ルールはいらない 椎名慶治、SURFACE再始動後のソロ作で新境地突入

椎名慶治というアーティストの新たな挑戦

──本作のリード曲となる「アイムリアル」はどのように制作されたんでしょうか?

毎回そうなんですけど、アルバムを作るときはまずキャッチーで、わかりやすく「カッコいい!」と思える曲を作るんです。「この曲があれば大丈夫。アルバムを作れる」という安心感が必要というか。制作中、奇跡的にいい曲が生まれた……みたいなことは求めていないので。

──最初にアルバムの軸になる曲を作る、と。

そうです。前作「-ing」で言えば「20th century boy」、その前のアルバム「MY LIFE IS MY LIFE」だったら表題曲「MY LIFE IS MY LIFE」みたいな。今回もベーシストの山口寛雄と「ジャニーズのグループが歌えば大ヒットするような曲にしたいんだよね」と話しながら作りました(笑)。アレンジはレフティですが、Dirty Loops(スウェーデン出身の3ピースバンド)みたいな雰囲気もあって、自分好みですね。

──かなり緻密なアレンジだし、演奏もテクニカルで。しかも気持ちよく踊れそうな曲だなと。

この曲はベースとドラムが軸になっていて、ギターのコードが鳴っていないんですよ。ギターはすべて単音で構成されていて、それがすごくよくて。レフティの技ですよね。歌詞については、自分1人で書くとSURFACEのモードを引きずっちゃいそうだったので、小学生の頃からの腐れ縁の作詞家、野口圭に手伝ってもらいました。タイトル「アイムリアル」は彼のアイデアです。

──“本物”になりたい、というメッセージが込められた歌詞ですね。

椎名慶治

説教臭くなるのはイヤだったので、もっとミニマムなところで、「あなたにとっての本物になりたい」という恋愛の歌に絞り込みました。「アーティストとして本物になりたい」みたいな歌だと、「20年以上やってて、まだ本物じゃないの?」って言われそうじゃないですか(笑)。

──(笑)。サウンドメイク、音楽性を含めて、新たなスタイルを打ち出した作品になりましたが、椎名さんにとってもターニングポイントになったのでは?

そうかもしれないですね。これまでは「椎名慶治というアーティストはこうじゃないといけない」と思っていた節があって、曲も「みんなを元気にさせるような歌」「いつも隣でギターが鳴ってる曲」といったイメージがあったり。今回はそういうルールをなくしたことで、自分自身も覆された部分があったんですよ。成長できたかどうかはわからないけど、振り幅が広がったのは確かで。「and」というアルバムを作れたことで、「次はこんなこともできるよね」とか「こういう人たちに向けてプロモーションしたいね」みたいに、新しい活動につながりそうだなと。まずは「このアルバムがどう受け入れられるのか?」が大事になってくるんですけどね。

──確かにリスナーの反応は気になりますよね。

これまでのアルバムとはまったく違いますからね。昔からのファンは最初戸惑うかもしれないけど、「いいアルバムだ」と受け入れてくれるのは時間の問題だ、という自信はあります。制作中や完成直後は「大丈夫かな?」という気持ちも正直あったんですけど(笑)、もう不安はないです。早く感想を聞きたいですね。

椎名慶治

初めて自分のアルバムを作れた感覚があるんですよ

──椎名さんの最初のソロ作品であるミニアルバム「I」のリリースが2010年。そこから数えると、すでに10年以上のキャリアがあるわけですが、当時ソロアーティストとしてどんなビジョンを持っていたんですか?

明確なものはなくて、あがいて、もがいて……という感じでしたね。SURFACEの解散が2010年6月で、同じ年の11月に「I」を出して。しかも解散してすぐ作り始めたので、突貫工事だったんですよ。「何ができるだろう?」なんて考える暇もなく、SURFACEで培ったノウハウで作るしかなくて。1つだけルールを敷いたのは「全曲、ギターが欲しい」ということでした。ただ、ギタリストを固定すると「この人とやるためにSURFACEを解散したの?」と言われそうだったから、7曲全部違うギタリストに弾いてもらって。後悔はしてないし、いい作品だと思うけど、あまりにもタイトだったから思い出が全然ないっていう(笑)。

──“ソロの出発点”という感覚もない?

