ナタリー PowerPush - 曽我部恵一
全23曲67分「まぶしい」の秘密
時間をかけて浸透していく作品もある
──自由に好きなものを作る、やりたいことをやるというのは、同時に選択肢が無限にあるということですよね。何をもってよしとするかのジャッジは難しいと思うんですが、そのあたりはどうでしょう?
でもまあ、結局その基準は自分なんだけどね。マーケティングもできないから自分が聴きたいものを作るしかない。自分がこんなにいいと思うんだから、ほかの誰かもいいと思うはずでしょって。本当にそれしかないんだよね(笑)。それに「こういうの作ったらウケるかな」って探りながら作ったものって胡散臭いし、聴いたらなんかばれちゃうじゃん。
──「こういうのウケるかな」という考えの人は、判断の基準が自分の外にあるわけですよね。
そうそう。俺は「自分はこれが好き! みんなも好きでしょ?」ってそれだけだから。
──でもこれが万人受けする作品かというと……(笑)。
あはは(笑)。
──自分はこのアルバムはすごくいいと思います。23曲というボリュームの必要性も感じるし、いわゆる“普通の歌”っぽくない曲もアルバムの世界を形作る大事な要素になっていて。でもそう捉える人って少数派なんじゃないかという気もしていて。
そんなことない、そんなことないって(笑)。まあ普通のポップミュージックのあり方とは違うかもしれないけどさ、時間をかけて浸透していく作品もあるじゃん。そういうのもいいかなって思うの。ゆっくり伝わっていくのも大事だって思う。リリースしたその週に盛り上がらなくてもいいんだよ。
──曽我部さん自身もこのアルバムはすぐにはわかってもらえないと思う?
すぐにワーッて広がるものではないかもね。それは正直まったくわからない。でもわかってくれる人、面白がってくれる人に徐々に伝わっていけばいいなと思ってる。
──そのスタンスは昔から変わりませんか? 例えばサニーデイ・サービスの頃とか。
サニーデイのときはホントに何も考えてなかった(笑)。ひたすら「いいもの作ろう」みたいなことしかなくて、それがどういうふうに受け止められるとか売れていくとかっていうのは一切考えてなかった。今20年くらい経って振り返ると、やっぱり口コミとかを中心にしてじっくり浸透していったのかなって思うけど。でも音楽って別にそれで全然いいし、逆にそういうのが自然だと思うし。例えば当時サニーデイのときに「24時」っていうアルバムがあったけど、あの作品は当時はちょっと受け入れがたい空気があった気がして。
──ゴツゴツとした作風で、ちょっと驚いた記憶がありますね。
でもなんか今になって「『24時』が一番好きです」って言われることは多くて。そういう伝わり方もあるのかなって改めて思ってるんだよね。
たっぷり戸惑ってほしい
──例えばこのアルバムを、ロックを聴き始めたばかりの小中学生が聴いたとき、どう思うんでしょうね。
わかんないね(笑)。
──すごく戸惑うような気がするんですけど。
いや、それはもうたっぷり戸惑ってほしいなってところもあるよ。だからやっぱりさ、芸術に触れるっていうのは、他人の心に直接触れることだと思うから。すごく危険なことだし、わけわかんないものだと思う。だからこそ、それを理解しようとする気持ちとか、感動する気持ちっていうのが、なんかもう人類の宝みたいなものだと思うんだよね。だから「これくらいだったら伝わるでしょ」とか「こういう気持ちはわかるでしょ」じゃなくて、「わかんなくてもいい。とにかくこれが俺なんだ」っていうことをまずは言わなきゃいけないんだよ。他人のことなんてわかんないもんだし、そんなすぐに「ああ、わかるわかる」ってなってほしくないもん。人が歌うとか生きるとかってなんなんだろうって思ってほしい。
──でも感情をわかりやすく切り取って共感を生むっていうことが、特にJ-POPのシーンでは……。
うん、主流だよね。あれはあれで大事なことだと思うんだけど。
──あ、そこは認めつつ、ということなんですね。
なんかさ、小学校で娘がバンドをやってて、今度親も参加して一緒にやりますみたいなのがあって、俺も歌うんだけどさ。
──えっ、なんですか、それ?
学校のクラブ活動みたいので子供たちがバンドやってるのよ。休みの日に音楽室とかで。
──バンドってロックバンド?
そう。ギター、ベース、ドラム、キーボードとか。で、楽器弾けるお父さんたちが講師やったりして。年に何回か発表会があって。まあ俺はプロだからなんかアレなんですけど(笑)。
──面白い学校ですね。
で、今回そのバンドの課題曲がGReeeeNの曲なのよ。で、聴いてみるとやっぱり歌詞とかうまいんだよね。
──なんていう曲ですか?
「遥か」っていう曲なんだけど、本当にね、完璧にマーケティングされた、あらゆる世代のあらゆる層の琴線に触れる最大公約数的表現になってるわけ。で、やっぱり俺もそのあらゆる層のうちの1人だから、なんとなく俺の琴線にも触れてくるの。
──子供でもわかる普遍的な表現ということですよね。
うん、そういう音楽を聴いて子供が感動したりすることって大事だと思う。だからそういう音楽やってる人は、それはそれで偉いなと思うんだよね。
──でも曽我部さんはそうやって幅広い層に感動を与えるようなやり方は選んでいないですよね。
そうだけど、でも別にそういうもののカウンターとしてやってるわけでもないよ。ただ自分の場合はあらゆる人を感動させようなんて思うと、個人的な、大切なところがなんだか曇っちゃうような気がして。自分が歌おうと思ったことをちゃんと歌えたかどうかっていうことのほうが自分にとってはすごく大事で、それをわかりやすくしたり過剰にしたりってことはしたくないんだよね。
» ロックには飽きた
収録曲
- 東京はひとりで歩く
- 汚染水
- ちりぬるを
- 純情
- ママの住む町
- 碧落 -へきらく-
- とんかつ定食たべたい
- だいじょうぶ、じゅんくん
- それはぼくぢゃないよ
- 工場街のシュウちゃん
- ホームバウンド、ホームバウンド
- あぁ!マリア
- ボサノバ
- 悲しい歌
- ハッピー
- 心の穴
- 夕暮れダンスミュージック
- 一年間
- 夢の列車(第二部)
- 高まってる
- パレード
- 坂道
- まぶしい
初回限定盤は3Dジャケット&3Dメガネ付き。
曽我部恵一(そかべけいいち)
1971年生まれ、香川県出身のシンガーソングライター。1990年代からサニーデイ・サービスの中心人物として活躍し、バンド解散後の2001年からソロアーティストとしての活動を開始する。精力的なライブ活動と作品リリースを続け、客演やプロデュースワークなども多数。現在は曽我部恵一BAND、および再結成したサニーデイ・サービスのメンバーとしても活動しており、フォーキーでポップなサウンドとパワフルなロックナンバーが多くの音楽ファンから愛され続けている。2004年からは自主レーベル「ROSE RECORDS」を設立し、自身の作品を含むさまざまなアイテムをリリースしている。3児の父。