シユイのメジャー1stアルバム「be noble」が5月22日にリリースされた。
2021年1月に“歌ってみた”動画を投稿したことを機に音楽活動を開始したシユイは、同年夏に一般募集企画を経てjon-YAKITORYのフィーチャリングボーカルに選ばれたことで瞬く間に人気を博した。2022年11月にはかねてから憧れのアーティストだったというryo(supercell)が提供した、テレビアニメ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」のエンディングテーマ「君よ 気高くあれ」でメジャーデビュー。音源リリースと並行してライブ活動も地道に続け、その歌声と飾らないキャラクターで多数のリスナーやクリエイターの支持を集めている。
音楽ナタリーでは記念すべき初アルバムのリリースを記念し、シユイの特集を前後編で展開する。前編ではシユイ本人へのインタビューを通じて、「歌い手になるという発想はなかった」という彼女が音楽に携わるようになった経緯や多彩なクリエイターたちとの交流、1stアルバムの制作過程の舞台裏などを解き明かす。また後編では「be noble」収録曲を含めたシユイの作品に楽曲提供したクリエイターたちからのコメント、シユイのこれまでの歩みを振り返る解説テキストを通じ、第三者から見たシユイの魅力に迫る。
取材・文 / ナカニシキュウ
歌い手になるという発想は全然なかった
──シユイさんの一番古い音楽の記憶はどういうものですか?
小さいとき、家にカラオケセットみたいなやつがあって。それで妹と遊んでたのが“歌う”ことで言ったら一番古い記憶かなと思います。すごい田舎だったんで、近所に遊ぶ場所もあんまりなかったんですよ。だから家族で遊びに行くにしてもカラオケくらいしかなくて、「たらこ・たらこ・たらこ」(キユーピーのCMソング)とかを歌ったりしていましたね。
──気付いたら歌うことが好きになっていた?
うーん……あんまり好きという感覚もなく、普通に歌ってましたね。ほかにすることもないから、絵を描くか歌を歌うかっていう感じで。
──では、明確に「歌うことが好き」と自覚したタイミングはありました?
どうだろう……中学くらいですかね。何かこれという出来事があったわけじゃないんですけど、部活で入った演劇部にオタクが多かったんですよ。そこで、それまであまり触れてこなかったアニソンとかボカロとかに触れるようになって、友達とカラオケへ行ったときにそういうのを歌うようになりました。そのあたりで「歌うの楽しいな」と感じ始めていたかもしれないです。
──それまで、意識的に音楽を聴く習慣はあったんでしょうか。
意識的には全然なくて……あ、でもそういえば小学6年生くらいのときに初めてウォークマンを買ってもらいました。たぶんMDウォークマン? なんかちっちゃいやつ。それまで自分だけのガジェットを持ったことがなかったんで、それがすごくうれしくていろいろ聴いてましたね。最初にウォークマンに入れた曲が「残酷な天使のテーゼ」だったのは覚えてます。
──そこから「このアーティストが好きだな」というふうに聴き始めるタイミングはありました?
それがやっぱり中学のときで、supercellにかなり傾倒していました。曲はもちろんですけど、まったく実態がわからないという活動形態も込みで、珍しくてすごく新鮮に感じたんです。
──ということは、最初に好きになったアーティストがのちにデビュー曲を作ることになったわけですね(supercellのryoはシユイのデビュー曲「君よ 気高くあれ」を提供)。
そうなんです。ずっと「supercell大好き!」って発信していたので、それがつながってよかったなと思います。
──中学でボカロ文化にのめり込んでから、その後いわゆる歌い手としての活動を始めるまでの流れはどういう感じなんでしょうか。
“歌ってみた”という文化や歌い手という存在自体は中学生くらいの頃からもちろん知ってはいたんですけど、自分がそれになれるという発想は全然、頭の片隅にもなくて。めちゃ遠い存在だと思っていました。その後、大学生のときにコロナ禍に突入して……コロナ禍、ヒマだったじゃないですか。
──ヒマでしたね。
授業も全部リモートになってしまって。美術系の大学だったんですけど、せっかく美大に通ってるのに何も生み出せていない状況を「学費の無駄遣いやん」って感じていたんです。それで何かを作ることがしたくなって、お菓子を作ってみたり、石鹸を作ってみたり、Tシャツを作ってみたり……といろいろやっている中で、“歌ってみた”も「楽しそうだからやってみようかな」という感じでぬるっと始めた感じでした。
──それまで「自分にはできない」と思い込んでいたものが「できるかも」に変わったきっかけは何かあったんですか?
