情けない感じも俺っぽいんじゃないかと
──今作で僕が個人的に一番「おお」と思ったのが、5曲目の「そりゃないぜ」なんです。全体的に「そんなこと、歌にしますか?」という曲で、これをカッコよく歌えてしまうのは椎名さんくらいだろうなと。
なるほど(笑)。これはけっこう歌詞がどこへ向かうのか、最初は見えなかったんですよ。「彼女、怒ってトイレにこもっちゃったなあ」「出てこないなあ」とか思ってたんですけど、結局最後まで出てこなくて(笑)。それで、まあ「彼女がトイレから出てこない」をテーマにしちゃうのもバカバカしくていいんじゃないかと。この情けない感じも俺っぽいんじゃないかと思って作った曲ですね。
──「RABBIT-MAN II」とはまた別の意味で、今だからこそ歌える曲だと思うんですよね。若い頃だとなかなかこの味は出ないだろうし、それ以前にリリースする決断すらできないかもしれないですから。
ためらいなく出しましたね(笑)。正直、考えもしなかったです。「これ、出して大丈夫かなあ?」とか全然なかったですね。まあ歌詞はこんなんですけど、リズムパターンに昨年ちょっと流行った80'sテクノポップの雰囲気を取り入れていて、それがけっこううまくハマった手応えもあったんで。
──確かに、ハリー・スタイルズの「As It Was」とかめちゃくちゃ流行りましたもんね。
Adoちゃんの「新時代」とかもね。ああいうのを俺もやってみたいなと思って。あとサウンド的なギミックで言うと、4曲目の「BLACK or BLACK」でもちょっと面白いことをやっているんですよ。ギターを弾いたらベースの音がユニゾンで一緒に鳴るエフェクターを使っていて、実はベースを誰も弾いていないという。
──確かにあれはすごくデジタルな手触りの音だなと感じました。いわゆるオクターバーとはまた違うものなんですか?
似たようなものではあるんですけど、正確に言うとシミュレーターですね。ギターのピッチを変えて出すだけじゃなくて、ベースの音に変換して返してくれるっていう。ただ、原理的にどうしてもコンマ何秒かのレイテンシーが発生するんですよ。普通に聴いたら気にならない程度のラグなんだけど、俺はそれが気になっちゃって(笑)。なのでエンジニアさんにProTools上でジャストのタイミングに補正してもらって、その結果“あり得ないサウンド”になった。伝わりづらい話ではあるんだけど(笑)、工程的に面白かった1曲ですね。
──すごく浮遊感のあるサウンドですよね。デジタルなギターサウンドと椎名さんの生々しいボーカルが合わさることで、ある種ミスマッチの妙みたいなものが生まれている。
3曲目までが全部生バンドの音ということもあって、ここでいきなり空間がゆがむというか(笑)。
──あとはやっぱり、「怪盗Y」にも触れないわけにはいかないです。
寸劇トラックの「予告状」から入るっていうね。これ、声を大にして言っておきたいんですけど、この茶番劇をやろうと言い出したのは俺じゃないですからね。
──(笑)。
もともとはライブで「怪盗Y」の導入として寸劇を差し込んだのが始まりなんですけど、今作でも共同プロデュースを担当してくれた宮田‘レフティ’リョウが「あれをアルバムでもやりたいです」と言い出したんですよ。まあ、あれがあって「怪盗Y」の世界観がさらに膨らんでいるのは確かなんで、できればサブスクでも一緒に聴いてほしいです。プレイリストに追加するときはセットでお願いします(笑)。
──それで言うと、「Shout it Out」から入る「Oh Yeah!!」もそうですね。
あれもやっぱりセットで聴いてもらうことで楽曲の加速度が増すものになっているので、ぜひ飛ばさずに(笑)。
ちゃんと最高傑作だと思います
──アルバム全体の流れも見事だなと思いました。“ザ・椎名慶治”な楽曲から始まり、途中で時空がゆがみ始めてどんどんバリエーションが増えていき、最後は美しいバラードで終わるのかと思いきや……。
ラストにもう1回ビーイングが来るっていう(笑)。曲順は全部マネージャーが決めてくれたんですけど、まあよくできてますよね。この置き方以外、ほかにないんじゃないかな。
──最後に「醜態成」を持ってくるあたりが実に椎名さんっぽいなと思ったんですよね。変にカッコつけて終わらない感じが。
ああ、確かにそうですね。カッコつけていないどころか、醜態をさらして終わるという(笑)。なんなんですかね? 大人になると醜態さらしますよね。
──たぶんですけど、「醜態をさらさないと俺じゃない」くらいの感覚があるんじゃないでしょうか。
それはあるかもしれないですね。それこそボーカルも、できる限り加工はしたくないんですよ。今回、実は「どうやって君を奪い去ろう」と「怪盗Y」のレコーディングをニコニコ生放送で生配信したんですけど、番組内で録ったテイクがそのまま音源になっているんですよね。しかもそのとき、ミキサーを通した音声じゃなくてボーカルブース内のエアーの音をそのまま放送したんです。俺は当然ヘッドフォンをしてるので、視聴者はオケが聴こえないわけですよ。アカペラ状態なんで、ヘタに歌っちゃうとすぐバレる(笑)。
──めちゃくちゃ恐ろしい状況ですね。
やってらんないですよ(笑)。まあ、それくらい嘘偽りのないものをお見せしているので。そういう無加工の感じ、リアルな感じというのはけっこう自分にとって大事かもしれないです。
──総じてこの「RABBIT-MAN II」というアルバムは、椎名さんのキャリア的にもかなり意義深い1枚になった手応えがあるのでは?
