椎名慶治、帰ってきた“RABBIT-MAN”の正体を大いに語る「甘えん坊で情けなくて達観できない、だけど……」

ソロデビュー後の2011年、初のフルアルバムとして自身の干支を冠した「RABBIT-MAN」を発表した椎名慶治。表題曲は椎名を代表する1曲となり、ファンからも長く愛される存在となった。それから干支が1周し、2023年も年の瀬が押し迫った12月27日、椎名から満を持して「RABBIT-MAN II」が届けられる。SURFACEの25周年ツアーと並行して制作されたというアルバム「RABBIT-MAN II」。なぜ椎名は卯年を前面に押し出すのか。また“RABBIT-MAN”はいったいどんな人物像なのか。原点回帰とも言えるサウンドメイクや成熟味を増したボーカル表現とともに、たっぷりと語ってもらった。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 池村隆司

映画だと「II」はだいたいコケる

──2023年はSURFACEの25周年と卯年が重なって、椎名さんにとっては節目にもほどがある1年になりましたね。

ほどがありましたね(笑)。まず今年の大きな動きとしてはSURFACEの25周年ツアーがあったわけですけど、それと同時にソロ作品の制作ももちろん水面下では進行していて。12年前の1stソロアルバム「RABBIT-MAN」から干支が1周して、その続編を出すのであれば今年しかないですからね。その2本柱が同時進行していた感じです。

──普通に考えたら相当ハードな1年ですよね。

でも実はもう1つ、「SURFACEの25周年アルバムを作る」という案もあったんですよ。ただ、SURFACEは再始動してすぐに「ON」「PASS THE BEAT」という2枚のアルバムを立て続けに出したもんだから、言葉は悪いけど充電が足りない状態だった。SURFACEとしての新しい作品をどう作るべきなのかが見えなかったというのがあって、であればライブだけに特化しようと。なのでその分、制作という意味では「RABBIT-MAN II」だけに集中できたんですけど……それでもリリースが年末ギリギリになってしまったという。

椎名慶治

──2023年の卯年に合わせて「RABBIT-MAN II」を作るという構想は、いつ頃からあったんですか? さすがに12年前はまだ考えていないですよね。

まあ12年後のことなんて、そこまで具体的には考えないですよね(笑)。確か、コロナ禍に入ってすぐくらいに考え始めたんじゃなかったかなあ。もちろんタイトルだけですけどね。「3年後にまた卯年が来るから、そこで出すなら『RABBIT-MAN II』になるんだろうなあ」みたいな感じだったと思います。

──そもそもなんですけど、ここまで干支を前面に押し出しているアーティストも珍しいというか……。

珍しいと思いますよ。僕以外いないんじゃないですかね(笑)。

──なぜ生まれ年の干支にそこまで思い入れるんですか?

なんか、絶妙じゃないですか。十二支に選ばれている時点でかなり特別な動物のはずなのに、卯だけなんとなく弱い感じがするというか……スーパーマンになりきれない、「1人にされたら寂しくて死んじゃう」「みんながいないとダメだ」っていう感じがすごく自分自身と重なるんですよね。それで“RABBIT-MAN”って響きもなんか面白いなと思って12年前に「RABBIT-MAN」という曲を作ったわけですけど、それが結果として僕のソロ活動における代表的な、みんなが盛り上がる1曲になってくれた。だからこそ「II」も出せるわけですし、卯という干支がより自分にとってより大きなものになっていったところもあると思います。

──12年前に作った「RABBIT-MAN」が椎名さんにとってもファンにとっても重要な1曲となっているだけに、その続編を作るのは相当なプレッシャーがあったのではないでしょうか。

それはもう(笑)。だいたい映画だと「II」ってコケますけど、こっちはコケるわけにはいかないので。

──実際のアルバム制作は、楽曲単位でいうと「RABBIT-MAN II」から始まった感じですか?

構想的にはそうですね。でも具体的に曲として形になったのは、アルバム3曲目の「どうやって君を奪い去ろう」が最初でした。というのも……前作の「and」は、初めてSURFACEも並行して動いている状況下で制作したソロアルバムだったので、「どうにかしてSURFACEと差別化しなければいけない」という意識がすごく強かったんですよ。なのでエレキギターを極力引っ込めて、鳴ってはいるんだけどあまり目立たないサウンドメイクに挑戦したんですね。それによって何が起こるかというと、自分の好きな音からはどんどん離れていくわけです。

──なるほど……!

もともとエレキギターの音が好きで、B'zやWANDS、T-BOLAN、大黒摩季といったビーイング系のアーティストが大好きだった高校生の頃の自分に背くような行為というか。もちろん前作の内容には納得してるし、否定する気はさらさらないんですけど、今作の制作が始まる前に一度「自分が本当にやりたい音楽はなんですか?」という問いを改めて自分に投げかけてみたんです。で、“ビーイングっぽい曲を自分が作ったらどうなる選手権”を1人で開催して(笑)、「どうやって君を奪い去ろう」が生まれたという。

椎名慶治

──だからあそこまで突き抜けた“初期B'zっぽい曲”になっているんですね。最初に聴いたときは「椎名さん、ずいぶん吹っ切れたんだな」と思いました。

わははは、そうですよね(笑)。SURFACEのデビュー当時は曲調が似ないように意識的に避けてきたし……ボーカルとギターの2人組ロックユニットということで、どうしてもB'zとは比べられましたから。でもあれから25年も経ってるわけですし、今さら比べられることもないので(笑)、思う存分遊ばせてもらいました。ディストーションの効いたギターサウンドにピコピコしたシンセが重なり、オーケストラヒットも多用し……そんで最後にサビのフレーズをギターで弾いたらもうTAK MATSUMOTOだろう、みたいな(笑)。25年やってきた今だからこそできる遊びでもありますよね。今のB'zはもうこの音は鳴らしてくれない、というのもあるし。

──「なら俺がやる」みたいな。

そうそう。僕はあの頃のB'zが今でも大好きだし、リスペクトしているので。で、そこから広がっていったものが今回の「RABBIT-MAN II」というアルバムになっていくので、全体的に前作よりもギターが前に押し出された曲が多くなっているという感じですね。

仲間になりたそうにこちらを見ている

──タイトル曲の「RABBIT-MAN II」については、「『RABBIT-MAN II』を作ろう」と思って作り始めたんでしょうか? それとも、作っていく中で「これが『RABBIT-MAN II』だな」となった?

