シド|心が乾いた時代に贈る、優しく美しい「慈雨のくちづけ」

「天官賜福」とシドの共通点

──マオさんは「天官賜福」にどんな印象を受けて、歌詞を書く際は何を意識されましたか?

マオ 今、中国のアニメは世界的にもすごく注目されていて。そんなタイミングに「天官賜福」のお話をもらって、まずは俺たちがオープニング主題歌をやらせていただけるんだという喜びがありましたね。何より、中国と日本の融合みたいな曲を意識したら、新しいものが生まれるんじゃないかなと。そこから作品を調べていくうちに「天官賜福」とシドが似ていることに気付いて。

──「天官賜福」とシドが似ている?

マオ 1つは、女性ファンが多いところ。あと「天官賜福」はBL要素を含んでいることもあり、ビジュアルを大切にしているじゃないですか。俺らもずっとビジュアルを大切にしてきたバンドなので、そこにも共通点を感じました。それで歌詞の話になるんですけど、アニメでは登場人物が長年大切な人を思い続けていた気持ちがつながって、一緒に歩んでいくんですよね。なので、ずっと秘めた思いを抱えていて、やっと再会できて、そこから一緒に愛を育んでいく物語にしてみようと思って書きました。ほかにも「花」「紅色」など作品の中で印象的なキーワードがいくつかあるので、それを歌詞に盛り込むことで、アニメファンの方が聴いて納得してもらえる曲を目指しましたね。

──すでにアニメのPVとともに楽曲も一部公開されていますけど、「これは三郎のことだ」など歌詞と作品を重ねている方が多いですね。

マオ(Vo)

マオ 俺もYouTubeのコメントを全部見たんですけど、アニメファンの方たちが「この歌詞、『天官賜福』のことをわかってるね!」とか「作品と曲が合ってる!」みたいな反応があって、すごくうれしかったです。

──タイトルはどのように考えたんですか?

マオ 優しさの中に、切なさや儚さがあるようなイメージがふわっと降りてきたんですよ。かつ、タイトルを読んだだけできれいな日本語だなと感じてもらえる曲名がよくて。今ってみんなの心が渇いていると思うんですね。そんな心が渇いているところに愛が降ってきたら……って。普通の状態で受ける愛よりも、渇いてるところに受ける愛のほうがいっぱい吸い込めるというか。つまり慈雨ですよね。

──慈雨というのは、生気を与えるプラスの雨なんですよね。

マオ そうです。恵みの雨という意味があるので、それが優しく包み込んでくれるような思いを込めて「慈雨のくちづけ」というタイトルにしました。

──細かいところですけど、「表面張力で繋いでた日々」という歌詞はどういう意味なんですか?

マオ 表面張力って不思議で、ギリギリであふれないじゃないですか。秘めている思いがあふれ出しちゃうところまできちゃってるよ、と表現したくて書きました。

──なるほど。「天官賜福」の再会と、シドの河口湖ライブで「やっと会えた」という再会の思いと重なりますね。

マオ そうそう。先ほども言ったんですけど、俺らのこともそうだし、この時代も象徴しているような作品にしたかった。まさに、今の気持ちじゃないと書けない要素をふんだんに取り入れた歌詞になりましたね。

新しいものは“やりたくないもの”だけど……

──楽曲が届いたときは、どんな印象を受けましたか?

マオ 個人的に、新しいことに挑戦したい気持ちがずっとあったんです。「新しいこと」と言っても、俺たちは18年もやっているので、自分たちにとって新しいことは避けてきたものが多かったりするんですよ。もっとわかりやすくいえば“やりたくないもの”が多い。だけど、この曲に関しては新しい要素があるのに、自分で歌いたいと思えたので「まだ、こんな選択肢があったんだ」って。そう感じさせる素晴らしい曲を明希が書いてくれましたね。

ゆうや 僕もさすがだなと思いました。明希の曲に受ける印象というのが、レンジの広さなんですよね。1曲の中ですごく緩急が効いているうえにテンポ感も違いますし、攻め方がうまいなと思いました。

──演奏については、どんなことを意識されました?

ゆうや レンジに合わせてドラムも足し引きを意識しつつ、広さを表現するように叩きました。

Shinji ギターはわりとヘビーに攻めたくなりがちなんですけど、この曲に関してはヘビーさを抑えめにしてシングルコイルのギターを使ってみました。普段だったらダブリングしてLRに振るようなところをギター1本にしてみたり、ちょうど自分自身も音数を減らしたい方向に気持ちがいってるので、弾いていてやりやすかったし、楽しかったですね。

──2番のBメロ終わりでのShinjiさんのギターソロが印象的だったんですが、明希さんは作るうえで何を意識しましたか?

明希 この曲を作るうえでAメロ、Bメロ、サビという構造を壊さないことには、新しさのある曲は生まれないなと思って。2番のBメロ後にギターソロが来たりとか、サビが最後に来たりとかという法則を崩しつつ作っていったんですね。ボーカルが伸びているところにフレージングするのがセオリーだとしたら、どっちも飛び込んでくる、両方が生きる音を作りたかった。従来までのよしとされていた作り方を変えていくのがテーマだったので、楽器のアレンジもそこを意識して作っていきましたね。

──確かに、あまり従来の邦楽のフォーマットにはない構成ですよね。

明希 そうですね。なので、この曲はまず構成を決めていったんです。楽曲の冒頭5秒くらいで、中国の雰囲気とかこのビジュアルの世界へ導けるとっかかりを作って。そこから景色が見えるようなイントロがあり、歌に入って2番までは普通に行くんですけど、2番のBメロからはギターソロに行きつつボーカルも重なる。ボーカルのメロディとギターソロが一緒に走るアプローチって、今までなかったなって。

──楽器のソロパートにボーカルを重ねてしまうと、音がぶつかってお互いのよさを消してしまうし、どちらに耳を傾けていいのかわからないから、みんな避けてきたと思うんですよ。それが絶妙なバランスで相乗効果を生んでいますよね。

明希 そうそう。だけど、主役が2人いてもいいんじゃないのかなって。普通はギターソロ1本だけど、今までと違うものにするには、ボーカルのメロディとの追いかけっこみたいなギターが我々の中で新しいと思って考えました。

──マオさんとしては、歌ううえで何を意識されました?

マオ 切なさを全面的に出したいと思いましたね。シドは結成当初から切ない曲が多いし、この曲ではこれまで培ってきたボーカルの強みをしっかり出せるんじゃないかなという気持ちでレコーディングに臨みました。そういえば一度レコーディングをしたあとに、明希から「Aメロの歌い方を変えてみない?」と提案があり、歌い直したらそっちのほうが断然よくて。「そのニュアンスでほかのパートも歌ってみよう」となり、そのままバババっと録ったんですよ。

──へえ! 変更前とあとで何が違ったんですか?

マオ 変更前はもっと丁寧に歌っていたんです。変更後は節を出せたというか、自分のスタイルを出しながら自由に歌えたイメージですかね。最近は粘りに粘ってレコーディングする機会も減っていたので、熱い気持ちで歌えてよかったですね。