そうですね。本当の意味で集大成というか……醜態成じゃなくてね(笑)。完成したものをヘッドフォンで通して聴いたときに「へえ、これが俺のやりたいことなんだ」「面白いね、こいつ」と他人事のように思えたくらい。皆さん、新作をリリースするときによく「最高傑作だ」と決まり文句のように言いますけど、それを僕も言いたいです。これはちゃんと最高傑作だと思います。
──この作品を作ったことで、今後何をやってもよくなったと思うんですよ。モロにSURFACEっぽいものをやることもいとわなくなったでしょうし、もちろん新しい音にもどんどん挑戦できるし、ビーイングっぽいものも遠慮なくやれるし(笑)。
それは絶対にそうです。怖いものはなくなりましたね。本当に何をやってもいいなと思うんで……例えばですけど、「II」が出るまで12年かかったにもかかわらず、再来年あたりに突然「III」を出したりするのも面白いかもしれないし(笑)。「干支、関係なかったんかい!」みたいな。
──「2.5」とか(笑)。
あー、「2.5」は全然いいっすね。再来年それ出そうかな(笑)。まあ、そんなふうにちょっとバカバカしい感じに思われたい部分もあるので、「この人、相変わらずなんか楽しそうにやってんな」と思ってもらえるようなことをこれからも積み上げていきたいですね。
──年明けには本作を携えたライブツアーも始まります。
まず10本、アコースティック編成で回ります。アコースティックギターと歌、ピアノ、ボーカルだけでやるんですけど、このアルバムの曲をその編成でどう料理するのか、楽しみにしておいてもらいたいですね。聴いてもらったらわかる通り、アコースティックらしさゼロのアルバムなので(笑)。で、4月からはバンドツアーも控えていますんで、どちらもぜひアルバムを聴き込んで遊びに来てもらえたらうれしいです。
──では最後に、次の卯年への展望を聞かせてください。2035年の椎名慶治はどうなっていたいですか?
60歳になる年ってことですよね。僕の大好きな大御所の皆さん……例えば今のB'zや奥田民生さんがちょうどそれくらいの世代だし、そのちょっと下、Mr.Childrenの桜井和寿さんなんかも、そう遠くない未来なわけですよ。彼らが普通に現役でバリバリ歌っていることを考えたら、まあ願望ですけど、願わくば自分も歌っていたいです。
──もちろん歌っていてほしいです。
ですし、もし奇跡が起きるのであれば「RABBIT-MAN III」をリリースしたいですよね。
──再来年出ちゃうかもしれないけど。
そう(笑)。だから12年後にはもうナンバリングとか関係なくなっちゃって、「RABBIT-MAN 60」とかになるかもしれない。
──「シン・RABBIT-MAN」とか。
俺は庵野さんか!(笑) いや、でも本当にそのくらいの意欲はありますよ。還暦を過ぎても元気に歌ってる大先輩方がたくさんいらっしゃるので、ああいう姿は本当に励みになりますよね。ああなりたいです、僕も。
ライブ情報
Yoshiharu Shiina Live 2023「Oh Yeah!!」
2023年12月30日(土)東京都 品川インターシティホール
Yoshiharu Shiina Live 2024「Type A~generalprobe~」
- 2024年2月3日(土)東京都 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
- 2024年2月4日(日)東京都 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
Yoshiharu Shiina LIVE TOUR 2024「RABBIT-MAN II -Type A-」
- 2024年3月2日(土)宮城県 誰も知らない劇場
- 2024年3月3日(日)福島県 郡山HIP SHOT JAPAN
- 2024年3月9日(土)福岡県 ROOMS
- 2024年3月10日(日)岡山県 YEBISU YA PRO
- 2024年3月16日(土)石川県 Kanazawa AZ
- 2024年3月17日(日)新潟県 GOLDEN PIGS RED STAGE
- 2024年3月20日(水・祝)千葉県 KASHIWA PALOOZA
- 2024年3月23日(土)兵庫県 神戸VARIT.
- 2024年3月24日(日)静岡県 LiveHouse 浜松 窓枠
- 2024年3月30日(土)北海道 PLANT
Yoshiharu Shiina LIVE TOUR 2024「RABBIT-MAN II」
- 2024年4月20日(土)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
- 2024年4月21日(日)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
- 2024年4月26日(金)神奈川県 SUPERNOVA KAWASAKI
- 2024年4月27日(土)神奈川県 SUPERNOVA KAWASAKI
プロフィール
椎名慶治(シイナヨシハル)
1975年12月30日生まれのシンガー。1998年に永谷喬夫との音楽ユニット・SURFACEのシングル「それじゃあバイバイ」でメジャーデビューした。同グループではドラマ「ショムニ」「お水の花道」やアニメ「まもって守護月天!」「D.Gray-man」「NARUTO」など、数多くの作品にテーマソングを提供。2010年6月のSURFACE解散後、同年11月にミニアルバム「I」でソロデビューを果たす。2011年にフルアルバム「RABBIT-MAN」を発表した。2018年にはSURFACEを再始動し、現在はソロと並行して活動を展開。2023年12月27日に6thアルバム「RABBIT-MAN II」をリリースする。また高橋まこと率いるバンド・JET SET BOYSのボーカルとしても活動している。