SIRUP|この1年で明確になった伝えたいメッセージと音楽

SIRUPの2ndフルアルバム「cure」が3月17日にリリースされた。

前作「FEEL GOOD」からおよそ2年ぶりのアルバムとなる本作は、新型コロナウイルスの感染拡大が世界中を覆う中で制作された。R&B、ヒップホップをベースとした極上のサウンドプロダクションは、彼の盟友であるMori ZentaroをはじめYaffleや、イギリスのプロデューサー・ROMderful、韓国のプロデューサー・Slomなど国内外で活躍する気鋭のクリエイターたちが手がけており、前作以上に振り幅の大きな作品に仕上がっている。

一方、格差問題やLGBT、Black Lives Matterなど、コロナ禍でより顕著になった社会問題をモチーフにした歌詞は、前作EP「CIY」同様、強いメッセージが込められているが、決して誰かを糾弾したり排除したりするものではなく、包み込むような優しさを帯びている。

「2019年のライブ映像を観ていても、今の自分だったら絶対に言わないような、バイアスのかかった言い方をMCでしていた」とインタビューでも語っているように、日々アップデートを続けているSIRUP。そんな彼の「今」についてたっぷりと語ってもらった。また特集の後半には本作に参加した国内外のアーティストによるコメントを掲載している。

取材・文 / 黒田隆憲 撮影 / 笹原清明
スタイリスト / TEPPEI ヘアメイク / TAKAI

自分は“わかっていなかった側の人間”だった

──まずは、SIRUPさんが2020年という特別な年をどう過ごしたか教えてください。

2020年は、自分の身近にすべてあったことなのに、今までちゃんと意識できていなかったことを思い知らされたというか、知ってはいたけど、目を向けていなかったことが、めちゃくちゃ浮き彫りになった1年だったと思います。それは、例えば日本の貧困問題もそうですし、アメリカで起きたBlack Lives Matterも、LGBTについてもそう。いわゆる“一般的な家族”と呼ばれている人たちにも、“家族のあり方”にはめちゃくちゃレイヤーがあって、もはや“マイノリティ”のひと言で片付けてはいられなくなってきた。大袈裟な言い方でもなんでもなく、昨年の1年間は人生で一番いろんなことを学んだ年になりましたね。5年くらい過ごしたような気分……去年の初めの頃なんて「もう何年前の出来事だっただろう?」と思っています。

──ご自身の考え方もアップデートされましたか?

そう思います。例えば、2019年のライブ映像を観ていても、今の自分だったら絶対に言わないような、バイアスのかかった言い方をMCでしていたことに気付きました。自分は全然“わかっていなかった側の人間”だったんだ、と落ち込むことも多かったですね。逆に、リリックでは今までよりも言いたいことを明確に伝えられるようになってきて。それによって、歌もラップも変化していった気がします。新作のタイトルを「cure」にしたのも、これから世界中の人たちが向かう方向が、自分も含めてまさに「cure」(癒し、治療)だと思うからで、聴いてくれた人にとってもそういうアルバムになっていたらいいなと思っています。

SIRUP

──昨年、コロナ禍の中でリリースされたEP「CIY」は、現状に対する怒りが含まれた作品だと思ったのですが、本作「cure」はそれに比べると包み込むような優しさが感じられます。

確かに。「CIY」は世界中がコロナ禍になる前、なんとなく自分が感じていた違和感がものすごく高まっていた時期に作った作品だったんです。それが、たまたまコロナ禍で浮き彫りになった問題点、みんなが気付いた違和感とものすごくフィットして。基本的に自分は“怒り”がベースにある人間なので(笑)、そこから生まれる楽曲は以前から多かったんですよね。

──なるほど。

ただ、“怒り”を“怒り”のまま表現はしたくないし、それだと何も解決しないとは思っていて。自分の怒りはどこから来ているのか、どのレイヤーにあるものなのかをけっこう学んだんですよね。“怒り”って、自分にはどうにもできない感情だと思ってしまうんですけど、それを紐解いていく作業をするようになった。ただ誰かを憎むのではなく、そこにある構造を知って、「なぜ、その人がそうなってしまったのか?」について考えるようになり、それがきっと、おっしゃるような優しさにつながっているのかも知れません。

──今のお話の中にも出てきた“レイヤー”というワードは、本作収録の「Journey」でも「レイヤーに気付け / 裏や表じゃ語れない / ステージへ GO」と使っていますよね。その概念が、今のSIRUPさんの思考に大きな影響を与えているように思います。

そうですね。「理解できない」は、なぜそうなっているかわからないということじゃないですか。それって、レイヤーが違うところで話しているからだと思うんです。例えば、僕がやっている音楽はR&Bやヒップホップがベースにあるのですが、そこにもさまざまなレイヤーが存在していて。僕はスティーヴィー・ワンダーを聴いてブラックミュージックにハマり、ディアンジェロ経由でネオソウル界隈にどっぷり浸かって、ここ数年はチャンス・ザ・ラッパーなどゴスペルやジャズを内包した新しいヒップホップに触れているんですが、音楽はこういうレイヤーを楽しむカルチャーでもあるなと思うんです。

──確かに、多様性が求められる社会で生きていくうえで、レイヤーを意識することはとても重要だと僕も思います。

自分自身にも、とてもフィットする概念でした。

コロナ禍で海外アーティストとのコラボが増えた

──ちなみに、コロナ禍の中でどんな音楽を聴いていましたか?

