須田景凪特集|原点回帰を意識した連続リリース3作と曲作りの裏側を徹底解析 (4/4)

ボカロのよさを出すか、人間に寄せるか

──ここからは新曲のサウンドメイクについて具体的に聞かせてください。まずはバルーン名義の「ノマド」ですが、この曲は鍵盤の弾き語りがもとになっているんですか?

はい。「ノマド」は、先ほども言ったように東雲絵名をイメージして作ったんですけど、ギターがジャキジャキ鳴っている派手な曲より、ピアノを中心とした曲が合うだろうなと。そこにパワフルなドラムを加えることで、彼女の中で沸々と湧き出る気持ちを表現したかったんですよね。あとはシンセやストリングスなど、必要最小限の音だけを足しています。

──決して派手ではないんですが、すごく深いグルーヴがありますね。

「ノマド」のドラム、実はすごくテクニカルなんですよ。自分では絶対に叩きたくないくらい(笑)。分解すると「こんなことやってるのか」という感じなんですけど、ドラムを作り込んでるから、ほかに余計な音を入れなくても成立するようになっています。それも元ドラマーだからこその発想かもしれないですね。

──そういう楽曲の構成は、最初の時点で決めているんですか?

いや、ラフスケッチ程度ですね。あとは実際に音を重ねて、修正しながら作っています。「ノマド」のベースラインは、最初はシンセベースで入れていたんですけど、途中で「これだとおしゃれすぎるな」と思って、生のベースにしたんです。そうやって自分の中で思い浮かべているイメージに近付けていきました。

──なるほど。ボーカロイドの調声については?

ボーカロイドで曲を作る場合、“ボカロのよさを出すか、人間に寄せるか”の2パターンがあると思うんですが、自分は前者を取ることがほとんどです。ちょっとマニアックな話になっちゃうんですけど、ボカロで高い音程を作るときに、「一瞬それよりも高いピッチに行ってから下げる」というテクニックがあって。「ノマド」はそれを大げさにやってるんですよ。思い切りしゃくらせたりピッチを揺らしたりすることで、エモーショナルにしてるんですけど、それはボーカロイドじゃないとできないんです。そういう点においても、人間が歌うよさとボカロのよさは別だと思ってます。

執念で理想に近付ける

──須田景凪名義の「猫被り」のサウンドについてはどうですか?

今回の3曲(「ノマド」「猫被り」「無垢」)の中では、一番シンプルですね。1コーラス目は、ほぼギターと歌だけですから。実はそういうアレンジも初めてなんです。今までだったらパッドの音などを入れて補強していたと思うんですけど、それだと生々しさが出ない気がして。あと、この曲に限らず、歌詞のテーマと相反するようなサウンドを作るのも好きで。「猫被り」のサビは「ごめんね 私も私がわからないの」で始まるんですが、言葉の雰囲気とはまったく違うハイテンションで陽気なオケにしているんです。あえてチグハグな音を当てることで、キャッチーなポップソングになるように意識しているというか。

──なるほど。マーチング風のリズムもいい効果を生んでいると思います。

行進曲的なイメージですね。ドラムに関しても、細かいことをかなりやっていて。人間がドラムを叩くと、どんなにうまい人でも絶対にズレるじゃないですか。それを打ち込みで表現しているんです。これも小節ごとにゴーストノートの位置を微妙にズラしたりしていて。それはもうアレンジというよりプログラミングに近い作業ですね。エンジニアの方に聴いてもらったら、「これは執念だね」と言われました(笑)。

──「普通はここまでやらないよ」ということですか?

