音楽ナタリー Power Push - スガシカオ

剥き出しのアルバム「THE LAST」誕生

死の近くにいる作品が好き

──死生をめぐる歌という意味において「ふるえる手」と並んで大きな存在なのが、ガン闘病中の友人に宛てた「真夜中の虹」だと思います。アルバム制作中のスガさんに密着した「プロフェッショナル 仕事の流儀」の中でも、「真夜中の虹」の作詞に難儀している姿がフィーチャーされていましたね。

この曲の作詞は難航しましたね。結局、「こんなに悲しいことがありました」では歌詞にならないんですよ。でも、よくよく考えてみると、俺はドキュメンタリーとして歌詞を書いた曲はほぼないんですよね。ある出来事が1回終わって、自分の中でドキュメンタリーだったものが思い出に変換されたあとの言葉じゃないと歌詞にならないことに気付いたんです。

──興味深いので、そのあたり詳しくお聞きしたいです。

要は、ある出来事をドキュメンタリーとして言葉にしても、「ホウレンソウ」、要は報告、連絡、相談みたいなものにしかならないというか(笑)。

──なるほど。それは歌うべき言葉ではないと。

そうそう。だから、思い出になって初めて歌詞になるんだと思うんですよね。

──「プロフェッショナル」の中でもありましたけど、「ぼくのナメクジ色の心を 現実はメッタ切りにした」というラインを書けたことが突破口になったっておっしゃってましたね。

そう。出来事に直面しているときは自分の心がナメクジ色かどうかなんてわからないんですよ。あとから考えると、そのときの自分の心を言い表すのは「ナメクジの色」が一番フィットしているなと思って書いたんですよね。

──この2曲を筆頭にアルバム全体のテーマとして生と死と情念が大きく横たわってると思いました。

やっぱり俺が好きな邦楽のアルバムって、死の近くにいる作品なんですよね。すごく前向きなことを歌っていても、死の気配が常に流れてるようなアルバムに惹かれる。それは小説もそうで。わかりやすい例を出すと、村上春樹さんの「ノルウェイの森」にはずっと死が近くにあるじゃないですか。どんな場面が描かれていても。

──レコードを聴いてるときも、セックスしてるときも、死の気配が通奏低音のように流れてますよね。

そう。ビールを飲んでるときもね。死の気配がずっと後ろからついてきてる感じがすごく魅力的で。RADWIMPSの野田(洋次郎)くんの書く歌詞なんかも、3枚目のアルバム「RADWIMPS 3~無人島に持っていき忘れた一枚~」とか4枚目の「RADWIMPS 4~おかずのごはん~」の頃って、恋愛のことを歌ってる曲が多いんだけど、それでも死の匂いがあって。「なんでそんなに死と近いの?」って思うんですよね。今回の制作で自分もどんどんそういう傾向になっていって。そこで出会ったのが、このアルバムのジャケット写真を撮ってくれたインベカヲリさんなんですよ。この人の写真も常に死の気配が漂ってる。何を撮っても死が写り込んでる。その感じが強烈で。彼女と会って写真集を見せてもらったんですけど、その作品のタイトルが「やっぱ月帰るわ、私。」なんですね。

──「おれ、やっぱ月に帰るわ」はその写真集をモチーフにした曲だと。

そうなんです。写真集の衝撃がデカすぎて、見てから2日くらい具合が悪くなっちゃって。それで、あの写真集に写り込んでるものをどうにかして言葉にできないかなと思って書いたのが「おれ、やっぱ月に帰るわ」の歌詞なんです。だから、本気でエンジンがかかって暴走し始めたのはインベちゃんと出会ってからですね。

コンセプトは衝動や爆発が起きなかったときの言い訳

──インベさんとはどういう出会いだったんですか?

3カ月半くらいかけて探したんです、写っちゃいけないものを写しちゃう写真家を。結局、俺の歌詞もホントに書いちゃいけないものは書いてなくて。でも、なんていうか、それでも書いちゃいけないことが書かれてるような歌詞に聴いてる人はゾクッとすると思うんですよね。それは写真も同じで。ただ撮っただけで闇を写しちゃう人がいるんです。インベちゃんはまさにそういう写真家で。いろんな表現者がいるけど、やっぱり多くの人はコンセプトから作るんですよね。俺の考え方として、コンセプトというのはアートの逃げ道だと思うんですよ。

──というと?

