SPRINGMANの1stミニアルバム「SCREW」が4月10日にリリースされた。
2018年12月にバンドとして結成され、現在は荒川大輔(Vo, G)のソロプロジェクトとして東京を拠点に活動しているSPRINGMAN。初の全国流通盤となる「SCREW」には、キャッチーさに振り切った「カポック」、カントリー調の「雨降り休日」などの6曲が収録され、SPRINGMANの幅広い音楽性や、荒川の素直な思いが詰まった1作になっている。
音楽ナタリーでは荒川にインタビューし、SPRINGMANの歩みや影響を受けたアーティスト、「SCREW」の制作エピソードを聞いた。
取材・文 / 小松香里撮影 / 笹原清明
ソロのほうがしっくりきた
──3ピースバンドとしての活動を経てソロプロジェクトとしてSPRINGMANを始動したそうですが、ソロになってみてどうですか?
バンドを組む前は1人で路上ライブをメインに弾き語りをしていたのと、そもそも一人っ子ということもあって、1人で動くことは慣れていて。だから、ソロのほうがしっくりきています。
──バンド活動はご自身にとってどんな経験でしたか?
なかなか大変でした。どんな組織でもコミュニケーションが本当に大事なんだなと。僕が最初に「バンドでやりたい」と言い出した身なので、今思うと僕からメンバーに対して言葉をかけるべき場面があったのかなと思ってます。
──ソロプロジェクトになって、そういうコミュニケーションの問題は解消されたんでしょうか?
最初はそう思っていたのですが、結局1人で活動できるわけではないので、ソロプロジェクトだとしてもコミュニケーション力は必要だと気付いて。周りの皆さんの力を借りて、助けてもらいながら活動しています。もはや、1人になってよりコミュニケーション力が大事なんだなということを感じているかもしれない(笑)。でも、バンドのときより責任感は増しましたね。
──SPRINGMANという名前の由来はどこから来ているんでしょう? 「SPRINGMAN」というユニコーンのアルバムもありますが。
まさにユニコーンのアルバムからです。アメコミが好きなので、そもそも“なんとかマン”というバンド名にしたくて。当時のバンドメンバーと話し合ったところ、3人とも田舎者だったので“A COUNTRYMAN”というバンド名の候補が出てきて「それは絶対に違う!」と思ったりしながら(笑)、なかなかピンと来る名前を見つけられず。その時期、ユニコーンのアルバムをいろいろと聴き直していたら、「SPIRINGMAN」があることを思い出したんですよね。自分が大好きで尊敬しているアーティストのアルバムタイトルを付けるのは勇気がいることでしたが、結局SPRINGMANに決めました。
奥田民生の音楽が童謡代わり
──荒川さんが一番影響を受けているアーティストというと?
奥田民生さんです。母が民生さんのファンで、民生さんが新譜を出すたびにCDを買って、車の中でずっと流していたんです。僕が物心つく前からそうして聴いていたので、僕にとっては民生さんの曲は童謡のような感じというか、毎日観ていた「おかあさんといっしょ」と同じ感覚で。「なんで『アンパンマン』とか『ドラえもん』が好きなの?」と聞かれても、「子供の頃から当たり前に周りで流れてたから」と答えるのと同じ感じ。音楽活動を始めてから何かあるたびに考えるのは、民生さんならどうするかということです。親から影響を受けて同じ仕事に就く人と同じような感覚かもしれない。母がずっと民生さんの曲を聴いている環境で育ったことは本当にラッキーだなと思います。
──「民生さんがどうするか考える」とは具体的にどういうことなんでしょう?
自分がステージに立つ身になって、それまで無意識に曲を聴いていた民生さんの存在が自分の指標に変わった感覚があったんです。それ以降、「民生さんは音楽で何を伝えようとしてきたんだろう」とか、「なんでこの曲を作ったんだろう」ということを考えるようになって、どんどん民生さんの音楽の素晴らしさにのめり込んでいきました。
──初のミニアルバム「SCREW」も、随所に民生さんの影響が出ていますよね。
そう思います。意図しているところもありますし、無意識なところもあると思います。
──例えばどのあたりが民生さんを意識したところですか?
「右にならえ」という曲は今の自分と将来の自分に向き合った曲で、民生さんのことを想像しつつ自分の理想像を描きました。今は民生さんへの憧れでがんばれているけど、ずっとそれではよくないというか、自分を確立しなきゃいけないなと。あと、民生さんのギターフレーズをオマージュした部分もありますね。
──「SCREW」というタイトルにはどんな思いが込められているんでしょう?
父が自営業で機械のレンタルや修理を行っていたので、子供の頃から機械が身近にあって。父から影響を受けて、工業高校に進学して、大学も機械工学科でした。だから、ねじは僕にとって最初のおもちゃみたいな存在で、シンプルにカッコいいと思っていました。今回、初めてのCDをリリースするにあたり、自分の曲たちが、リスナーの生活のあらゆる気持ちや場所に寄り添えたらなと思ったんです。ねじはいろいろなところで使われていて、みんなの日常を支えている存在なので、ねじの使われ方と自分の楽曲がどう届いてほしいかという思いは通じるなと思って「SCREW」というタイトルにしました。
──ミニアルバム全体のコンセプトやイメージは何かあったんでしょうか?
僕はギリギリ、サブスクがない時代も経験していて。TSUTAYAでCDを5枚で1000円でレンタルしていた世代なんです。だから、ジャケットで借りるCDを選んで、曲を聴いてみたこともたくさんある。コンセプチュアルなアルバムも好きですし、まとまりはないけれど何かしらのイメージで押し切るようなアルバムも好きでした。今回はいろいろなシチュエーションで聴いてほしいと思ったので、それぞれ違う方向を向いている曲が入ったまとまりのない1枚にしようと考えました。
ユニコーンのたまアリ公演でライブのすごさを知った
──最初に作った曲が、ミニアルバムの中でラストに収められている「勤労」で、歌詞を完成させるのに1年ぐらいかかったそうですね。
そうなんです。この曲を演奏したいがためにSPRINGMANを3ピースバンドとして本格的に始動させたようなもので。ギターを買いに行った帰り道に、曲の断片がバッと頭に浮かんで作った曲ですね。でも、歌詞がなかなか完成しなくて、ライブでは1年ぐらいアドリブで歌ってました。音楽活動を続けていく中で、この曲のメロディに乗せて伝えたいことが少しずつ生まれてきてようやく歌詞が完成しました。
──ユニコーンのツアータイトルに「蘇る勤労」というのがありましたが、それは意識したんですか?
そうですね。僕が初めて生で民生さんを見たのがユニコーンの「蘇る勤労」のさいたまスーパーアリーナ公演だったんです。母に連れられて行ったんですが、隣で母が歓声を上げていて。若返ったような母の姿を見て、「ライブってすごいんだな」と思いました。そのツアータイトルも意識しています。
──「勤労」は日々の疲れや憂鬱がある中で、自分はどう生きようかということを歌っている曲のように感じました。
この曲は自分の正直な気持ちを歌にしました。僕はとにかく迷っている時間が多いんですよ。何時にお昼ごはんを食べようとかもそうですし、ドリンクコーナーでもパンコーナーでも、どれにしようかいつも迷う(笑)。もっと大きな人生の選択についてもだいたい迷ってますね。でもいろいろな音楽を聴いて、生きていく中で、最後には答えを見つけなきゃいけないと感じたので、「勤労」の中では“答え”を描いています。
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音楽を仕事にするということ