日本を支えるお母さんたちに、水仕事のときなどに口ずさんでいただけたら
──ここからはいくつかの曲やポイントについて駆け足で伺います。まず「人生は夢だらけ」ですが、これは最初にCM用のショートバージョンが生まれて、今回フルバージョンが初収録されています。
当時は、あらかじめ提示されていたコピーを散りばめて、CMの映像を説明する目的で制作しましたし、本来の私のマナーと言うかメソッドからは逸脱して生まれた曲です。それもあって、早く完成形もお届けしたいと思っていました。特に日本を支えるお母さんたちに、毎日のゆうげのための水仕事のときなどに、お台所で口ずさんでいただけたらうれしいです。
──前回のインタビュー(参照:椎名林檎「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」インタビュー)では「私はずっと“プロお母さん”だった」「私の人生の話ではなく、お客さんの人生の物語を詰め込んでいる」という主旨の発言がありましたが、この曲はまさにそういった発言を体現した曲と言うか。
そうですね。お母さんの出汁はお隣さんとは違うなんて感じてくれなくてもいい。それでもなるべくおいしいものでお腹いっぱいになってほしい。そんなお気持ちで日々台所に立っているお母さんを応援したい。クライアントが丸美屋か永谷園か何かだったかのような話になって参りましたが、かんぽ生命です。
──「おいしい季節」は栗山千明さんのシングル(2011年3月リリースの「おいしい季節 / 決定的三分間」)用に書かれた曲でした。
「決定的三分間」を制作していたところ、彼女のレーベル側から「さらに1曲、対照的な曲を書いて」とのリクエストをいただきました。どちらの曲でも、ゲームやマンガを愛するオタクっ子的な側面と、勘だけを頼りに生きる野性動物のような側面が合わさった、彼女特有の魅力を描写しようと試みた詞曲で……「おいしい季節」なら例えば「電波」「裏技」「SHORT CUT KEY」などの語彙で、バーチャルな思考を垣間見せつつ、同時に和声を逸脱する旋律とキー設定で、ワイルドな表情を見せていただきたかった。「女の子は誰でも」しかり、マジでかわいい女の子をイメージしてマジで書いた曲を、改めて自ら歌うのは難しいですよ。
──「少女ロボット」は2000年にともさかりえさんへ提供した懐かしいナンバーです。
こちらはただただ古くからご愛顧くださっているお客さんへ別なアプローチをお届けしたくて選曲しました。当時はご本人の痛々しいほど繊細で華奢な可憐さを際立たせるため、故意に同世代の女性プレイヤーだけで荒々しくバッキングしました。のちに東京事変の面々でセルフカバーした際も、お決まりのリフなど、そのままに行ってきましたが、それすら取っ払ったまったく新しい解釈を村田先生にお願いしたのが今回のものです。ビブラフォンにはまさかの大井隆司先生。お宝テイクをいただきました。
──「暗夜の心中立て」「名うての泥棒猫」「最果てが見たい」の3曲は石川さゆりさんへの提供曲でした。
「この方に今歌っていただけるのであれば、このメロディとコードとリリックこそがもっともふさわしい」、その針の穴を探して書くのが作家業の楽しみであり苦しみです。たくさんの作品を通じて、長く愛され続けていらっしゃるさゆりさんのような、名実共に偉大な方の場合、特にそれまで紡いでこられた歌物語の続きを描きたいとも考えます。歌詞のことだけではなく、編成についても、ご本人のいつもの環境で演っていただけるように。今回はそうしたさゆりさんへのオートクチュール部分を排し、詞曲や和声が生まれ持った意図と申しますか、初めのスケッチ段階までさかのぼってから村田先生や朝川先生へお願いしました。
──「重金属製の女」は、2012年のNODA・MAPの舞台「エッグ」への提供曲「The Heavy Metallic Girl」が原型です。
野田秀樹さんからは苺イチエ(深津絵里が演じる劇中のヒロイン)のイメージについて、「林檎のように90年代にデビューした、変化球アイドル的なシンガーソングライター」といったニュアンスで伝えられていました。どのようにお使いいただくのかわからない段階で作曲しましたし、20世紀末当時、一世を風靡したギターサウンドを思い出し、楽しみながら書いた曲です。名越先生が、私がデモで弾いていたベタなリフやアルペジオなどをコピーしてくださって、超恥ずかしかった(笑)。タブラやシタールは、今回私から特にお願いしたわけではありません。もはや、名越先生のデフォルトの設定として絶対に入ることになっているのかな。
どこかでThe Beatlesが血肉になってはいると思う
──「おとなの掟」はテレビドラマ「カルテット」の主題歌でしたが、セルフカバーにあたっては?
(サンプリング音源などではなく)モノホンの楽器の場合、曲の中で重要な音がよりよく響くキー設定をしたいものです。印象付けたいフレーズや構成音は作曲段階ですでに明確にあるものですから。ドラマのためのオリジナル版は、ボーカルのスイートスポットを優先してキーを設定しましたが、今回は、曲のほうが生まれながらに意図した楽器の“鳴り”を記録しています。響きを聴き比べていただけますと幸いです。ボーカルについては、ドラマのキャストによるエンディングテーマが何より素晴らしいですから。
──前回のインタビューによると、この曲は佐橋佳幸(原曲のプロデューサー)さんからのリクエストを、椎名さんが「アップル・レコード時代のポール・マッカートニーの筆致が求められていると解釈した」ことで生まれたようですが、The Beatlesまたはそのメンバーの作品というのは、日頃よく聴かれるんですか?