そういう意味だと思います(笑)。自分はそれを褒め言葉として受け取っているし、シンプルにうれしかったです。自分の頭の中にある理想に近付ける作業って、結局は感覚論なんですよ。でも僕はそういう作業が好きなので、すごく時間がかかるけど、まったく苦にならないし、ずっとやっちゃいます。

──「無垢」のアレンジやサウンドメイクからも、須田さんの強いこだわりが伝わってきました。

ありがとうございます。3曲の中では一番音にこだわっているかもしれないです。エスニックや和の雰囲気だったり、いきなりエレクトロ的なトラックに変化したり……。サンプル系の音も自分で把握できないくらい入ってます。いろんな音をつぎはぎして二胡のような音を作って、それに自分で打ち込んだストリングスを混ぜて、存在しない弦楽器の音にしてみたり。実験的なことをかなりやってる曲ですね。

──イメージに合う楽器がなければ、自分で作ってしまうと。

無限に試してますね(笑)。これも自分のルーツにつながるんですけど、ちょっと変わった音が入っている、ドキッとするようなサウンドの曲が好きだったんですよね。例えば、すごくカッコいいサウンドがいきなり止まって、カウベルが一発鳴るとか。自分が作る曲に関しても、そういう要素を必ず1つは入れたいと思っているし、特に「無垢」にはそれがふんだんに入っています。「今の音、なんだろう?」って巻き戻したくなるような仕掛けを入れているというか。

──「無垢」はギターのサウンドも特徴的だと思います。須田さんの“ギターブーム”の成果が出ているような……。

ありがとうございます(笑)。この曲のギターは、ギタリストの三井律郎さんに演奏してもらってるんですよ。自分で演奏したファイルを送って、それを自宅で弾いてもらって、さらにスタジオでリアンプして音源にしています。

──すごい工程ですね。どうして三井さんに弾いてもらったんですか?

三井さんには「ゆるる」の頃からレコーディングで弾いてもらってるんですが、めちゃくちゃうまいうえに、いろんなタッチを模写できる方なんです。「猫被り」のギターも三井さんですね。音作りにも時間をかけたので、ぜひギターにも注目して聴いてもらえたらうれしいです。

──本当に細部まで作り込んでるんですね。ちなみに須田さん、ライブで演奏することは考えてますか?

考えなくちゃいけないんですけど(笑)、曲の自由度が減るような気がして。制作中はあえて意識しないようにしています。5月のライブもそうですけど、リハーサルの段階で「あの曲はどうやって演奏しよう」と考え始めるという(笑)。ライブも好きですけど、肉体的な表現よりも音楽としての美しさを突き詰めたくなるんでしょうね。それは「自分の感覚をどこまで研ぎ澄ませられるか?」ということでもあるし、自分の中で固まってきたものを壊さなくちゃいけない瞬間もあって。それをずっと続けている感じですね。

──今も制作は続けてるんですか?

はい。ライブで新しい刺激をもらえると思うし、そのあとはまた違う方法論でやってみたくて。この1年は基本的に1人で制作していましたけど、フレデリックとのコラボみたいに、誰かと一緒に作ることで新たに生まれてくるものもあると思っているんです。共作という形をポジティブに捉えられるようになったし、今年はどこかのタイミングで、今までにやったことないようなコラボにもトライしてみたいです。

公演情報

須田景凪 LIVE 2022 “昼想夜夢”

  • 2022年5月6日(金)大阪府 オリックス劇場
  • 2022年5月14日(土)東京都 中野サンプラザホール

プロフィール

須田景凪(スダケイナ)

2013年より「バルーン」名義でニコニコ動画にてボカロPとしての活動を開始。代表曲「シャルル」はセルフカバーバージョンと合わせ、YouTubeでの再生数が1億回再生を突破。JOYSOUNDの2017年発売曲年間カラオケ総合ランキングで1位、年代別カラオケランキングのうち10代部門で3年連続1位を獲得し、現代の若者にとって時代を象徴するヒットソングとなっている。2017年10月、自身の声で描いた楽曲を歌う「須田景凪」として活動を開始。2019年1月、ワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルunBORDEより1st音源集「teeter」をリリースした。2021年2月にメジャー1stアルバム「Billow」を発表。同年11月にはフレデリックとのコラボ曲「ANSWER」をリリースした。翌2022年には3月から4月にかけて「ノマド」(バルーン名義)「猫被り」「無垢」の新曲3作を立て続けに配信。5月には東阪でのワンマンライブ「須田景凪 LIVE 2022 “昼想夜夢”」を開催する。

2022年4月15日更新