いたり思い出したりしたこともたくさんあったので書いておこうと。狙った文体ではなくて、結果こうなった感じですね。自分の原風景は中学時代に移り住んだ東東京にあって、歌詞の中にも“下町シリーズ”をはじめ、山ほど出てくるので。
──そしてネタバレになるので詳細は避けますが、長年、実直に働かれて家計を支えてきた一方で、「お前は帝王切開で生んだ」と普通分娩だったのになぜか長年嘘をついていたり、スガさんから20万をかすめ取っておきながら、「あんたの世話にはならない」と言い放ったり、なかなかパンチの効いたお母様で……。
話を盛るのがいいことだと思っているというか、悪気がまったくないのがまた質(たち)が悪くて……これでもマイルドなんだよ。とてもじゃないけど書けないような話が山ほどあるから。
──かつてヤグルトさんはスガさんのデビューについて反対という姿勢でした。昔と今で、母子の関係性は変わりましたか?
まったく変わりましたね。僕の親父は負けてばっかりの人生だったんだけど、尊敬していたし、負け続ける親父の背中から人生観を学んだ部分も大きかったです。でも、おふくろからは別に何も教わっていなくて(笑)。自分と相容れぬ価値観のまったく違う生き物というか、デビューまではけっこうバチバチにぶつかってばかりだったし、親というよりも自分と並列な感じの存在だった。でも、親父が先に亡くなったことで、僕がちゃんとおふくろの面倒を見なきゃいけないなという姿勢になったし。
──この本、ヤグルトさんには見せたんですか?
表紙を見せたら、「これは私とあなたね……これ(父)は誰?」って。そういう破壊力のあるボケは本を書き上げる前に出してくれよと思いましたね(笑)。まあ、この本を書いてみて、改めて音楽同様に文章を書くのも好きだと思えたし、自分で言うのもなんだけど、ちょっと斬新な基軸の自伝になったと思います。二度は書けない内容なので、ぜひお買い求めください(笑)。
──さて、正直、今のところ傍からで見ていてまったくピンとこないのですが、スガさんもあと2年でデビュー30周年に。最後に今現在とこれからのご自身について思うことがあれば聞かせてください。
なんだろう……まあ物忘れがひどくなったとか、目が悪くなったとか、病気しがちだとか、疲れやすいとかはあるんだけど(笑)、音楽については今のところ創作力も瞬発力もまったく衰えていないと思っていて。なんなら、もっと深い地点まで潜れる気もするし、浅い地点でもちゃんと書けるし。ライブのパフォーマンスも、正直、今が一番いいんじゃないかと思うんですよ。僕、本当はちょっと前まで、創作的には50歳くらいで隠居するつもりだったんです。「THE LAST」(2016年1月リリース)というディープなアルバムもそのつもりで作った。でも、結局「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」や「イノセント」ができちゃったし、あとオリジナルアルバム1、2枚分はぶっちぎりで飛ばせるんじゃないかな。なので、隠居は先延ばしにして、全力で駆け抜けていこうと思います。
公演情報
スガシカオ「Shikao & The Family Sugar TOUR~Acoustic Soul~」
- 2024年12月9日(月)東京都 たましんRISURUホール
- 2025年1月11日(土)神奈川県 厚木市文化会館 大ホール
- 2025年1月13日(月・祝)石川県 金沢市文化ホール
- 2025年1月24日(金)北海道 Zepp Sapporo
- 2025年1月31日(金)山口県 下関市民会館 大ホール
- 2025年2月1日(土)大阪府 オリックス劇場
- 2025年2月14日(金)広島県 呉信用金庫ホール
- 2025年2月26日(水)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
- 2025年3月7日(金)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
- 2025年3月23日(日)福岡県 福岡国際会議場 メインホール
- 2025年3月29日(土)千葉県 森のホール21 大ホール
プロフィール
スガシカオ
1997年2月にシングル「ヒットチャートをかけぬけろ」でメジャーデビュー。「愛について」「Progress」など多数のヒット曲を世に送り出す。2017年5月に埼玉・さいたまスーパーアリーナでデビュー20周年記念イベント「スガフェス!」を開催し、怒髪天、UNISON SQUARE GARDEN、Mr.Childrenらと共演。2019年4月に11枚目のアルバム「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」をリリースした。2020年4月には桜井和寿(Mr.Children)と岡野昭仁(ポルノグラフィティ)が参加した、コロナ禍の医療従事者にエールを送る楽曲「あなたへ」のリリックビデオを公開。2021年12月には、翌年のデビュー25周年に向けたキックオフを飾る作品としてコンピレーションアルバム「Sugarless III」をリリースした。2022年3月には大阪・フェスティバルホールでデビュー25周年を記念したスペシャルライブ「スガシカオ 25th Anniversary Shikao & The Family Sugar Special Live」を開催した。2023年2月に12枚目のアルバム「イノセント」、2024年10月にコンセプトアルバム「Acoustic Soul 2014-2024」を発表。2024年12月から全国ツアー「Shikao & The Family Sugar TOUR~Acoustic Soul~」を行う。