スガシカオ「SUGA SHIKAO LIVE TOUR 2015 『THE LAST』」12月25日の東京・Zepp DiverCity TOKYO公演の様子。

コンセプトって衝動や爆発が起きなかったときの言い訳だと思う。だから衝動と爆発が起こってないのにコンセプトを立てたってアートには勝てない。アラーキー(荒木経惟)の作品も、あの人が衝動的にバババッと写真を撮ったら、それがそのままアートになるじゃないですか。このアルバムもそういうものにしないといけなかったんです。小林さんからもそういう助言があったし。「誰が聴いても“事件”が聞こえてこなきゃいけない」と。「一番大事なのは“事件性”だよ」って。

──小林さんの「J-POPにするな」という言葉にはそういう意味もあったんでしょうね。

そう。

──サウンドも型にはまらない、自由な曲ばかりですもんね。

うん。音楽制作においてもコンピュータの時代になって、そのへんの素人でも音楽制作ソフトを使ってカッコいい音源が作れちゃうんですよね。ピアノが弾けなくてもピアノアレンジができて、それを自動演奏で鳴らすこともできる。でも、やっぱりそういう枠の中にある音楽には驚きを感じない。そういう枠を超越して、スキャンダラスに飛び出るためにはどうしたらいいのかということを、アレンジ面ではすごく考えましたね。歌詞も、はみ出て、はみ出て、「何これ!?」って驚きを与えるものを示す。ドキドキさせる音楽という事件性ですよね。例えば(BPM)140くらいで組んだベーストラックを、98くらいのドラムトラックに当ててみるんです。当然、全然合わないですよね。ぐちゃぐちゃなリズムトラックになる。でも、それを延々と聴くんです。そうすると、200とか300小節くらいまでくると、ものすごくハマる瞬間が訪れるんです。「うわっ! 今の何!?」ってなるんですよ。その部分をサンプリングして、そこから曲をアレンジしたりね。

──面白いですね。

それってまさにはみ出てるけどカッコいい、という部分で。

──例えば「真夜中の虹」のような歌にヒップホップ的なトラックを当てて、ポップミュージックとして成立させていることも枠からはみ出ていると思うし。

うん。そこも違和感ですよね。この曲はずっとメロディにとらわれていて。歌詞も優しいメロディにずっと引っ張られていたんですよね。でも、例えばヒッキー(宇多田ヒカル)とか、すげえ悲しい、どマイナーなメロディなのに全然違うムードの歌詞を当てたりするじゃないですか。彼女は英語がネイティブだからというのも大きいと思うけど、その違和感が新しいなと思ったんですよね。実は前に「Festival」なんかもそういう意識で作ったんですよ。

Contents Index
スガシカオへの20のQ&A
スガシカオインタビュー
ニューアルバム「THE LAST」 / 2016年1月20日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
初回限定盤 [CD2枚組] 4104円 / VIZL-918
通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64498
完全生産限定盤 [CD2枚組+DVD+グッズ] 8640円 / VIZL-917
CD収録曲
  1. ふるえる手
  2. 大晦日の宇宙船
  3. あなたひとりだけ 幸せになることは 許されないのよ
  4. 海賊と黒い海
  5. おれ、やっぱ月に帰るわ
  6. ごめんねセンチメンタル
  7. 青春のホルマリン漬け
  8. オバケエントツ
  9. 愛と幻想のレスポール
  10. 真夜中の虹
  11. アストライド
完全生産限定盤 / 初回限定盤付属CD「THE BEST」収録曲
  1. Re:you
  2. 傷口
  3. Festival
  4. アイタイ
  5. したくてたまらない
  6. 赤い実
  7. 赤い実 Remix
  8. 情熱と人生の間
  9. 航空灯
  10. LIFE
  11. モノラルセカイ
完全生産限定盤DVD収録内容

「ぶらり途中下車しない旅 ~伊豆急行 語らひ編~」

スガシカオ

1997年2月にシングル「ヒットチャートをかけぬけろ」でメジャーデビュー。日常や時代の空気感を鋭く切り取る作品性や世界観で、世代を問わず幅広い支持を得ている。1stアルバム「Clover」から9thアルバム「FUNKASTiC」まで、これまでリリースしたオリジナルアルバムすべてがオリコン週間ランキングトップ10入りを記録。2011年に長年在籍していた事務所を離れて独立し、シングル「Re:you」「赤い実」、ミニアルバム「ACOUSTIC SOUL」を配信でリリースする。2014年5月に両A面シングル「アストライド / LIFE」をSPEEDSTAR RECORDSより発表し、メジャーシーンに復帰。2016年1月に約6年ぶりとなるオリジナルアルバム「THE LAST」をリリースした。


2016年1月20日更新