最初から「この曲を『RABBIT-MAN II』にしよう」と思ってメロディを作ってました。以前の「RABBIT-MAN」から12年ソロで活動してきて、その続編が底抜けに明るい曲ってことはないよな、というイメージは明確にあったんですよ。酸いも甘いも味わってきた中で、やはりちょっとソリッドでクールな感じになるだろうと。今でもまだ昔と同じような悩みを抱えていて、それでも歌い続けていくんだという意思表示になるようなメロディラインはここらへんなんじゃないかなと……僕はメロディを作るときはアカペラなんですけど、歌いながら探っていった感じです。

──歌詞に関してはどんな意識で書いていったんですか?

できたメロディに対して、ある意味無意識に自分の中にある思いをバーッと書いていきました。あとから見直して「俺、こんなこと思ってるんだ?」と自分で思ったりとか(笑)。例えば、この1行には自分でもびっくりしたんですけど、「楽しくて仕方ないや」って書いてるんですよね。「楽しいかなあ? めっちゃつらいですけど……」と思って(笑)。

──(笑)。

ただ、いい歌詞だなと思っちゃったので残しましたけど。「ドMなんだなあ、俺」と思って(笑)。

──とはいえ、その言葉がうっかり出てきちゃうのはそれが本当のことだからですよね。困難が多かったとしても、今の生き方に椎名さん自身が心底納得しているからこそ出てくる言葉だと思います。

そういうことなんでしょうね。それは僕の自己分析とまったく同じです。

──歌詞のテーマ的には、12年前の「RABBIT-MAN」とほぼ変わっていないですよね。ちゃんともがいているし、ちゃんと悩んでいて、年齢のわりにまったく達観していない。

まさにそうですね。言ってることはほとんど変わってなくて……僕、達観するのが苦手なんですよ。

──それがすごいことだと思うんです。普通はある程度歳を取るといろいろあきらめちゃうし、嫌でも達観していくものだと思うので。

僕は、“渦中の人”でいたいんですよ。常に僕を中心に人を巻き込んでいたいというか……。

──そうしないと寂しくて死んじゃうから。

そう(笑)。リリックを書くときにもなかなか俯瞰できなくて、いつも主人公の顔が自分なんです。実体験ということではないんですけど、自分を投影した主人公の話しか書けない。なのでやっぱり、考え方が自分中心なんだろうなと。ちっちゃい男だなと思ってますね。

椎名慶治

──でも、それがRABBIT-MANたるゆえんでもありますよね。

そうなんじゃないですかね。やっぱり、RABBIT-MANはカッコいいだけじゃダメなんですよ。甘えん坊だし、ひとりぼっちが嫌いだし……それが全部、どの曲にもにじみ出てるんじゃないかなと思います。自分の書いたリリックを見てると、やっぱりリスナーのことをチラチラ見てる感じがしますから(笑)。「仲間になりたそうにこちらを見ている」的な。

──ドラクエのスライム的な。

うん、全部の曲にそういうスライム感があるなあと。

──あ、ごめんなさい。今の例えは“スライム”じゃなくて“いっかくうさぎ”のほうが適切でしたね。

はははは、確かに(笑)。

──ただ、言っていることが変わっていないからこそ、ボーカル表現により“年輪”を感じます。

ああ、そうかもしれないですね。昔はもっと音符の中にキッチリ収まる歌い方をしていたと思いますけど、それが今はけっこう全部の音がシームレスにつながる感じで歌うことが多いので。スラー的というか。

──簡単に言うと、より人間味が濃くなっている。

昔よりもエロいってことですよね(笑)。レコーディングのときは、だいたい3パターンくらい試すんですよ。あっさり塩味とかこってり味噌味とか……だいたい一番こってりな豚骨醬油味に落ち着くことが多いんですけど(笑)。タイトにスカッと歌うと、淡泊で耳に残らない歌になりやすいんです。ちょっとクドいくらいのほうが耳に残るんで、最終的にはクドく歌ったテイクを選ぶことが多いですね。もちろん曲によって合う合わないはありますけど。

椎名慶治

──特に「RABBIT-MAN」と「RABBIT-MAN II」を聴き比べると、その差が顕著で。この2曲には「ホフク前進」など同じワードが出てくることもあって、対比がわかりやすいなと思いました。

ああ、なるほど。「干支」とかも出てきますしね。

──だから言っていること自体はほぼ同じなのに、ちゃんと“今だからこそ歌える歌”になっていると言いますか。

確かにこれは昔じゃ歌えないですね。もっと言うと、不思議なもので「II」の視点で見ると「I」は言ってること変わらないなと思えるんだけど、「I」のときの目線からだと「II」のリリックは「ん?」となる気がするんですよ。そう思うとやっぱり12年前の俺じゃ書けないことを書いているんだなと。ボーカル表現だけじゃなくて、言葉の表現としても「I」の頃の自分には歌えない曲だったんだろうなと思います。