音楽ナタリー PowerPush - 柴田淳

苦しみの果てにつかんだ“大人の私”

1人の人間としての今の私

──楽曲の制作に関しては、気持ちが健やかになってからすべて行われたわけではないんですよね? そういう感情が今回の楽曲群に落とした影響を感じるところもありますか?

はい。制作に関してはほぼ心が空っぽの状態のときに行いました。心に余裕がない状態のときですね。だからね、ダークファンタジーのような、ものすごく気持ち悪い世界をとにかく書きたくて1曲目の「王妃の微笑み」が生まれたりもしましたし、「反面教師」という曲では反発心や反抗心というものを包み隠さずストレートに書いたりもしちゃっていて。心が元気であれば、「一見きれいに聞こえるけれども、実はすごいことを歌っている」といったような形でちょっとひねった書き方もできるんですけど、今回はそれができなかったんですよ。今までは女性の味方として、一緒に涙しながらつらいことを乗り越えていくみたいな曲を書いてきたけど、「哀れな女たち」という曲では、勝ち組だとか負け組だとか言って、一部の女性を卑下して優越感に浸っている女の人に対して、ストレートにチクリと言ったりしてますしね。

──聴き手の心にまっすぐ突き刺さる、ドキッとする歌詞が多いかもしれないですね。でも聴き手を傷付けるような書き方はされてはいないように思います。

自分では毒を吐いてもがいていた状態ではありましたね。でも、おっしゃっていたように、人を不快にさせる形での影響力っていうのはどうなのかなって私は思いますし、毒の吐き方にもいろいろあるんじゃないかなっていうのは今回学ぶことができた気がしますね。言葉はアレですけど、弱者にされがちな女性たちに毒を吐く人たちに対して、私が代わりに毒を吐くというか。ちょっと弱い立場の女性が抱く微妙な心情は、自分の気持ちが落ちるところまで落ちていた時期だからこそ書けるなとも思いましたし。「哀れな女たち」なんかは、聴く人によってはもしかするとちょっとやりすぎてると受け止められてしまうかもしれないけど、自分にとってはちょっとヒントを得られたような気がするんですよね。

──前作同様、今回も柴田さんのありのままが詰まっているなと僕は思いました。ベクトルはまた違うと思いますが。

柴田淳

そうですね。前回は“私の恋愛”をありのままにさらけ出した感じ。で、今回のアルバムで描いたことは全部が“1人の人間としての今の私”ですね。なんていうか、今までのように1曲1曲に自分のリアリティを込めて、自分の分身を10人分作ったというよりは、アルバム全体が私という感じが今回は強いかもしれないですね。今回はミックスやマスタリング作業も、わからないなりに自分が主導してやることになったんですよ。だから、今までのアルバムに比べて音質が変わったね、悪くなったねって思う人もいるかもしれない。でも、そういういびつさも今回のアルバムが持っているリアリティのような気がします。逆に、リアルな感じがしないという感想を抱く方がもしいたとすれば、それもまた今の私なんだろうなとも思いますね。

──全身全霊を込めてアルバムを完成させたわけですからね。そこにはリアルな柴田さんの姿が投影されてしかるべきだと思います。

今回も今の自分ができる精一杯で作ったことは間違いないですからね。今の私を聴いてほしいなって思います。

愛を求めて音楽をやっているのかな

──気持ちが落ちているときは、その感情をすくいとって素直に曲へ落とし込むのが柴田さんのスタイルなんでしょうね。今回はそうせざるを得なかったところもあるのかもしれないですけど、自分の思いを押し殺し、取り繕おうとしないのが柴田さんらしい気がします。

そうですね。人によってはよりボロボロになってでも自分の気持ちを隠そうとするかもしれないし、そもそもリリースしないかもしれない。気持ちがもとに戻るまで待つというか。私にも出さないという選択肢はあったとは思うんですよ。でもね、そもそもが見栄を張らない性格というか。見栄の張り方がわからないんですよね(笑)。「そこが淳ちゃんのいいところなんだよ」ってスタッフさんは言ってくれるんですけど、どうなんですかね。相当恥知らずなんだと思います。あははは。

──前回のインタビュー(参照:柴田淳「あなたと見た夢 君のいない朝」インタビュー)でおっしゃっていましたけど、精神的に……。

そうそう。精神的露出狂だし(笑)。なんかね、デビュー当時から言ってることではあるけど、突き詰めて考えると私はやっぱり自分のために音楽をやってる気持ちが大半なんですよね。歌詞を書いて曲にすることで自分の気持ちにケリをつけられることも多いし、普段はなかなか言葉に出せないところを歌にすることで気持ちを保ってるところもある。だから露出狂とは言ってますけど、自分のありのままを見せることが快感なわけではなく、ありのままの音楽を作ることで自分のバランスを取っている。引いてはそれをすることで生きていることを感じているんだと思います。とは言え、もちろん自分が発信したものを誰かに受け止めてもらいたいという気持ちも一方ではあるんですけどね。

──うん。それがあるのとないのでは違うと思います。

自分がここまでさらけ出しても嫌わないでいてくれる人を常に探してるところがあるような気がしますね。それくらい愛を求めて音楽をやっているのかなって。弱さを見せられる強さもあるってファンの方に言っていただくこともありますけど、私は根本的に弱い人間だと思いますね。何かつらいことがあったらそれを自分の中に秘めておくことができない。自分の荷物を誰かに、一緒に持ってもらいたいというか。共感してもらうことで、その荷を軽くしたいという気持ちがすごく強いんじゃないかなって思いますね。

ニューアルバム「バビルサの牙」2014年12月17日発売 / Victor Entertainment
初回限定盤 [SHM-CD] 3888円 / VICL-78001 / Amazon.co.jp
通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64265 / Amazon.co.jp
レコチョク
収録曲
  1. 王妃の微笑み
  2. 反面教師
  3. 白い鎖
  4. 牙が折れても ~ instrumental ~
  5. 車窓
  6. 哀れな女たち
  7. ピュア
  8. 愛のかたち
  9. 横顔
  10. 記憶
柴田淳(シバタジュン)

柴田淳1976年生まれ、東京都出身の女性シンガーソングライター。幼少期からピアノを習い、音楽に親しみながら育つ。2001年10月にシングル「ぼくの味方」でメジャーデビュー。2002年3月に1stアルバム「オールトの雲」を発表する。以降もコンスタントに作品を発表し続け、2005年9月には初のシングルコレクションアルバム「Single Collection」をリリース。2008年9月には映画「おろち」のテーマソング「愛をする人」を書き下ろし、音楽ファン以外の注目も集めた。透明感のあるボーカルと、女性の情念を繊細に描いた詞世界が支持されている。CHEMISTRYや中島美嘉らへ楽曲提供を行うなど、作曲家としても活躍中。デビュー10周年を迎えた2012年10月に、初のカバーアルバム「COVER 70's」を発表し、ボーカリストとしても高い評価を得る。2013年3月に9枚目となるオリジナルアルバム「あなたと見た夢 君のいない朝」、2014年12月に10作目となるアルバム「バビルサの牙」を発表。