椎名慶治

ないですね。出発点という意味では、2011年に出した1stフルアルバム「RABBIT-MAN」が本当のスタートだったと思います。今回「and」と一緒に「RABBIT-MAN」のリマスター盤をリリースするんですよ。マネージャーから「1stアルバムをリマスターして出したい」と言われたときも違和感がなかったし、10周年の締めくくりとしても意味があるなと。アルバムの表題曲「RABBIT-MAN」は今もライブで必ずやる代表曲ですからね。

──アルバム「RABBIT-MAN」、今聴くとどんな印象ですか?

よくできてるなと思います。アルバムを作るときは、いつも過去の作品を全部聴き直すんです。「and」制作前も4作すべて聴いたんですけど、全部よくて「これは困ったな」と(笑)。「過去の自分、すげえな」というのがプレッシャーになったし、「これを越えなくちゃいない」と思って。さっきも言いましたけど、今回のアルバムはSURFACEとはまったく違うことをやりたかったし、そういう意味では、初めて自分のアルバムを作った感覚があるんですよ。

──“SURFACEらしさ”の枠から完全に飛び出してますからね。

1曲でも「SURFACEっぽい」と思われたら僕の負けなので(笑)。ただ、このスタイルでソロ活動を続けるためには、SURFACEもやらなくちゃいけなくて。それがね、超めんどくさい(笑)。

──(笑)。椎名さん、正直すぎます。

1人で活動するのは大変だけど、自分のワガママを通せるじゃないですか。2人だと相手のワガママも聞かなくちゃいけないし、制作のペースも違いますからね。その誤差を埋めるのがけっこう難しくて……。でも、どっちも続けますよ。ソロ活動が息抜きになるし、SURFACEを継続するためにも、2つともやるほうがいいので。

──ファンの皆さんにとっても、それがベストですよね。

楽しんでもらえたらうれしいですね。ただね、ソロ活動も10年以上になると、「SURFACEのことはよく知らない」という人もいて。僕のことを知ったきっかけはSURFACEの再始動だけど、アルバム「-ing」から聴き始めて「ソロにしか興味がありません」っていう人もいたり。そうかと思えば、「なにしてんの」(※SURFACEが1999年に発表したシングル曲)のミュージックビデオをYouTubeで偶然見つけて、そこから好きになってくれた人もいました。どこに入り口があるかわからないですね。

──アルバム「and」のリリース後は、全国ツアー「KNOCK and OPENED」が開催されます。

コロナ禍以降、有観客のツアーを行うのは初めてで、自分自身がツアーの感覚を忘れちゃってるから、最初は戸惑うかもしれません。そういうときはお客さんに支えてもらいたいんだけど、マスクを付けるし、声を出しちゃいけないので、それもできない。「こういうライブでいいよね……?」って探り合いながら、お互いに「これもアリだよね」と思えたらいいのかなと。「コロナが収束しないと無理だね」ではなく、「どんな形でもいいから、ライブを続けよう」と思いたいし、だから「KNOCK and OPENED」というタイトルなんです。ドアをノックすれば開く、止まない雨はない、明けない夜はないという気持ちでツアーに臨もうと思ってます。

椎名慶治

ツアー情報

Yoshiharu Shiina Live 2021「KNOCK and OPENED」
  • 2021年9月23日(木・祝)静岡県 LiveHouse 浜松 窓枠
  • 2021年9月25日(土)埼玉県 HEAVEN'S ROCK さいたま新都心 VJ-3
  • 2021年10月2日(土)福岡県 BEAT STATION
  • 2021年10月9日(土)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
  • 2021年10月16日(土)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2021年10月24日(日)東京都 日本橋三井ホール
椎名慶治(シイナヨシハル)
椎名慶治
1975年12月30日生まれのシンガー。1998年に永谷喬夫との音楽ユニット・SURFACEのシングル「それじゃあバイバイ」でメジャーデビューした。同グループではドラマ「ショムニ」「お水の花道」やアニメ「まもって守護月天!」「D.Gray-man」「NARUTO」など、数多くの作品にテーマソングを提供。2010年6月のSURFACE解散後、同年11月にはミニアルバム「I」でソロデビューを果たした。2018年にはSURFACEを再始動し、現在はソロと並行して活動を展開。2021年9月にはソロ5枚目となるオリジナルアルバム「and」をリリースした。