うーむ。どうでしょう。父が「レコード芸術」(音楽之友社が発行するクラシック音楽のレコード専門誌)読者ということもあってか……実家はプレイヤーやコンダクターごとのいろいろな演奏を聴き比べられるようなアーカイブでしたし、もともと特に聴き親しんだ覚えはないんです。ただ、ポールがプロデュースしたメリー・ホプキンのレコードは家にありました。音楽業界には、ジョン・レノンがお好きな方もたくさんいらっしゃいますよね。意識的に聴いたのはデビューしてからながら、どこかで何かが血肉になってはいると思いますよ。ビートルズやミシェル・ルグランを、人からよく「好き?」と聞かれがちで、今となっては好きでもちろん光栄なのですが、大人になるまで聴いたことがなかったですから不思議でした。もともと幼少期の音楽体験に古典的で似たようなものがあったのではないかと想像しています。ドビュッシー以前の作家の作品とか。
──ちなみに、今回の制作期間の合間は何か聴かれていましたか?
なんだろう……今回レコーディングに参加してくださった大井先生はじめプレイヤーの方々の昔の作品や、ロイ・ハーグローヴ「Hard Groove」、ユージン・マクダニエルズの「Outlaw」などのCDが通勤の車中で繰り返しかかっていました。YouTubeでは最近、ギル・エヴァンス(& the Monday Night Orchestra)の「Gil Evans & Ten」を再生しました。子供らのいる部屋では、相変わらず(フリッツ・)クライスラーや(ジョージ・)ガーシュウィン、大野雄二やアストル・ピアソラなど、とっぽいやつがかかっていますよ。
- 椎名林檎「逆輸入 ~航空局~」
- 2017年12月6日発売 / EMI RECORDS
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初回限定盤 [CD]
3780円 / UPCH-29274 -
通常盤 [CD]
3240円 / UPCH-20468
- 収録曲
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- 人生は夢だらけ
(高畑充希 出演・歌唱 / かんぽ生命「人生は、夢だらけ。」CMソング) - おいしい季節
(栗山千明 / シングル「おいしい季節 / 決定的三分間」&アルバム「CIRCUS」収録曲) - 少女ロボット
(ともさかりえ / シングル「少女ロボット」収録曲) - 暗夜の心中立て
(石川さゆり / シングル「暗夜の心中立て」&アルバム「X -CrossII-」収録曲) - 薄ら氷心中
(林原めぐみ / シングル「薄ら氷心中」収録曲) - 重金属製の女
(ICHIGO-ICHIE[深津絵里]/ NODA・MAP 第17回公演「エッグ」劇中音楽) - おとなの掟
(Doughnuts Hole[松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平]/ 配信シングル曲) - 名うての泥棒猫
(石川さゆり / シングル「暗夜の心中立て」&アルバム「X -CrossII-」収録曲) - 華麗なる逆襲
(SMAP / シングル「華麗なる逆襲 / ユーモアしちゃうよ」&アルバム「SMAP 25 YEARS」収録曲) - 野性の同盟
(柴咲コウ / シングル「野性の同盟」収録曲) - 最果てが見たい
(石川さゆり / アルバム「X -CrossII-」収録曲)
- 人生は夢だらけ
ライブ情報
- 椎名林檎「ひょっとしてレコ発 2018」
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- 2018年3月2日(金)埼玉県 川口総合文化センターリリア
- 2018年3月7日(水)神奈川県 川崎市スポーツ・文化総合センター
- 2018年3月8日(木)神奈川県 川崎市スポーツ・文化総合センター
- 2018年3月15日(木)宮城県 仙台サンプラザホール
- 2018年3月16日(金)栃木県 宇都宮市民文化会館
- 2018年3月23日(金)静岡県 静岡市民文化会館
- 2018年3月30日(金)兵庫県 神戸国際会館
- 2018年3月31日(土)兵庫県 神戸国際会館
- 2018年4月6日(金)富山県 オーバード・ホール
- 2018年4月8日(日)新潟県 新潟県民会館
- 2018年4月13日(金)北海道 ニトリ文化ホール
- 2018年4月16日(月)大阪府 フェスティバルホール
- 2018年4月17日(火)大阪府 フェスティバルホール
- 2018年4月20日(金)東京都 東京国際フォーラム ホール A
- 2018年4月26日(木)福岡県 福岡サンパレスホテル&ホール
- 2018年4月27日(金)福岡県 福岡サンパレスホテル&ホール
- 2018年5月9日(水)埼玉県 大宮ソニックシティ
- 2018年5月11日(金)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2018年5月12日(土)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2018年5月16日(水)東京都 NHK ホール
- 2018年5月17日(木)東京都 NHK ホール
- 2018年5月25日(金)広島県 上野学園ホール
- 2018年5月27日(日)鹿児島県 鹿児島市民文化ホール
- 椎名林檎(シイナリンゴ)
- 1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が170万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を、2014年5月にはセルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表する。11月には椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」を、2015年8月には15枚目のシングル「長く短い祭 / 神様、仏様」をリリース。10月からはソロ名義としては12年ぶりの全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」を開催した。2016年8月にはリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーにて演出 / 音楽監督を担当。2017年1月からスタートしたTBS系ドラマ「カルテット」では、キャストの松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平が歌う主題歌「おとなの掟」を制作し大きな話題を集める。4月には椎名林檎とトータス松本名義の楽曲「目抜き通り」を発表した。5月には全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」の映像がBlu-rayおよびDVD化。2017年12月、セルフカバーアルバム第2弾「逆輸入 ~航空局~」が発売された。