コントロール不能のスガシカオの曲作り
──ここからは駆け足になりますが各曲に触れていければと思います。1曲目の「ゼロジュウ」はどういったイメージで作られたんですか?
今年に入ってから書いた、「ソウルと言えば」みたいな曲。僕の中でソウルと言えば、カーティス・メイフィールド、ビル・ウィザースの存在が大きいので、とにかくそういう曲を1つは作らねばと思って。要は、ビル・ウィザースの「Use Me」の感じを日本語でやろうと、森さんと研究しながらリフから作っていきました。今作は優しい歌詞が多くなったけど、この歌詞だけはちょっと心をえぐるような感じがいいかなと思いながら書きましたね。
──つまり曲先行というかアレンジ先行だったんですね。
あまり得意気にする話でもないけど、僕は「こういう曲を作ろう」と思っても、まずそこにたどり着かない。バラードを作ろうと思ってメタルっぽい曲になったりするから(笑)。ただ、今回はソウルというコンセプトもあるし、先に森さんと曲の基礎を固めて変な方向に行かないようにしていた。「Let's get it on」もそう。それでもデジタルロックみたいになっちゃって、アルバムに入れるかどうかみんなでさんざん揉めた曲もあったんだけど。
──なんでコンセプトを決めた当人がテーブルをひっくり返すんですか?(笑)
だから自分じゃコントロールが利かないんだって!(笑) 僕的にはソウルを作ったつもりだったんだけどね。
──2曲目の「Let's get it on」の歌詞で描かれている“君”は、9曲目の「6月9日」と同じ“君”ですか?
そうですね。「6月9日」は、“君”である彼の訃報を受けて6月12日に書いた曲です。RCサクセションの「ヒッピーに捧ぐ」じゃないけど、こっちのどうにもならない感情をぶつけるような曲になっちゃって。
──SNSでも投稿されていましたが、去る6月9日、スガさんの独立後から直近までのライブ制作を支えられてこられたスタッフの方が惜しくも急逝されて。
健康で真面目一徹なやつでした。前日までなんともなかったのに、血管が破れて、俗に言う“ぽっくり”というか、突然死でね……僕、葬式で弔辞を務めたんですよ。そのときにはもう彼の曲を書こうと思っていたから、弔辞でも「あんたの曲を書くからね」って言ったんだけど、いざ書いてみると、あまりに直近すぎて、かなりプライベートで痛々しいばかりの曲になっちゃったんです。「悲しい」だけじゃしょうがないよな、と思い直して……その後、少し気持ちが落ち着いてくると、残されたご家族や僕らも含めて、大切な人を失ったことに対してどう向き合うべきなのか、ちゃんと歌にしてメッセージにして送らなければという気持ちになり、ようやく「6月9日」とは対照的な「Let's get it on」を書きました。
母は未聴の「ヤグルトさんの唄」、未来のリスナーに託した「あなたへの手紙」
──「ヤグルトさんの唄」は、スガさんの実母、通称ヤグルトさんに宛てた曲です。同名の同梱本についてはのちほど伺いますが、この曲を書いた動機は?
おふくろは今90歳で、この曲を書いた当時は87だったんですが、病気をいろいろと患っていて足も不自由なので、自分が現役のミュージシャンであるうちに、母親への感謝の曲を1曲だけ作ろうと思ったのが動機でしたね。オリジナルアルバムに入れるのはこっ恥ずかしかったんで、「Acoustic Soul2」の中にこっそりと混ぜていた。でも、今回はエッセイもあるし、改めてちゃんと入れておこうかと。
──ちなみにこの曲、ヤグルトさんは聴かれたんですか?
聴いていないと思う。書いたことは伝えたけど、直接聴かせたりはしていないし。ヤグルトさんの友達か誰かが聴かせている可能性はあるけれど。
──4曲目の「発芽」については?
いわゆるAOR、シティポップですね。まさに僕より若いメンバーで弾いているので、ちょっとネオソウル寄りのサウンドで。
──歌詞の色気といい、舞台装置としてのキンモクセイの使い方といい、流石の1曲だと思います。
ありがとうございます。なんてことはない歌詞だけど、自分でもすごく好きです。
──「あなたへの手紙」は、医療・介護・保育・ヘルスケア業界に特化した求人・転職サービス「レバウェル」のCMタイアップ曲で、人を守ることや救うことについての思いが描かれています。
30代の頃はその年代でしか書けないような曲をいっぱい書いたし、今は50代後半でしか書けない曲を書いてやろうという開き直りがあるんです。それだけ自分が歳を重ねたんだと思うし、そこであえて若者ぶろうとも思わない。正直、「あなたへの手紙」って、若いリスナーが今聴いても、あまりピンとこないと思う。でも、いつか歳を重ねて、自分の時間と他人に使う時間の価値についてある程度わかるようになったら、きっと響いてくるんじゃないかなって。だから「手紙」にしたんです。例えば、僕だって20代の頃に三島由紀夫のインタビューを読んでもよくわからなかったけど、最近読み直すとピンとくることばかりで。なんだか、時を経て届いた三島からの手紙のようだなって思った。そういう意味で、いつか今の若い人に届いてくれたらいいなあと考えながら書きました。
──なるほど。とはいえ、スガシカオって異常に老けないですよね。性格も、音楽も。
そんなことはないよ? 体も弱いし(笑)。
──でも、本当の意味で老けたら「ゼロジュウ」のような曲は書かないというか、書けないと思うんですよ。
まあ、自分ではあまりよくわからないけど。昔ほど音楽を聴く人が多くない世の中になったし、ある意味すごく消費的に聴かれる時代になっちゃったから、今のリスナーだけじゃなく、未来のリスナーにも届いてくれたら、という気持ちは、前の事務所を独立して以降どんどん強くなりましたね。どこか未来のリスナーに託すような思いというか。
──そういう意味では、7曲目の「見る前に跳べ.com」は、まさに今現在の若いリスナーに宛てた曲ですね。
もともと雑誌「MUSICA」の企画で、マジシャン志望の男の子にインタビューをして書いた曲でしたからね。
──それにしても「見る前に跳べ」の後ろに、よくもまあ「.com」をつなげましたよね。
普通は大江健三郎の絶頂期の作品タイトルの後ろに.comなんて付けないよね(笑)。
──8曲目の「きみが好きです」は、“死ね”という言葉の使い方が素晴らしいですね。好きな相手に告白をしたあとの、あのどうしようもなく恥ずかしい気持ちの描写が秀逸で。
あの消えてしまいたい感じね。言わなきゃよかったー、みたいな。これはどうやって書いたのかまったく覚えていない。いつ書いたのかも覚えていない。ほとんど知らないうちにできていた感じ。“死ね”という強い言葉だけ切り取られると困るんだけど、たぶん自分の中では自然とこういう言葉の置き方になったんだと思う。
──だからこそ「きみが好きです」というシンプルな言葉にすごみが加わるわけで。
ほとんど呪いだよね。中途半端なラブソングよりも、やっぱりこういうほうが自分にはしっくりくるというか。
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隠居は先延ばしにして、全力で駆け抜けていこう