スガシカオ|十字架から解き放たれた先に

スガシカオが4月17日にニューアルバム「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」をリリースする。

本作はスガ曰く「2度目のメジャーデビューアルバム」となった前作「THE LAST」以来、3年ぶりとなるオリジナルアルバムだ。テレビドラマの主題歌として先行配信された「遠い夜明け」を含む全10曲は、すべて本作のために書き下ろされた新曲である。

スガは今回、初めて“ある新しいアプローチ”を用いて制作に取り組んだ。強力なインパクトを放つアルバムタイトルは、彼が本作に注いだ意欲とこだわりと熱量の象徴と言っていいだろう。

今回の特集では、その“ある新しいアプローチ”に至るまでの経緯をはじめ、本作全体の構造や今後の展望までを、スガ自身にたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 内田正樹

「THE LAST」後に背負った十字架

──ご自身のSNSを通じて、まずはリリース日も告げず、「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」というアルバムタイトルのみを発表した際、“キタコレ”的なリアクションが多々上がりましたね。

もっと失笑されると思っていたのに、あんなにバズるとは思っていなかった。リツイート数がどんどん伸びていくのを見ていて怖かったもん。「いやいや落ち着けちょっと待て」みたいな(笑)。

──歌詞の中でもフレーズとして歌われているこのタイトルですが、これは歌詞を書いているうちに浮かんだのですか?

いや、だいぶ前にふと思い付いて、メモしておいたものでした。

──SNS上では「その通り!」「自分もです」といった類の声が多く上がっていた印象を受けましたが、決して「働きたくない」という歌詞ではないんですよね(笑)。

でも、今のところはまだほとんどの人がそう思っているでしょうね。「人間は働くためだけに生まれてきたんじゃない!」という曲だろうと(笑)。

──さて、本作は3年ぶりの新作です。アルバムの中身に触れる前に、1つ押さえておきたいことがあります。ご自身のもっともディープでドープな要素だけが抽出された前作「THE LAST」の完成後、スガさんは“燃え尽き症候群”を迎えていましたよね。そのあたりについてお話しいただけますか?

「THE LAST」は、プロデュースを手がけてくれた小林武史さんが「ポップミュージックはやらなくていい」「スキャンダル性とか、先の展開が読めない革新性とか、そういうものをやるんだ」と俺を焚き付けてくれたことで、あそこまで高い濃度になった。自分でもそういう方向を目指してはいたけど、俺1人だったらあそこまでハードにはならなかったと思う。でも、小林さんの要求にどんどん答えていくうちに、詞も曲も自分のキャパシティの遥か上の次元の作業を強いられていったので。

──そもそも前作はスガさん自身も、「“売れる”保証はしないが“名盤”は作る」と宣言されて制作に入ったアルバムでした。つまり小林さんがうまく煽ってくれたおかげで、自分で思っていた以上に十字架のサイズが大きくなってしまった?

そうそう。アルバムが完成して小林さんは去り、俺はその後、「スガフェス!~20年に一度のミラクルフェス~」やらアジアツアーやら1人アコースティックツアー33本やらと千本ノック状態の日々を過ごして、心身共に消耗し切ってしまうんですね。“燃え尽き症候群”というよりも、「THE LAST」の巨大な十字架を背負ったまま……。

──1人で荒野に取り残された、みたいな?

まさにそんな状態でした。じゃあ今後もこの重たい十字架を持って歩くべきなのか? いや、そんな十字架なんて捨てて、違う道を目指すべきなのか? でも違う道と言っても、それってどこにあんのよ?という。だから北を目指すかと思えばやっぱり東に行こうとするような試行錯誤を、去年の8月の終わりぐらいまでずっと繰り返していました。しかも何も浮かばないのに、「次のアルバムは10曲入り」とだけは自分で決めちゃっていた。「10曲って何曲よ? 俺、そんなに作れんの?」みたいな状態でしたね。

スガシカオ

聴いている人のことなんて、1mmたりとも考えたことなどない!

──そこからどうやって本作へ至るカムバックを果たしたんですか?

電車に乗っているときや道を歩いているとき、みんながヘッドホンやイヤホンで音楽を聴いているのを眺めながら、ふと、「みんなが出勤や登下校のときに聴いていい感じの気分になれる曲ってどう作ればいいんだ?」と思ったんです。それで作ってみたのが「スターマイン」でした。「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」は、だいぶ前からプロットだけはあったので、今回のアルバムの歌詞をちゃんと書いたのはこの曲が最初でした……俺、聴く人の顔とか、その人たちが暮らしている生活の風景を想像しながら曲を書いたのなんて、このアルバムが初めてだったんですよ。

──今まではほとんど意識したことがなかった?

ない! ほとんどどころかまったくなかった! 聴いている人のことなんて、1mmたりとも考えたことなどない!

──そんなドヤ顔で胸張って断言されても困るんですが(笑)。

だって基本的な考え方として、「自分をとことんストイックに追い込んでこんな曲ができました」までだと、俺の中ではまだアーティストとは呼べないんですよ。たくさんのリスナーに「いっぱい聴いてもらえました」という時点を迎えて、初めてアーティストはアーティストになれると俺は考えていて。でも、俺は「聴いてもらうため」に曲を作ってこなかった。それは、できあがった音楽をリスナーがどんな場面でどう聴いてくれるかについては、「皆さんにお任せします」という考え方で20年間やってきたから。

──なるほど。リスナーの顔やそれぞれの生活を思い浮かべながら制作を進めるという初のアプローチはどうでしたか?

なんていうか……誰かのことを考えて書くという意味では、ずっと純文学しか書いてこなかったやつが初めてラブレターの代筆をしました、みたいな感じかな(笑)。でも、そうしたら「スターマイン」からあとは次から次へと曲が書けた。しかも「THE LAST」のときと違ってまったく苦しくない。楽しいんですよ、曲を作るのが。「俺、ラブレターも意外と得意だったんだな」って(笑)。調子が乗ってくると変化球も投げたいといった遊び心も湧いてきて、去年のうちにほぼすべての曲が書き上がりました。

──スガさんは昔から一旦スロットルがかかると一気に書き上げますよね。

いつもはもっと速いし、歌詞は悩んで直すこともあるんだけど、それでも今回も月4本は書いていましたね。9月はほとんど書かなくて、10月と11月で8曲書いて。12月はもう作詞については手放していましたね。

──そこでは、前作における小林さんとの制作で得た経験は生かされているんですか?

そりゃあもう! 生かされているどころか一種のトラウマと言ってもいい。いや、あれは“調教”でしたね(笑)。意味もなく1番と3番の歌詞を同じにしない。制作のものすごく初期の段階で曲順を決めてしまう。アルバムに既発曲は一切入れない。俺の体には主にこの3つの小林イズムが叩き込まれていて、それは今回も大いに作用しましたね。俺自身、シーンの移り変わりでアルバムの意義も変わってきたので、どうせ出すならすべて新曲にしたほうがリスナーも喜んでくれるんじゃないかと思っているし。

──ちなみに現在のスガさんにとって、シングルとアルバムのそれぞれの意義とは?

シングルは広い裾野で初対面の人とも挨拶できる名刺代わりで、アルバムは俺の音楽を好きな人とより深くつながるためのツールかな。