ナタリー PowerPush - 島谷ひとみ
野崎良太(Jazztronik)プロデュース 童謡カバーアルバム「Sign Music」
透明感のある伸びやかな歌声で、数々のヒットを飛ばしてきた島谷ひとみが、今作で選んだテーマは童謡カバー。日本人が古くから大切に歌い継ぎ、島谷自身も幼い頃から親しんできた愛すべき曲たちを、次の世代に引き継ぐための試みだ。
プロデューサーとして全曲のアレンジを手がけたのは、海外の音楽シーンも日本のクラブミュージックの最先端も知る、Jazztronikこと野崎良太。本作では、誰もが知る童謡にボサノバ、ラテン、ジャズ、アフリカンなど斬新なアレンジが施されているが、その親しみやすさは全く損なわれていない。スッと心に染みてくる、2人だからこそできた新しい童謡だ。この意外な組み合わせは、なぜ生まれたのか? その経緯と今作に込めた思いを島谷本人に語ってもらった。
取材・文 / 田島太陽
野崎さんは音楽の本質を大事にしてくれる方
──なぜ今、童謡のカバーアルバムを出すことになったんでしょうか?
童謡を歌いたいという気持ちはずっと持っていたんです。小さい頃に大人たちに聴かせてもらっていたから、私も次の世代の子供たちに歌い継いでいきたいなと。2009年の嚴島神社ライブでもセットリストに童謡を入れていて、お客さんの反応も私の感触もすごく良かったんですよ。だからいつか、日本の四季折々を歌った、みんなの記憶にある童謡のCDを作りたいなと思っていて。
──プロデュースに野崎良太さんを迎えているのが意外だなと思いました。
皆さんそう言うんですけど、私はずっと好きだったんですよ。野崎さんの音楽には、クラシックの要素や、現代のエレクトロやハウスがミックスされていて、ピアノも本能的に弾いている感じでカッコいいと思っていたんです。私もクラシックとポップスを融合させた「crossover」というアルバムを作ったことがあったから、親近感も持っていて。でも今作のプロデュースをお願いするまでお会いしたことがなくて、おしゃれな渋谷系クリエイターみたいな方かと勝手に思っていたんですけど、実際はちょっと違いましたね。
──すごく親しみやすい方ですよね。
そうそう、クリエイターっぽい雰囲気もちゃんとあるんですけど、ハッピーなオーラがすごく出ている方で。いろいろな顔を持っているから、どれが本当の野崎さんなんだ?って思うようなところが面白かったですね。
──収録曲はどのように選んだんですか?
まず、収録したい曲の候補を私からたくさん出して、それを野崎さんに簡単にアレンジしてもらったんです。私がそれに合わせて歌ってみて、うまく行ったら決定という流れでしたね。
──アレンジに関して島谷さんから何かリクエストは?
いや、特にしてません。今回は童謡と言えど、子供だけに向けた作品にはしたくなかったんです。大人も含めて幅広い方々に聴いてもらうには、モダンな要素や意外性もないといけないかなと思って。その点、野崎さんは音楽の本質や言葉も大事にしてくれる方なので安心してお任せできました。だから野崎さんが作ってくれたものに合わせて私が歌い、それをまた微調整するという流れでした。
これが本当の音楽家なんだなって感じた
──野崎さんとは、ほとんど初対面ですぐ制作に入ったそうですね。実際共同で作業されてみていかがでした?
最初は「歌っていただいてもいいですか?」「こんな感じでよろしいでしょうか?」みたいな口調で、お互い探り探りでしたね。でも野崎さんはいつも一緒にレコーディングしているメンバーも連れてきてくださっていて、現場はセッションのような雰囲気だったんです。事前に決まっているのは簡単なコード進行だけで、あとの余白はそれぞれのパートがその場で埋めていくので、何が生まれるかわからなくて楽しかったです。だから私は周りの音を聴いてふんわり入っていくだけでした(笑)。タイミングがつかめなかったりして難しかったけど、不思議とみんなと息の合う瞬間があるんですよね。
──今までいろいろなレコーディングを経験してきた中でも、特殊な体験でした?
そうですね。誰かの作った曲に歌を乗せていく作業は今までにもたくさんあったんですが、すぐには呼吸が合わないことも多かったんです。でも野崎さんとは初対面だったのに、すごく自由に伸び伸びとやれました。スケジュールはタイトだったけど、野崎さん自身はすごくマイペースな方で、これが本当の音楽家なんだなって感じたんです。自分の中から沸き出てくる感覚で音楽を作っているのがわかるから、これが才能なんだなって思いながら見てました。
──ベタ褒めですね!
本当に思ったんですよ!(笑) 天才だなーって。
──野崎さんから歌い方に関するリクエストはあったんですか?
それもなかったですね。野崎さんにとっては声も楽器、素材の一部なんでしょうね。この楽器を使うと決めたらもう細かい注文はしないで、素材を生かすためのバランス調節をすることに徹するタイプなのかな。でも私は「これでいいのかな?」っていう不安も結構あったんです。ちょっと恐がりだから、ディレクターさんに相談してみたりもして。野崎さんが本心でどう思ってたのかは、実はいまだにちょっと不安(笑)。
──島谷さんとしては、歌い方で心がけていたことはあるんですか?
童謡が頭に浮かぶのは、悲しいときや辛いとき、自分の家族や田舎を思うときだと思うんです。でもこのCDはあまり重いものにはしたくなかったから、一歩引いて力まずにいようとはずっと考えてました。私の歌も野崎さんのアレンジも素材であって、誰も際立って前に出ないようにしたかったんです。だから、野崎さんが気持ち良く作ってくれたインストに、ただ私の歌が乗ってると思ってもらうことが理想ですね。
島谷ひとみ(しまたにひとみ)
1980年生まれ、広島県出身の女性シンガー。1999年にシングル「大阪の女」で歌手デビュー。2001年にリリースしたシングル「papillon」や、2002年に発表したシングル「亜麻色の髪の乙女」などのヒットで幅広い支持を獲得する。2009年にはデビュー10周年を迎え、7月にベストアルバム「BEST & COVERS」をリリース。さらに故郷である広島・嚴島神社にてデビュー10周年を記念した世界遺産ライブを敢行した。また、2009年公開の映画「パラレル」の主演を務め、2011年にはロックミュージカル「ROCK OF AGES」のヒロイン役に抜擢されるなど、歌手活動のみならず舞台やミュージカルにも活躍の場を広げている。2012年2月、野崎良太(Jazztronik)と全面的にタッグを組んで、童謡カバーアルバム「Sign Music」を発表した。