そのときTwitter(現:X)で「新人歌い手」ってハッシュタグがめっちゃ流行ってたんですよ。それまではすごいハイクオリティな“歌ってみた”しか知らなかったんですけど、そこまでめっちゃうまいという感じでもない普通の人もたくさんやっていることがわかって。そのハンドメイド感にもすごく“もの作り欲”を刺激されましたし、このクオリティなら私もやってみようかなあ、みたいな感じで始めました。
──とにかく「クリエイティブなことがしたい」という思いが一番で、歌い手活動も言うなればその一環にすぎなかったんですね。
最初はそういう感じでした。どちらかというと絵を描くこととか、自分の手で何かを形作るほうが向いていると思ってたんですけど、歌い手の世界には自分にとって新しい喜びがあったんですよね。毎朝新しいんですよ。みんなちゃんと「おはよう」ってTwitterで言うし、お互い褒め合うし伸ばし合うし、なんか部活みたいというか。ネット上でそんなふうにほかの人と関わり合う経験がそれまでなかったので、その物珍しさも手伝って楽しめていたんだと思います。
──「シユイ」という活動名は、その歌い手活動を始めるタイミングで付けたんですよね。
そうです。それまでにも使っていたハンドルネームとかじゃなくて、そこで新しく考えました。もともと私は仏教が好きで……と言ってもそんなに詳しいわけじゃなくて、お寺の空間とか仏像の顔とかがただただ大好きだったんですね。で、五劫思惟阿弥陀仏(ごこうしゆいあみだぶつ)っていうアフロの仏像が京都にいるんですけど、それがめちゃおもろいやん!と思ってそこから取ろうと。でも「五劫思惟」だとちょっと長いし、仏教みが強すぎるので「思惟」だけを取って、カタカナ表記にしたらかわいいと思って「シユイ」にしてみました。
シユイという人が歌ってると思うんですけど
──そうした中で、2021年にjon-YAKITORYさんのフィーチャリングボーカル募集に応募して見事「ONI」のボーカリストに選ばれたことが最初の転機だったのかなと思いますが。
すごく大きな転機だったと思います。ただ、当時は特に「名をあげてやろう」みたいな思いがあったわけじゃなくて、周りの仲のいい新人歌い手のみんなと狭いコミュニティで楽しくやっていた中で「みんな応募してるからやっとくか」くらいの感じだったんですよ。
──「歌で生きていくぞ」という気持ちもその時点ではまだなかった?
全然なかったです。大学でみんなが就職の話をし始めたくらいのタイミングでやっと「あ、ちょっと考えなきゃいけないな」と思い始めたんですけど、その前後くらいで関係者からお声がけいただいて、メジャーデビューに向けて動き出した感じでした。
──なんというか、“選ばれちゃった人生”という感じですね。
そうなんですよね。本当に運のよさだけでここまで来ました(笑)。
──運だけってことはないと思いますけど(笑)。その後、2022年11月にシングル「君よ 気高くあれ」でメジャーデビューを果たしました。憧れのryoさんの曲というだけでなく“ガンダム曲”でもあるという、めちゃくちゃ大きな話でしたが。
その話が決まったときは、確かスタッフの方から早朝に電話がかかってきて……7時前とかだったかな? 「明日までに曲を覚えてもらわないといけないから、今すぐデモを送る」と言われて。だから事の重大さにもちろん驚きはしましたけど、驚いてる場合じゃなくて(笑)。今思えば、それで逆にプレッシャーを感じすぎずに済んだのかもしれないです。
──そこからプロのシンガーとしてここまで約1年半やってきて、現状についてはどんな感覚でいますか?
そうですねえ……日々けっこう手一杯ではあるんですけど。
──シユイさんの場合、いわゆる「ずっと歌手を目指してきて、ついにプロになりました」というストーリーとはちょっと違うわけじゃないですか。そういう人がどういう気持ちでこの場所にいるのか、ちょっと想像がつきかねるところがあるんですよね。
私はけっこう割り切っているというか、個人としての生活と仕事とを明確に分けて考えているところがありまして。シユイという人が歌ってると思うんですけど……。
──「シユイという人が歌ってると思うんですけど」(笑)。
はい(笑)。私も含めたスタッフみんなで作り上げているアーティスト像がシユイだと思っていて。今こうして受け答えしているのも、シユイチームの1人として代表して取材を受けている感覚に近いんです。ある種の別人格みたいな……歌い手って、けっこうそういう感覚の人も多いと思うんですよね。
──なるほど。そこにいい意味で距離感が少しあるから、そこまで気負いすぎずにやれている面もある?
そうですね。これまでも全然深く考えずに「人生なんとかなる」って感じで生きてきて、なんとかなってきたので。たぶん人から見たら強運の持ち主なんだろうなと思っていて……まあ、その運のよさを過信するわけじゃないんですけど、だから気負いすぎずにできていると思ってます。
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