SIRUP|音楽が自由になってきた時代を“歌で泳ぐ”SIRUPのルーツ

チャンス・ザ・ラッパーがSIRUPに及ぼした影響

──SIRUPのストーリーで言えば、デビュー曲「Synapse」をTokyo Recordingsがプロデュースしたこともこのアルバムに地続きになっていますよね。

「Synapse」を出すまで小袋(成彬)くんと僕は面識がなかったんですよ。でも、新しいプロジェクトを始めるときにTokyo Recordingsのサウンドもそうだし、小袋くんのソロプロジェクトも気になっていたので、当初はフィーチャリングでオファーしていたんです。でも小袋くんから「ソロプロジェクトが始まってちょっと動きにくいから楽曲プロデュースでもいいですか?」という提案があって、「Synapse」はそういう形になりました。で、実際に小袋くんと会って話してみたら自分と同じようなことを考えてる人だなと思ったし、とてもいい出会いでしたね。

──日本における歌のうまさの定義は声量とか歌い上げる歌唱に重きが置かれがちだと僕は思っていて。SIRUPのボーカルアプローチはそれとはまったく真逆のグルーヴがありますよね。

そうですね。SIRUPになって、一番心がけてることは、曲と歌をグルーヴさせること。それって極端に言えば歌がうまく聴こえないようにすることでもあるんですよ。でもそれに気付かれないことが成功なんです。

──これはよく言われることだと思いますけど、歌メロとラップのフロウがシームレスであることもSIRUPの歌の大きなポイントですよね。

このスタイルになった理由は明確に説明できます。自分はゴスペルをやっていたことがあったんですけど、ゴスペルの要素が入っているチャンス・ザ・ラッパーを聴いたときに「まさにこれだ」と思ったんです。それが自分の作る曲にも影響しだしてSIRUPが始まったんですね。

──やはりチャンスの存在はデカいですか。

チャンスの影響はめっちゃデカいですね。ゴスペルはR&Bの発祥ですけど、ラップの発祥もゴスペルが生まれた教会の説教やと自分は思っていて。だからこそ、それをナチュラルに体現しているチャンスの曲を聴いたときに「ヤバい!」と思って。KYOtaro時代からラップを取り入れたいと思ってはいたんですけどね。

SIRUP

意識的にメロを削って今のスタイルの素養ができた

──SIRUPの楽曲制作に欠かせないMori Zentaroさんは、今回のアルバムでも多くの楽曲に参加していますね。

Mori ZentaroとはKYOtaro時代からの盟友なんです。人生で初めてトラックからオリジナル曲を一緒に作ったのが彼で、もう12年くらいの付き合いです。クルーも彼と2人で立ち上げたし、本当に苦楽を共にしてきたような関係ですね。

──音楽的にも人間関係においてもキーマンであると。

そうですね。「Do Well」(Honda「VEZEL TOURING」CMに起用されたSIRUPの代表曲)も彼のプロデュースだし。彼はよくないと思ったら何も言わない人で、僕がKYOtaro時代にラップ的なアプローチをしたときに何も言わなかったんです。だからそのときはやらなかった(笑)。

──そうだったんですね。それはなぜでしょうか?

もともと僕のソングライターとしての性質的にメロを詰めがちという特徴があるんですよね。ブレスするタイミングがあまりないみたいな。SIRUPになったときに意識的にメロをどんどん削っていって、ラップを乗せられるようになったんです。それで徐々に自分の中で今のスタイルの素養ができていきました。

桜井和寿から学んだ品のあるエロス

──SIRUPの歌は情景や感情や物語に音楽を添えるのではなくて、あらかじめその情景や感情や物語の中に音楽が存在しているという感じがするんですね。だから言葉もグルーヴしているし。

ああ、そうですね。それはサウンドに歌詞のインスピレーションを引っ張られているからだと思います。今回のアルバムなら「Pool」と「SWIM」のイメージはつながっていて、「SWIM」は両手を離して音楽の中を泳いでる歌、「Pool」はその音楽を作ってるときの感覚について歌っているんです。

──ああ、めちゃくちゃ合点がいきますね。

具体的に言うと、僕は「この日までに曲を仕上げなきゃヤバい」という締切がありながらも、制作が楽しくなってきたらギリギリまで作業したくなっちゃうんですよね。その音楽制作に夢中になってる感覚を「Pool」では歌っています。

──何がいいって「Pool」のリリックってセックス描写としても捉えられるんですよね。

まさにそうなんです。こういうことを言うと語弊が生まれるかもしれないけど……曲の共同制作ってセックスみたいなものだと思うんですよ。というか、そもそもR&Bってエロばかり歌ってるじゃなですか。

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──基本的にセックスのことしか歌ってないと言っても過言ではない(笑)。

そう(笑)。でも、日本人は性に対してオープンで生きてないじゃないですか。だから僕も昔はそういう描写を避けていたんです。

──リアルじゃないから。

そうそう。リアルじゃない。でも音楽的な言葉の表現からエロスを感じてもらえることはできるなと思って。

──エロを歌っていてもSIRUPのリリックには品があると思うんですよね。

ありがとうございます。そこは桜井(和寿)さんから学んだのかもしれない。桜井さんが書く歌詞がすごく好きなんですよ。

──桜井さんの描くエロスにも品がありますよね。例えば「youthful days」なんかは生々しいんだけど、品のあるエロスが滲んでいて。

わかります! だからミスチルの曲は一見、生々しい曲とロマンティックな曲の差がすごくあるんだけど、実際はちゃんとつながっているんですよね。