自粛期間中は、PJモートンの「Gospel According to PJ」という、ピアノを主体とした1時間くらいのゴスペルアルバムをひたすら聴いていました。

──アルバム収録曲「Online feat. ROMderful」では、ステイホーム期間のことを歌っていますね。

結局のところ、自分は人とのコミュニケーションによって考え方を整理し、「よし、曲を書こう」「歌詞を考えよう」という気持ちになる人間なのだなと。誰とも何もコミュニケーションを取っていないと、曲が全然書けないんですよ。このアルバムも、当初は去年の夏くらいにリリースする予定だったのですが、まったく進まなくて……(笑)。でも、「Online」でも歌っているように、Zoom越しでも人とのコミュニケーションを取ることが可能だとわかってからは、いろいろな人とオンライン上でやり取りするようになって。結果的に、本作でも海外アーティストとのコラボがすごく増えたんです。それは面白い流れだなと自分でも思っています。

──その海外のクリエイターたちとのコラボレーションについても具体的に聞かせてもらえますか?

まず「Keep Dancing feat. Full Crate」でコラボしているオランダのFull Crateは、かれこれ10年くらい前、インディーネオソウル系の音源を掘りまくっていたときに「SoulBounce」というサイトに上がっていた彼の曲を偶然聴いて、めちゃくちゃ気に入ったんです。それでずっと覚えていたんですけど、ちょっと前に「そういやFull Crateって今、何をやってるんだろ」と思って検索したらバリバリ活動していて。それでオファーしたのが経緯ですね。最初にZoomで打ち合わせをしたとき、僕の部屋に飾ってあったディアンジェロのレコードを見つけた彼が「もうその時点で俺たち絶対にうまくいくよ」と言っていたのが印象的でした(笑)。

──実際の作業はどのように行ったのですか?

彼からまず土台となるトラックをいくつかもらって、その中からチョイスしてサビをつけたデモを送り返し、それをもとに何度かやり取りしながら歌詞を乗せていきました。ほぼすべての作業をZoomで行っています。

──先ほど話に出た「Online feat. ROMderful」や「Overnight」、「Sunshine」でのイギリスのプロデューサー・ROMderfulとのコラボはどのように始まったのでしょうか。

ロムのアルバムを聴きながら彼のことをネットで調べていたら、どこかのインタビューで「日本のアーティストで誰が好き?」という質問に「SIRUPだよ」と答えていたんです。それですぐInstagramをフォローしたら、速攻で彼から「Yeeeees!!!」みたいなDMが来て(笑)。気付いたら「一緒に曲を作ろうぜ」という話になっていました。

──彼の音楽のどんなところに魅力を感じますか?

彼の作る曲は、踊れるのにコード進行がめちゃめちゃ変わっていて。独特のユルい雰囲気が自分とすごくフィットしているなと思ったんです。実際にコラボをやり始めたら、トラックを鬼のように送ってくるので選ぶのが大変だったし、展開が予測不能なものばかりでメロディを乗せるのにも苦労しました(笑)。

──韓国のアーティスト、SUMINをフィーチャーした「Keep In Touch feat. SUMIN」は、同じく韓国のプロデューサー・Slomとのコラボによるものです。

SUMINちゃんとはYonYonを介して知り合い、日本や韓国などで何度か対バンをしているんですけど、初めて韓国のクラブで彼女のライブを観たときは、カッコよすぎてビビリました。特に「Sugar Fountain」という曲が、今まで聴いたことがないくらいエグいサウンドで、そこに彼女のかわいい声が乗るっていう。フロアにいたスタッフたちと「これ、誰だ?」って大騒ぎになりました(笑)。

──もともと親交があった上でのコラボだったのですね。

彼女も僕の音楽をけっこう聴いてくれていて、「いつか一緒にやろうね」という話はしていたんです。Slomくんは、最初に「Ready For You」のリミックスをお願いしたところ、彼もSUMINちゃんとよくコラボをしていると聞いたので、「じゃあ3人で一緒にやってみよう」という話になって生まれたのが「Keep In Touch」でした。「Keep In Touch」は「また連絡取ろうね」という意味ですけど、それってコロナになってから、ちょっと違う響きが加わったと思っていて。それをテーマに日韓でコラボをすることにも意味があるなと。

SIRUP

──「Ready For You」のリミックスも素晴らしかったです。原曲にまったく違うコードを当てることで、不穏なムードを醸し出している。それがメッセージ性の強い歌詞と相まって、なんとも言えない感情を呼び起こさせます。

原曲はギターをけっこうフィーチャーしていたので、もっとR&Bっぽいサウンドに寄せても面白いんじゃないかなと。Slomくんのダークなリミックスとすごく相性がよかったなと僕も思いました。基本的にリミックスは、その人の作風に惚れ込んでオファーをかけているので、今回の方向性に関しても僕からの要望は一切なくて、完全にお任せしています。


2021年3月25日更新