日本人が一緒にいない環境で、日本人としての個性は何かを考える
──Shing02さんはもうアメリカ暮らしも長いと思いますが……。
Shing02 そうですね。89年に引っ越したので、もう30年ぐらい。
──その日常の中で、日本人である自分を意識する瞬間って、かなりあるんですか。
Shing02 うーん……もちろん僕は日本にも頻繁に行きますし、日本人の友達もたくさんいますけど、ずっと日本人の生活のリズムに浸っていたいというのは、ないんですよ。どちらかというといろんな人種の、いろんな世代と関わっているほうが楽しいと思うタイプなんで。逆に海外に行って日本人とばかりつるんでる日本人は多いですけど、僕はそういう環境に自分を置きたいとは思わない。だから日本人が一緒にいない環境で、まず自分がアジア人だと気付かされて、そのアジアの中での日本人としての個性は何か、世界の中で日本人の個性はどうなのか、日々考えさせられる部分はあります。
──「日本人らしさ」とはなんでしょうか。
Shing02 いわゆる美的感覚ですね。美意識とか、整理の仕方とか、磨き方とか、そういうものだと思うんです。職人魂というかね。そういうものが楽器の音やいろんな部分に表れてくると思うんです。世界もそういうものを日本に求めていると思う。
──それを音楽として定着させる、Shing02なりの結論が、今回のアルバムだという。
Shing02 そうですね。ただベクトルはどちらかというと逆で、ヒップホップ的な感覚で、和モノを刻んだらどうなるかっていうところなんですよ。
「有事通信」は未来の話、「246911」は過去の話
──A-1さんは今作を作るにあたって一番苦労した点、あるいは心がけた点、注意した点などは?
A-1 作っていて楽しかったんで、苦労したってほどではないですね。工夫した点は、そのまま素材をサンプリングするのではなく、PLX1000というターンテーブルですごくピッチを落としたり、そのまま使うんじゃなくていろいろ何かしら手を加えてからサンプリングしたというのはありますね。
──例えばトラップっぽいビートの曲もありますし、スクラッチ音もあちこち入っている。そういうヒップホップの手法と、和楽器の音階や音色のマッチングに関してはいかがですか?
A-1 そこが一番面白い部分でもあり、時間がかかった部分でもあります。例えば「この上ネタにブーンバップなビートが合う」とか「このネタは打ち込みのほうが合う」とか、ネタによってDJ的な感覚でマッチングさせていくことに関しては、時間はかかったんですけど楽しみながらできましたね。DJをしてるのと同じような感覚で。
Shing02 結局全部MPC(AKAIが開発した、トラックメイカー御用達のサンプラー、シーケンサー、ドラムマシンが合体した楽器)で作ったの?
A-1 MPC Liveですね。コンピュータ上のソフトウェアで編集したものじゃなくて、MPCをDJ的な感覚で操作して打ち込みで作ることで大胆さとヒップホップの大元のよさを生かすことができたんです。
──なるほど。その甲斐あって、世界中どこにもないような独創的な音楽になっていると思いました。
A-1 だとしたらうれしいですね! 自分もそうだったんですけど、アメリカのラップは、リリックが100%わからなくても感覚的にカッコいいとかフィールできる部分が少なからずあるから、ヒップホップを聴き始める人が多いと思うんです。自分はこの和楽器のテイストをヒップホップに落とし込んだ。日本語がわからない外国の方でも、聴いていてノれるとか、カッコいいなと思ってもらえるかどうかが一番のポイントかなと思いますね。実際、周りの友達も「何言ってるのか全然わからないけどカッコいい」って言ってくれたし。
Shing02 僕の周りの評判もすごくよかったですよ。僕は僕でラップの部分で挑戦していかないと意味がないので、ありきたりなことを歌うよりは、人の想像力をかき立てるような攻撃的なことをラップしたい、いつもチャレンジングなことをしたいっていうのが常にあって。
──わかります。
Shing02 それまでA-1くんと一緒に「有事通信」ってアルバム(「246911」とは別に、Shing02の日本語詞による新作としてかねてから制作中のアルバム)をずっと作ってたんですけど、今回はそれから離れた作品なんです。「有事通信」は未来の話なんですけど、今作は過去にさかのぼって、武士道や封建社会のもとで虐げられている人たちのストーリーをヒップホップ的な解釈で再構築する、というアイデアがすごくチャレンジングに感じたんですよ。ただの言葉遊びじゃなくて、ただ彼のビートに言葉を合わせるって作業でもなく、もうちょっと深いテーマで作ったアルバムなんです。自分でも聴いて刺激を受けたいし、同じ日本語がわかる日本人にも刺激を与える。それがMCとしての自分のミッションだと思いましたね。
“西”は西洋文化のことと同時にヒップホップのことも指している
──Shing02さんのリリックって、初期の頃はいわゆる時事ネタというか、「そのときどきの風俗状況や時代状況に照らし合わせて、いろんなキーワードを散りばめて今の状況を表していく」という作風だったと思うんですが、最近はだんだん寓話的というかストーリーテリング的な作風に移行している印象があります。今作もそうですね。
Shing02 そうですね……ストーリーは手法だったり比喩だったり……例えば今回の「狸」のような昔話であっても、現代社会に対する風刺かもしれないし、それは人の解釈によると思うんです。自分はスタイルとしてすごく煮詰めたことをやってても、聴いた人の解釈によっていろんなふうに変わっていくほうが面白いと思うので。最終的にはそこなんですよ。自分が面白くやれて興奮するようなことだったら、聴いた人にも喜んでもらえるんじゃないかって。だから今回のアルバムも前半はわりとアグレッシブに、いわゆる言葉遊び的な部分で攻めてるんですけど、後半はおっしゃるようにストーリーテリングが始まるんです。江戸の火事に始まり、三途の川に行って、そこから夢を見て未来に行って、という、なんとなくつながっている流れがうまくできたんじゃないかなと思ってます。
──リリックも含めてShing02さんの“語り芸”が極まった感じがあって、さながら浄瑠璃を聴いているような印象もあり非常に聞き応えがありました。リリックの時代設定は江戸時代と考えていいんでしょうか。
Shing02 そこまで厳密に限定してるわけじゃないですけどね。もちろん当時のことを調べましたが、ある程度は想像力にも委ねたし。
──アルバムタイトルの「246911」はいわゆる“小の月”を覚えるための語呂合わせなんですが、“二シムクサムライ=西向く侍”つまり西洋文化と日本人の関係がテーマになっているということでしょうか?
Shing02 僕もA-1くんも日本人として、西から来た、いわゆるアメリカ文化を吸収して侍の魂で作品を作っているということは1つのストーリーです。2人とも西海岸にベースを置いて音楽を作っていたので、その刺激も受けてますし。“西”は西洋文化のことも指しているし、自分の中ではヒップホップのことも指してるんですよね。ヒップホップという西洋音楽に対していち日本人としてのアイデンティティをもって日本語で歌う、という。
──今回は外来語は一切使わず日本語だけでリリックを書いているわけですが、Shing02さんは普段は英語のリリックも書いてますよね。どんな感覚の違いがあるんでしょうか。
Shing02 日本語のほうが描写が具体的になるので、「言葉がかぶらないように」ということに神経を遣いますね。英語だとそれほど神経質にはならないんですけど、日本語では同じ言葉はニ度と使いたくないので。1曲の中だけじゃなくて、同じアルバムのほかの曲も見ながら、さじ加減を調整しています。極端にいえば昔のアルバムとかも見て、この表現は使えないと思ったり。
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いわば「八百屋お七」のストーリーをサンプリングしたもの