椎名林檎|デビュー21年目の“初めまして”

「真夜中は純潔」までが1つの境

──2枚組のDISC 1にはデビュー年の1998年から2003年までの楽曲が収録されています。

DISC 1の大半は子供時代、リアルJKの頃に書いたものなので本当にお恥ずかしい。とは言え、そうなることは当時から予測できておりました。

──DISC 1の収録曲の大半は、椎名さんがデビュー前、つまりは十代の頃に書いた楽曲でしたね。

「真夜中は純潔」ジャケット

レコーディングの時点で作ってから3、4年は経っていた甚だ稚拙な詞曲を人様にお聴かせすると自覚していた以上、もっとも刹那的な勢いで仕立てなければと思っていましたから。15歳と19歳ってまったく違う。当時の大人たちがひとくくりにしていた感覚も、今はまあわからなくもないと言いましょうか。ただ、高校1年生と大学1年生じゃだいぶ異なるものでしょう? どうか著しく未熟であることを前提にご試聴いただきたいです。

──一方、DISC 2の楽曲は、格言や箴言にも似た語彙によって、言わば人生の真理が歌われています。“激しく求める”から“豊かにもたらす”へのシフトチェンジは、少女が大人の女性となり、母となり、やがて昨年には不惑(40歳)を迎えた椎名さんがたどってきた、人生の変遷が反映されているようにも見えます。

自然な流れだったのではないでしょうか。そうした意味では「真夜中は純潔」までが1つの境で、「迷彩」「茎(STEM)~大名遊ビ編~」「りんごのうた」が、DISC 2の時代へと架かるブリッジでしょうか。ちょうど初めての子育てが始まる頃でした。またDISC 1とDISC 2の間には東京事変の結成もありました。その頃には、気付けば若い女性のポップスシンガーはラブソングを歌っていなきゃいけない、といった時代の空気もまったくなくなっていましたね。そうしたムードも相まって、確かにリアルな成長譚を順序よく紡いでこられた気もします。

──最近もインタビューで「昔からラブソングを書くのが苦手だった」という発言をされていましたが、今ご自身で椎名林檎というキャラクターのデビューを振り返ると、どんな感想がありますか?

まず言えるのは、最初から「美人に見えたほうがCDを買ってもらえる」とかいうような戦略を誰も持ち合わせていなかったというおかしみでしょうか。“とにかく若いのに実力派”とか“もっと美人に見えるアー写を”とか“ファッションリーダー的存在に”といったPRを、誰も私に押し付けなかった。英断だったと思います。おかげさまで、恋愛を含む対人問題より手前にある、若者特有の切実な苦悩を、都度表現してこられたのだと思います。「女がブスになる瞬間を描いている」などとお話しすることがありますが、正確に申し上げるのなら、美醜さえ問題にならないほど根源的な部分を描きたかった。つまり「1人ぼっちで負の思いに駆られる時間を、より生々しく描写するのが、私のみに課せられた任務と自覚していた」というだけです。アーティストとしては「曲の通り、いつも切迫した状態を晒しているおかしな人間」と誤解されるのは避けたいですよね。

──まあ、そうですよね。

当時、実際「ブス」だの「メンヘラ」だのいろいろな称号をいただいて参りました。「それに耐えられるのは自分しかいない」という自負があったわけです。必要に応じ、あらゆるサウンドを的確に取り扱うための音楽的バックボーンと、「髪型や服装によって別人」「覚えられない」と言われる淡白な顔と、軋轢を孕んだこの声を存分に生かし、果敢に挑んできたつもりです。例えば、もし、これから売り出そうという若いアーティストを私が任されたら、当時の私みたいな売り出し方はできません。勝算があったとしても、相当の勇気を要します。あんなに不親切で、怖いイメージ作りを大人たちが面白がってくれるなんて。子供の感覚を信じてやらせてくれる機会なんて。今思うとありがたいです。とは言えサウンドプロダクト自体揺るぎなかったからこそ、それ以外の瑣末な要素で思い切りシアトリカルにデフォルメしてこられたということに尽きるでしょうね。

おかしいほうがいい

──その“大人たち”にフォーカスすると、DISC 1の「幸福論」から「本能」までの楽曲は、亀田誠治さんがアレンジの統率をとったオルタナティブロックのサウンドでした。そしてDISC 2の時代に入ると、主に斎藤ネコさん、村田陽一さんらの参加に伴い、細密でゴージャスな管弦楽のアンサンブルも加わっていきましたね。

常日頃から曲に現実味と訴求力を持たせるため、適切な音色とアンサンブルでアプローチしようと心がけてきました。時代と土地、ターゲットを局所へ絞ったうえで、私自身の等身大の息吹も加味せねばなりません。作品ごと、よりふさわしいサウンドを求める姿勢はデビュー当時から今日までまったく変わっていません。その過程で亀田師匠、ネコ先生、村田先生をはじめとする匠の皆さんに出会えたこと、また今尚お付き合いいただけていることへ、感謝するばかりです。

「勝訴ストリップ」ジャケット

──本作は全編にわたって井上雨迩さんによる“アップデートミックス”が施されています。「勝訴ストリップ」からエンジニアを担当してきた井上さんもまた重要な存在です。

今回のミックスはすべて雨迩さんにお任せしました。当時も今も、現場一の変態でいてくださって、助かります。雨迩さんは当時から本当に大胆で繊細でいらっしゃいました。心底「めちゃくちゃにしてやる」と思っていらっしゃったのではないでしょうか。あらゆるフラストレーションが昇華されていたはずです。

──(笑)。

(音の)波形がすごい形になっていて、亀田さんが「えっと、これはどうだろう? やりすぎじゃない?」と止めに入られる場面もしばしば(笑)。私も20歳で向こう見ずですし「え? 全然いいですよ。おかしいほうがいい。ウケる……」みたいな感じで。今から考えると信じられないほどの荒くれ者で、亀田さんには申し訳なかったなあと思います。